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第三十六話『夕闇』

 



 ――目の前に置かれた料理に、手を伸ばす自分が見えた。




 咄嗟に伸びる右手を左手で制す。

 何故そうしたかは分からない。

 これを取ってしまうと、手のひらで踊らされているような恐怖があった。


 現実は少し事情が違う。

 彼には無為に培われた誇りがあった。

 今までに高位の冒険者として、下の者に舐められないがために、強者としての態度を取る必要があったのだ。


 初めは、下手に出ることも多かったが、交渉など優位にするために、強きで行けと言われていたのだ。

 彼女と一緒に居るためには、迷惑をかけないためには、そうならざるを得なかった。

 だから、あまり親しくない者に施しを受けるのは間違った振る舞いなのだ。


 ユーラのは別だ

 彼女は親しくないわけではないし、何度断ってもしつこく持ってきて、受け取らない時は家にまでついてきた。

 対応が面倒くさいという名目で、受け取ることにしていが、実際にも金銭面で大いに役に立っていた。


 彼は癖で強がった態度を取ってしまうのだ。



「どうしたの?食べないの?」


 微笑みかけながら、ゼントの顔を覗き込む。


「いや、要らない」


 対して彼はセイラの顔を直視できず、目を背けながら言った。



「そう…でも持ち帰るのも面倒だから、これは置いていくわね」


 彼女はにやついた笑みのまま告げる。

 発言に対し、心の中で喜んでいる自分が居るのを許せなかった。

 もう、見栄を張る理由もないというのに、




 料理の事を考えていたら、一つ思い出したことがある。

 ユーラの事だ。


 あれからここへ来る様子もなく、どうしているのだろう。

 姿を見せないという事は逆に良い兆しかも知れないが、異様としか言いようがない様子を見てはやはり気になる。



「そう言えばユーラはどうしてる?」


 常時協会に居るセイラなら、何かを知っているかもしれないと思い聞いた。



「彼女?そう言えば、しばらく姿を見てない……もしかして何かあったの?」


 だが、期待した情報は得られなかった。



「いや……じゃあ、他の二人は?」


 あの少女に見た夜に、少女を口説いていた二人の男子を思い出す。

 そう言えば、一方的に心に残る衝撃的な出会い方をしていたが、色々な事がありすぎて、彼女の事を忘れていた。



「彼らは稀にですが、依頼をこなしてますよ。彼女とは別行動してるみたいですね」


 地面を軽やかに歩きつつ、横目にそう答えた。


「そうか……」



 結局、ユーラの情報は何も得られず。

 セイラからは、なぜか鋭い眼差しを受けてしまう。



 会話の中で不思議に思っていた。

 話している時の雰囲気や言葉遣い。

 自分が思い描いていたセイラと乖離がある。

 少し、いやかなり違っていた。


 以前遠くから見て思ったことは――近寄りがたい、という事だった。

 協会の花として、受付の職務や書類整理の事務作業を淡々とこなす姿を見て、そう感じてしまう。

 誰に対しても淡泊で、きっかりと仕事を処理するものだから、なんとなく厳格な人間なのだと考えた。


 だが、こうして目の前で話していて気が付いた。

 想像よりも親しみやすい性格のようだ。

 もしかしたら、協会業務外だからかもしれないが、こんな彼女は今まで見たことが無い。


 前に医務室で会話をした事があったが、感じていた違和感の正体が分かった気がした。





「――ねえ?」


 しゃがみ込み、ゼントと目線を合わせると前触れもなく聞いてきた。

 服の裾が地面と接して、汚れてしまうというのに彼女は気にしていないという様子だ。



「もしよければ、私の家に来ませんか?」



「別に来て何かしろっていう話じゃない。ただ居てくれればいいの」



 どこかで聞いたことがあるようなセリフに、彼は情緒に浸っている。

 だが次の発言に彼の心の内は、またしても荒れ狂った。



「ここには思い入れがあるわけでもないでしょうし、半年前みたいに勝手に住む場所を変えられても困るから。協会側としても、居場所が把握できていることは理にかなっていると思う」


 気を使った優しい提案のように見えて、ゼントにとっては鋭い棘でしかない。

 結局、協会が求めているのはゼントという個人ではなく、かつてに作り上げられた虚像の人物であると思い知らされたのだから。


 分かりやすく肩を落とし、大きく息を吸って、そして吐いた。

 口の中に苦味を感じるのは、部屋の空気が淀んでいるわけでは無さそうだ。



「その提案には乗れない。乗る必要もない」


「どうしてなの?」


 きっぱり言い放ってやると、残念そうな顔で聞いてきた。

 含みを持たせて答える。



「明日分かるさ。全てがな……」


「そう……この条件に乗らない理由なんてないと思うけど、楽しみにしてるわ」


 皮肉をを込めてセイラは言う。

 幸いなことにあまり深くは追及されず、引き下がってくれた。



「用件は以上か?だったら帰ってくれ」


「用件は以上よ。分かったわ」


 最後に再び微笑み、やさしく語り掛けた。

 彼女は心地がいいほど、素直に従ってくれる。

 好感が持てるが、どうせ一方的なものだろう。



 立ち上がり踵を返して、部屋から出て行く。

 足音が部屋の中に木霊し、後に静寂が訪れる。

 最近だけでも三回は見た光景。




 ――だめだ。考えるな。


 一人になった部屋で、ゼントは自信を諫めた。

 油断すると突発的に、消極的な思考が流れ込んでくる。


 セイラがここに来た用件、

 こんな廃墟に、人が立て続けに三人も来る理由、

 全てが物語っていた。



 だが、それも明日で終わる。

 事情を告白して、自身が使い物にならない人間だと証明してあげよう。

 そうすれば、誰にも邪魔されない安らかな時間が訪れるはずだ。




 ――眠い。

 先程起きたばかりだというのに、眠気が強い。

 鬱状態の時には睡眠時間が長くなると言うが、以前よりも強くなっている気がする。



 ――ゼントは明日に備え、

 同時に、これ以上否定的な思考に苛まれないように、硬い寝床の上で浅く眠ることにした。


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