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第三十三話『切望』

 



 ――日はもう傾き、空は暖色に染まっていた。



 重く冷たい部屋でゼントはひとり泣き疲れ、少し早いが硬いベッドの上で横になろうとしていた時、

 幸か不幸か、彼の元に新たな来訪者があった。



 目に入れると起き上がりながら、疲れた様子で言った。

 感情は未だに落ち着いておらず、だが強く当たる気にも、当たれる人物でもなかった。



「――サラ、悪いけど今は人に会いたい気分じゃないんだ……」



 赤のはね癖の付いた短髪を揺り動かすサラ。


 一度醒めた目で人を見ることを覚えたゼントは、ありのままに彼女の姿を見ることができた。

 自身の女性らしさを全面的に出した衣装。

 整った体型を巧みに服の影に映しだしていて、男としてはとても惹かれる。


 これも見てこなかっただけで、今までもずっと変わらない、いつも目の前にあった姿。



 目に涙をためて、ゼントを見るなり駆け寄られる。

 そして屈んで、手を彼女の両手で包み込まれた。



「協会であなたの事聞いたの。心配で心配で、急いで様子を見に来たの……」


 声には落ち着きながらも、焦りが見える。

 ここへ来た目的を聞いて、余計に追い返すことができなくなってしまう。

 心配させないようにと最大限、気を使って言った。



「ああ、この通り。体はどこも異常なく、ぴんぴんしてるよ」


「えっ、なんで……!?」


 手足を軽く動かして見せると、普段は冷静沈着という言葉が似合う、サラらしくもない驚きの反応を返す。

 一切の艶やかさはなく、焦燥に駆られて続ける。


「気を失って、全身ボロボロだって聞いたけど、本当に動いたりして大丈夫なの!?」


「確かに激痛があって重症だと思ってたんだが、どういうわけか全部もう治ってる」


 ゼントは全身を見渡す。

 朝起きた時にあった痛みも、時間を追うごとになくなっていた。


 ところで、彼女はどこで彼が満身創痍だと聞いたのだろう。

 医務室に着いたとき、傷はもうほとんど治っていたというのに。

 ゼントが気にすることは無かったが……



 関係なく、サラは体に疑いの目を向けた。

 窓から差し込む夕日が、白っぽい肌を照らす。

 見える肌が露出した範囲には、かすり傷一つもついていない。


 サラは自分の目が信用できなかった。

 過去と照らし合わせて見て、どう考えても無傷でいられるはずがない。



「そう……私が一緒に居れば、少しはなんとかなったはずなのに……」


 思わず本音が零れる。

 ゼントは、その言葉の意味がよく分からない。

 おどけた様子で半笑いしながら言った。



「何言ってるんだ?単に俺がしくじっただけだよ」


「でも……」


 彼女は、食い下がろうとした。

 彼も一筋縄にはいかない。



「少し疲れてるんだ……悪いが、しばらく一人にさせてくれないか……」


 遠回しに、出て行けと伝えた。

 意味が伝わらなかったのか、固い性格なのか、それでも彼女は引き下がらない。



「じゃあ、何かしてほしい事とかある?疲れてる時ほど、誰かの手を借りることも大事よ……」


 サラは、子供にやさしく諭すかのように、伝えた。


 彼女には以前にも世話になったことがある。

 まだ新人で、右も左も分からなかった頃、こんな感じに何度も手を焼いてくれたり、助言をくれたりした。


 冒険者はある程度、自ら学べと言う節がある。

 どうしても分からなかったら聞くこともあるが、技術は先人から盗めと言う姿勢がほとんど。

 今考えればやや過剰だったかもしれない。



「ありがとう。でも気持ちだけで嬉しいよ……」


 やんわりと否定されて、複雑な表情をしている。



「こんなところに住んでるなんて、やっぱりおかしいのよ。もう少し綺麗なところに引っ越さない?その剣も、埃の無い所にあった方が……」


 ゼントの奥に隠されるようにある、大剣を目で指す。


 壁にはひびが入り、木造部分は腐り、使える家具は何一つない。

 生活感の廃れた部屋を見渡し、別角度から問いかけた。



「そんな気分にはなれないんだ。少しほっといてくれないか?」


 今度はより直接的に、出て行けと言う。

 彼も苛々したいわけではない。



「ねえゼント!時には気分が乗らなくても、乗らない時だからこそ、環境を少しでも変えた方が良いわ!こんなところに居たら、衛生的にも精神的にも悪くなる一方よ!」


 掴んだ手に、胸を押し付けてきて奥底に問いかけるように、彼の思い通りに動かず、世話を焼こうとする。

 心配故の気遣いという事は理解できるが、すこし考えてもらいたい。



「……………っ」


 ゼントはついに何も返さなくなる。

 心労が顔に出ていたのか、サラは何かを感じ取り、言葉をかけるのを止めた。



「ごめんなさい。気持ちを考えず、言い過ぎた」


 一呼吸置いて、言葉を続ける。



「最後に聞いていい?あの黒髪の女の子を探してるんだけど、姿が何処にも見えないの。何か知らない?」


 サラの持つ碧い瞳には優し気が溢れているように見えて、奥底には誰人にも見せられない常軌を逸した狂気が含まれていた。


 数舜、複雑な表情で考え込むゼントが観られた。

 サラに面を向かって、言い切る。



「…知らない」


 声には怒りと諦観と、そして憫然が混じっているように聞こえる。



「ありがとう、分かったわ。今日は容態を見に来ただけだから、これで帰るわね。でも覚えておいて、近いうちに周りの環境を無理にでも変えるわ!」


 あたたかく声を掛けると、振り返り、足早に出て行こうとする。


 傍に居る恐ろしい存在に気づかないまま、彼女は求めて飽かない愛執を追い、深い沼へと片足を浸す。

 その様子をゼントは虚ろな目で見送ることしかできない。





 ゼントはまたしても心を痛めた。


 きっと、心配でわざわざ来てくれること自体がありがたい事なのだ。

 でも、サラは自身が何もできない人間だとは知らない。

 周りには隠してきたことだから。


 もし、自分が弱い人間だと知ったら、どう対応するだろう。

 失望して突き放すだろうか。評価をかすめ取った卑怯者と罵るだろうか。

 どちらにせよ、いい結果が想像できない。


 隠し続けるのはつらい。いっそのこと正直に話してしまおうか。

 目を閉じて思索にふけった。だが、すぐ限界が訪れる。



 外はもう日が沈み、暗い寒色を連れて部屋を訪れる。

 ここ数日だけで、沢山の出来事がありすぎた。


 再び横になった彼は、硬い寝床の上で夢路を辿る。


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