閑話 『過去』
――あるところに幸運な少年が居た。
周囲から見れば、まず間違いなくそうだと言えよう。
冒険者としての腕も、地位も、金も、そして、美人の女性までも手に入れたのだから。
だが、当の本人は自身が幸運だなんて、心にも浮かばなかった。
なぜなら――
――全て、かりそめのものだったからだ。
今しがた、彼は美人の女性を手に入れたと言ったが、実際は少し違う。
彼が手に入れられたとするべきだろう。
相棒としての立ち位置だったが、史実ではない。
少年の実力やその他は、彼女からもたらされたもの。
いや、その表現も正しくはない。
全てだ。全てを与えられていた。
例えば、少年らが大型の魔獣を倒したことがあった。
周囲からは、二人で協力して討伐したと思うはずだ。
だが事実として、男の方はほとんど討伐には貢献できていない。
実際に対峙して、魔獣を正面から叩き潰したのは女性の方。
彼は精々、魔獣の誘導のために罠を仕掛けた程度、
それも女性の指示で、言われた場所に配置しただけ。
そして少年は、相方の女性と同じ冒険者としての評価を得ていた。
一方的とも思われる共生関係を、彼女はむしろ勧めていたのだ。
男の方が能無しで役立たず、というわけでは決してない。
圧倒し、軽く凌駕できるほどに、彼女は天才だったのだ。
武器の心得、知略策謀など、生まれながらに唯一無二の才能持っていた。
汗と努力を嫌い、凛然とした振る舞い。
そのうえ美貌までも兼ね備えているのだ。周囲が放っておくはずがない。
しかし、女性は全ての誘いを如才なく断り、少年にまっすぐに向かう。
対照的に、少年は全くと言っていいほど才能というものが、無い。
代わりに人一倍努力していた。来る日も来る日も剣を振り、先輩の冒険者から技術と知識を得る。
だが、彼は平々凡々の域を出ず、場合によっては平均以下。どこまでもどこまでも凡庸な人間だった。
なぜ、そんな二人がパーティーを組んでいるかは、今定かではない。
もちろん、少年は自身が相棒として釣り合ってないことは分かっている。
絶望的な差があり、どうしようも無いのだ。
彼女に勝る特技を身に着けても、次の日には記録を越されてしまう。
新しい知識を苦労して学び、嬉々として伝えるも、理解できない程難しく発展させ、考察を返される。
時間を掛ければ彼女と同じような知略を思いつくが、やはり頭の回転速度でも敵わない。
鍛錬の手解きを受けても、敵わないどころか理解もできないうちに地面にのされる。
訓練にならないとすぐに気付いて諦めた。
結局、全部無駄だったのだ。
ゆくゆく、努力では何も補えないことを思い知った。
才能は努力すらも鼻で笑う。
何度も心の中では泣いていた。拳を握りしめ、血を流す。
抗う事すら許されない自身の才能を恨み、憎んだ。
この気持ちが表にあふれ出そうになり、何度も絶えようと思った。
彼女はそれほどまでに天才だった。
天才は、努力を知らないからこそ天才たるのだ。
彼の心が折れるのも、当然と言えば当然。
実情を聞いて、彼を羨ましがる人間はごく少数だろう。
達観して、開き直ればよかったかもしれない。
何もかもを大した努力もせず手に入れられて、幸運だと思い込めれば……
無論、真面目に日々努力を積むような彼にはできない。
正直に自分と向き合い、そしてただただ弱い自分を嘆いた。
何度も何度も、彼女の前で声に出した。
実力が伴わないから、パーティーから抜けたいと、
恥を忍んで心の内をさらけ出した。
だがその度に、彼女は涙を見せて彼を引き留めるのだ。
傍に居るだけでいいと説得され、何度も宥められる。
この身が必要だと言われて嬉しいという思いと、にも拘らずそんな自分が愚鈍で申し訳ないという気持ち。
涙ぐむ彼女を見るたびに、身が引き裂かれる思いを味わう。
事実を、事実だけを突き付けた。誇張も尾ひれもついていない、ありのままの想いを話した。
なぜ、自分なのだと。彼女にはもっと実力に見合った人が居る。
寄生虫のように甘い汁を一方的に吸わせていたら、成長の妨げになってしまうと、
言ってはみたものの、彼女は離れることを許さなかった。
どうしても傍に居させたいらしく、理由も詳しくは教えてくれない。
だが、それでは罪悪感だけが募るばかりで……
正直に話すと、博識な彼女はすぐに改善案を見繕った。
まるで、最初から予期していたかのように、
その改善案とは、示した指示に無条件、かつ恒久的に従うことだった。
『食事を毎日作って、私に食べさせること!』
『嘘や隠し事はしないこと!』
『心配事や悩みがあったら私以外に相談しないこと!』
はきはきと喋り、初めは指示も難しいものではなかった。
自分は並外れてよくして貰っているのに、こんな簡単な事でいいのかと、焦ってしまえるほどに、
でも心配は何もいらなかった。
出される条件は日に日に過度になっていったのだから。
『私と常に一緒に居ないとダメ』
『私以外の女性と一切口をきいてはダメ』
『目を合わせるのもダメ』
指示は強い束縛へと変貌し、少しでも約束を破ると不機嫌になる。
本当に必要な事なのかと疑問に思ったが、盲目的に従うことにした。
彼女が必要と判断したのならきっと意味があるのだろうと、
いつしか彼は、彼女に身を尽くすことが生きがいとなっていた。
役に立てた時の彼女の笑顔、そして自分を認めてくれたのは初めての経験だったのだ。
かつて、自らを捨ててくれと懇願していたのに、
今では見捨てられないかと、心配する日々を送るようになってしまう。
でも間違いなく彼女を愛していて、彼女から愛されているとも実感していた。
――こうして、弱く卑下するだけの少年は、怯えながらも充実した小さい幸せを手に入れて、
――自らは心身ともに手に入れられた。




