第三十八話『笑顔』
少しえぐい回想シーンあり〼
――ゼントは数日ぶりに早く目を覚ました。
寝床から起き上がり、あくびと伸びを行う。
早朝の空気は、人肌には薄ら寒く起きてすぐにも身震いする。
その代わり、口から吸いこめば体が引き締まり眠気が覚めた。
不思議と寝覚めはとてもいい。
全身が柔らかい何かに包まれているような……とにかく深い眠りに就ける。
最近はそれが原因なのか、よく寝ている。以前よりも長い時間。
いつもなら起きて瞑想を繰り返すか、二度寝を決め込むかをするのだが、今日は違う。
今まで隠していた秘密を暴露するのだ。そして、誰にも邪魔されない環境を造り上げる。
過度の空腹だったため、セイラに貰った料理は昨日のうちに無くなってしまった。
でもおかげで一時的に気力は回復した。今日の計画には差し支えない。
今日の外出には、協会で報酬金を受け取り、しばらくの食料を買い貯めるという目的もある。
人前に赴くのだが身なりは整える猶予はない。
今持っている服は、ぼろのこれだけ、ぼさぼさの髪は起きた時のままで十分だろう。
特に支度もなく立ち上がり、出口に向かって歩く。
玄関から出ない。壁の亀裂から外に出た方が早いからだ。
家は後ろの半分が森に呑まれた廃墟、
周囲の住宅よりは小高い丘にあるこの場所は、町全体を覆う朝霧が良く見渡せる。
朝日と共に照らされる全てが、気持ちを奮い立たせているかのようだった。
――幻想的な光景を横目に、ゼントは確固たる意志を持って前へと歩き出す。
協会に着くと、正面の入り口は既に開いていた。
早起きしたとはいえ、以前来た時よりも時間は遅い。
朝一番で、我先にと依頼を漁る冒険者が何人か集まっていた。
堂々中に入ると予想通り注目が集まった。
竜の出現騒動も収束しておらず、同時に竜を倒したという謎の新人の、唯一と言っていい接触者。
加えて彼はもう町での有名人物だ。
注目が集まらない方が難しいだろう。
ちょうどいい。彼らには有為に協力者になってもらおう。
企みを秘め、意図せず笑いが込み上げてしまった。
もはや、正気ではなかったのかもしれない。
今まで“彼女”と一緒に何年もかけて積み上げてきた自分の評価と実績。
全てを壊しかねない計画を実行に移すには、正気でなどいられなかったのだろう。
度重なる安寧への妨害を受けたが、彼は元来小心者で臆病な性質の彼、
必要がなくなったものではあるが、過去の全てを否定し投げ捨てる。
これは破滅願望というものだろうか。
受付のカウンターに近づくと、その後ろで目的の人物はすぐに見つかった。
おそらくゼントを呼びつけたのであろう協会の責任者、カイロスだ。
がっしりとした体格持ち、立ったまま腕を組んでいた彼はゼントを見つけると笑顔で手招きした。
彼が嫌々ながらも、滞っている依頼を受けてくれると早とちりしたのだろう。
隣にはセイラが座り、目を細めて静観している。
「おはよう!来てくれて俺も嬉しいよ!」
やや張った声で呼びかける。
挨拶を聞いて、まだ気が付いてない者もゼントの存在に意識が向いた。
純粋な言葉と顔だったが、一方は無言かつ無表情のまま。
互いが手の届く範囲に接近すると、ゼントは先手を打った。
――バンッ!!
右手のひらで、カウンターの机を思い切り叩く。
広間の全員が音の原因を探り、彼へと視線を向けた。
「カイロス、今日俺は依頼を受けに来たわけじゃない。話をしに来たんだ」
周りにも聞こえるように、いつもより声を大きくして話しかけた。
カイロスは状況が呑み込めてないのか、目を丸くして驚く。
「はぇ?てっきり仕事しに来てくれたんだとばかり思ってたんだが……」
頓狂な声を上げ自身の予想を述べる。
「……で、話ってのはなんなんだ?」
前段階のわざとらしく取った行動故、神妙な面持ちで恐る恐る質問してきた。
「俺の今までの、協会からの評価や功績についてなんだが……」
――そうだ。そうだ。言ってしまえ、
己の過去を、嘘に染まった人生を、恋人との思い出を、
塵すら残さず吐き出してやれ。
カイロスは竜騒動の時に言った。
“お前ならもっとうまく出来たはずだろう?”
確かに、皆が想像している彼ならば問題なく成し遂げたのだろう。
だが、現実には無謀という言葉が似合っている。
ゼントは次の一言の為に辛い過去を思い出した。
彼女との最後のキオクを……顧みる。
――誰が見ても明らかなこと、
あの時、間違いなく死ぬべきは自分だったんだ。
にも拘らず、死ぬのが怖くて、彼女との思い出が消え去ってしまうと思って。
当時、身の丈に合わない充実しすぎた日々を送っていたから、手放すのが惜しくなってしまったんだ。
そう、彼女を殺したのは自分だ。
死を押し付けて――自分の臆病さが彼女を殺したんだ。
死ぬ間際だというのに、彼女の顔はとてもとても笑顔で、やさしく語り掛けた。
『――私はあなたを愛しているし、あなたも私を愛している。
だからね、私の事を一秒たりとも忘れたらだめだよ?ゼントの為に死ぬんだから、それくらい…いいよね?
それと、私の後を追ってきたりしてもダメだよ?ちゃんと生きないと……』
一方的に凶悪な無邪気を押し付けてきて、何も言い返せずに戦慄した。
どうして笑顔で居られるんだ?何故そんな声で話せるんだ!?
考える暇はなく、
彼女は磔になってしまう。
全身を槍で貫かれているというのに、……ずっと笑顔だった。
絶命する直前に、口から血を流しながら最後に言ったんだ。
『約束を……、破ったら……、絶対に………だめだ…、よ…………』
直後に頭部すらも槍で貫かれて………
――降り注ぐ天使の笑みは醜く歪んだ………
理解を超えた彼女の姿を見て、
恐れ戦き、頭の中に轟いて、その場で失神した。
………だからこれは罰なんだ。
生きて彼女を想い続けることが、終わることのない贖罪なんだ。
そのために、俺は誰にも邪魔されない環境を整える必要がある。
ゼントは一瞬の間の後、意を決して言い放った。
もう一度全てを捨て去って、彼女に集中しようと心に硬く誓った
「――全部嘘なんだ」
無慈悲に、無秩序に、静まり返った建物内に張った声が響く。
「……は?えっ?それってどういう……?」
広間で意識を向けていた全員が、とある一点に釘付けになっている。
彼は周囲の静寂を認識すると、にやりと含み笑いを顔に持つ。
――その表情は彼女の最後のように、醜悪に歪んだ笑みだった。




