第三十一話『欲求』
――応接室にて、ゼントの発言により騒然となった中、誰しもが目を丸くしていた。
「――お前……前の生活に戻るって?……え?」
カイロスも例に漏れず、訳が分からないと、たどたどしく聞く。
「ああ、今日はもう家に戻る。問題ない。実習教育の報酬は、後日ちゃんと受け取りに来る」
一方的とも思える行動宣言から、部屋からさっさと出て行こうとする。
歩きながら後ろを振り返り、付け足すようにライラに向かって言った。
「あとお前は、もう俺の家に泊まるな。支度金と竜を討伐した特別報酬が出るはずだから、金にも宿にもしばらくは困らないはずだ」
「いや、そうじゃなくて……お前はパーティーを作ってない。どうせならこの子と組んじまうとかどうだ?お前は嫌がるかもしれんが、それでも実力は申し分ないだろ?」
カイロスは焦る。これでは自身の思惑と一致しない。
言葉もたじたじになり、文脈が整っていなかった。
だが、ゼントは自嘲するだけで、構ってはくれない。
「昨日も言ったろ。今の俺じゃあこいつの足でまといだ。他の連中が、今の俺よりも実力のあるパーティーが拾ってくれるだろう」
言葉に感化され、場に居る全員が何も言えなくなった。
彼も何か焦っているようだ。
一刻も早く、部屋を離れたがっている。
「俺はもう以前のようには戻れない。あいつが傍に居ないと……こんなんじゃ、何も意味がないんだ。何も。……それじゃあな。元気でやれよ」
最後にそう言い放つと、扉の取っ手に手を掛け、足早に部屋から出て行ってしまう。
「待って!」
後ろから声が聞こえた。声はカイロスでも、セイラのものでもない。
だが、もう対話の必要は無いとばかりに無視される。
彼女は後を追って、部屋を飛び出した。
扉を越えて呼び止めても彼は待ってはくれない。
部屋を出て、大広間に向かう。
出ると、辺りには先程も見た冒険者が蔓延っていた。
人ごみの中、彼を。彼だけを血眼になって探す。
すると奥の出口に、見えた。
周囲から隠れるように身を縮こまらせて、そそくさと去る黒服が、
わき目も振らず、再び歩き出す。
大広間の中央を突っ切って、最短ルートで追跡する。
ライラの頭の中には何故?という考えしかなかった。
どうして?今まで全て順調だったのに、
何故突然変わってしまったの?
だが一人になった新人の彼女を、集団は放っておかなかった。
ただでさえ噂の渦中にいるのだ。意識ある人間から積極的に声を掛けられるくらいは造作もない。
初めは見知らぬ二人だった。
好奇心に感けて、近づいてきたのだろう。
冒険者同士は皆が思っているよりも他人行儀ではない。
初対面ではあったが親し気に話しかけられる。
彼女にとって二人の存在は邪魔、話しかけられる声も雑音でしかない。
相手にでもしているうちに、彼を見失ってしまうではないか。
だが不幸は重なり、近づいた二人を皮切りに一人、また一人と彼女に駆け寄って来た。
やがて彼女の周りに人だかりができて、行く手を阻まれる。
群集から矢継ぎ早に言葉を掛けられ、だが何も意味を理解できない。
――待って!待ってよ!
心の中が叫んでも、自分の体の中で完結するのみ。意味を成すことは無い。
早くしないと……!時間が彼女を焦らせる。
想ったとしても言葉で言っても解決はしない。
行動こそが、唯一の解決手段だと判断した。
例えば――
――ここに居る、私の邪魔をしてくる連中を皆殺しにするとか…………
瞬で、彼へと至る道が開けるだろう。
いやだめに決まっている。
何のために自分はここまで頑張ったんだと思っているんだ。
そして、全ての術が封じられた彼女は、人だかりのど真ん中で、
彼が視界から消えゆくのを、立ち尽くして見ることしかできなかった。
やがて、話しかけても一切反応を示さない様子に、人々はどよめき始める。
その揺らぎを彼女は見逃さない。
人ごみの隙間を見つけて、高速移動で抜け出した。
ようやく出口にたどり着いたライラは、彼の後を追う。
目の前から新人の少女が一瞬で消えたと、後ろでの騒ぎを無視して……
◇◆◇◆
――同時刻、ユーラは怪しげな店に居た。
自己の目的の為だけに動いていた彼女は、協会で巻き起こった騒動が耳に入っていない。
その店の店主を容赦のない形相で問いただしていた。
店は町のはずれの、しかも地下に場を構えていた。
非合法というわけではないが、どこから出土したかもわからない品を、高額で取引されている。
武器や、薬、
中には掘り出し物もあるが、信用に足るか見極めが必要だった。
そこにいる好々爺。彼から怪しさを取り除いたら何も残らないだろう。
白く薄くなった頭髪、髭は無く大きな耳と鼻を持っていた。
その店主に向かって、店に入るなりユーラはがなり立てた。
「ちょっと!どういうこと!?ここで買った薬が効かなかったんだけど!!対応する香水も買ったのに!!」
ゼント以外の前で、ユーラの瞳は異常な様をなしていない。
澄んだ色ではあったが、あふれ出る怒りに満ちていた。
怪しげな男は薄ら笑いを浮かべ、いちゃもんをつけに来た客に朗らかに対応する。
「っひっひっひ。覚えとるよ。お嬢ちゃんが買った商品。でも何であんなに値段が高かったのんだろうね?」
「そんなの知るわけないでしょ!?どうせ、適当にでっち上げた効果とかなんでしょ!?いいからさっさとお金返してよ!!」
店主の不真面目な対応に、ユーラは全身を逆立てさらに激情する。
だが、店主は落ち着いた様子で説明を続ける。
「なぜなら、信用できる相手から仕入れたからさね。確かな筋さ。薬の効果も本物だし折り紙付きさ。偽物でも、粗悪品でもなく。……確実に断言できる。効果が現れなかったのは、他に原因があるはずさね。人間相手なら確実に効果が顕著に出る。亜人にでも飲ませたかね?」
「そんなわけ……!確かに彼から聞いた!入れて渡した食事を。食べたって!」
「実際に食べるところをその眼でみたのかい?」
「見てないけど……何?」
「っひっひっひ。哀れで愚かな娘よのぉ。わからんかね?その彼とやらが本当の事を述べなかったんじゃよ。その食事を食べずに捨てたか、まだ手を付けてないのか……」
「そんなはずない、今までだって……!彼がそんなこと……するわけない!理由もない!」
「さあ?どうぞ想像はご自由に。ただわしが言えることは、代金は返せんという事だけさね」
「そんな……そんなわけが……」
飄飄とした老人の態度を他所に、ユーラの顔色はますます悪くなっていった。
手で顔を押さえ、隙間から見える瞳が、またあの毒々しい色へと変貌していく。
――地下にある入り口から、勢いよく飛び出す影が一つあった。
本来の目的を忘れ、するべきことを成すために、
新たな策謀を考えながら駆けゆく。




