第三十話『完遂』
――扉が開くと、二名の人物が入ってきた。
それぞれ男と女、一人ずつ。
昨日に引き続き、応対するのは支部長のカイロスと、受付嬢のセイラだった。
二人は長机を挟んで、反対側の椅子にゆっくりと座る。
こうして並べてみると、二人の体格差が顕著だ。
カイロスは腕を組み、難しそうな顔をして話し始めた。
「――まず、昨日は悪かった。お前の腕を疑ったりして……俺も気が動転してたんだ。だから、冒険者をやめるというのは考え直してくれないか?」
「分かった。昨日の話はなかったことにしよう」
「ほんとか!なら、良かったよ」
ゼントは内心焦っていた。
ほんの軽い冗談のつもりで言ったことに、ここまで真摯に謝罪されたことに。
ちょっとからかったつもりが、真に受けられたのだ。
だから、何も考えず即答した。
それだけに、そして実際、彼は協会にとって必要な存在だ。その事実が彼の心を穿つとも知らずに。
「で、ここからも重要なんだが、それは知っての通り、お前らが大洞窟で竜に遭遇したことだ。何が問題なのか言うまでもないな?」
「当たり前だ。大洞窟に竜が居るなんて本来はありえないんだろ?」
二人は改めて現状の整理と問題点を洗い出す。
女性陣は、二人の対話を見届けている。
「それだけじゃない。竜というのは本来、北の山脈を住処にしているはずなんだ。付近の町に早馬を出したが、今のところ竜を目撃したという情報が入っていない」
「それはつまり、監視網に穴があったって事か?」
「だとしたら致命的。だがあれだけの巨体が動けば、見た目にしろ地響きにしろ、多少遠くからでも分かる。山脈から下りれば、しばらく平原しかないからな」
「案外闘技場から逃げ出した個体かもな。ほら、ここから北の町にあるだろ?」
「だったらいいんがな。だが大洞窟はルブアからも近い。何らかの要因であそこに住み着いたのだとしたら、我々の生活が脅かされることになる。人為的な可能性もあるが、それだと不可解な点が多すぎる。まあ協会本部にも連絡したから、そのうち本格的に調査が入るだろう」
そこまで来て、話は行き詰る。
考え込んでも答えは出ないまま、
膠着状態に、横で見ていたセイラが声を上げた。
「ともかく、原因については現状何もわかってないの。様子を見る限り、二人は何も知らなさそうだし……」
「お前、そんな喋り方だったっけ?」
唐突にカイロスが横やりを入れる。
「こほん、……一先ず、付近の町含め、注意喚起を出すことにしましょう」
セイラはカイロスを無視した。
咳払いの後に姿勢を正し、口調を改める。
「あと気になるのは――」
会話は収束したかと思いきやゼントは、
「――なぜ表に居る奴らに情報がもれてるんだ?」
前のめりになり、突然不機嫌な声色になって話し始めた。
表情も眉をひそめ、むすっとした表情になっている。
ゼントが言っているのは、秘匿義務の件だろう。
一般的に、実力がある者ほど、爪を隠す傾向にある。
強力な“魔獣”を倒した場合、討伐者の名前は伏せられねばならない。
彼らは余計な面倒事に巻き込まれることを嫌うためだ。
昔、協会と冒険者側でトラブルがあり、結局冒険者がやめてしまうという事件が起こった。
故に協会が評判を高めようと大っぴらに喧伝することは、規則で禁じられている。
目立ちたい者は自身で流布もするが、はっきり言って三流どまり。
つまり、ゼントが言わんとしていることは、協会が規則を破ったのではないかという事だ。
本人が了承したのならまだしも、当のライラはこのような事をよしとしないだろう。
入ったばかりで、規則を覚えきっていない彼女の代わりにゼントが対応したのだ。
だがカイロスは予期していたのか、腕を組んだまま淡々と反論の言葉を紡ぐ。
「いや、既にいろいろと噂になってたんだ。お前がボロボロで運ばれたのに、新人が無傷でいるってな。竜が現れたことは周知の事実、それにこちらは否定も肯定もできない立場だ。申し訳ないとは思うが分かってくれ」
協会側に非は一切ないと、そう言われた。
「お前はそれでいいのか?面倒なことに巻き込まれるかもしれないぞ?」
だが、ゼントは簡単には引き下がらない。
一時は彼女を、苛立たしいとまで思っていたはずなのに、
ここまで面倒を見るのは、やはり命を救われた恩を感じているからだろうか。
「気になるのなら、ゼントが倒したことにすればいい」
単純に、ただそれだけを告げた。
建設的に見えて誰にも得が無い策だ。
「いや、それはさすがに問題があるだろう……それにお前、嘘はつかないんじゃないのか?」
「………………私は何でもいい」
言葉を返し突くと、数秒黙り込んだ末にそう言った。
どうやら、これ以上首を突っ込むのが面倒なようだ。
「……まあ、前向きに考えるとしよう。今は精々パーティーへの勧誘が激しくなるくらいで済むか……なら俺がこれ以上言うことは無い。そういえば、前にも………」
そう言うのを最後に、ゼントは様子がおかしくなった。
俯き頭を抱え、それでも周りからは分からない程度に振舞う。
この時の彼は、考えないようにしていたがために禁句を吐き、嫌な記憶がよみがえっていたのである。
「じゃっ、とりあえずは現時点で、議論すべきことは終わった、ってことでいいか?」
カイロスが聞いてきた。ゼントの異変には気づきもしない。
ほぼ全員が一応頷いて合図を返す。
話し合いが解散するとなった時、
一番初めに椅子から立ち上がったのはゼントだった。
横に居るライラに向かって言い放った。
「――紆余曲折はあったが、とりあえず実習教育は終わった。俺は元の生活に戻る。後はお前の好きにしろ」
……その発言に、部屋に居た誰しもが目を丸くした。
ライラも例に漏れずにだ。
場の空気が一瞬で冷たくなっていくのを感じる。




