第二十九話『虚構』
――引き続き、ゼントとライラは待ち時間を使って会話を続ける。
「――じゃあ、あのユーラって子に嘘をついたのも、面白がっていたの?」
ひじ掛けから身を乗り出し、見開かれた目が向かい合う。
「嘘……?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「私が食べちゃった料理を、あの子には食べたってゼントは言ってた」
「ああ…それか……」
思い出すかのように、ため息交じりに言う。
あの時は恐怖が勝り、正常に脳が働いてなかった。
嘘をついたという事実が、頭の中ではっきりしていなかったのだ。
さすがに異様なユーラに対して面白がっていた、というのは無理がある。
うまい言葉が見つからないが、何とか言葉を紡ぐ。
「あれは違う。その、なんだ……場を切り抜けるためについた嘘だ」
「それはどういう事?」
ライラは更に突っ込んでくる。
少しは察してほしいとゼントは思いながらも、何とか説明を続ける。
「えーっと……あの時は、とにかくあいつから離れたかったんだ……それで…………」
「なぜ離れたかったの?」
「あいつの様子がおかしかったからだ!傍で見ていて何も感じなかったのか?」
「ふーん…」
理解しているのか、あいまいな返事が横から聞こえた。
あまり納得はできていないようだ。
一時的に追及は逃れたが、また面倒な詮索をされては言葉に困る。
何とか別の話題を見つけようとするが、焦ってしまい頭が回らない。
「じゃあ、ゼントは嘘つきだね」
頭に手を当て考え込んでいたら、平然と悪口を言われた。
だがライラはやさしく微笑みかけている。褒めているつもりだろうか。
周りに人が居たら、誤解を生みそうな表現である。
訂正し、認識を改めさせた方が良いだろう。
「誰でもこれくらいの嘘は使う。お前も一回くらいはあるだろ?」
一般論で自身の正当性を主張し、同意を求めた。
そもそもカイロスに対しては、嘘というより冗談に近い。
ある種の信頼関係が成せる会話とゼントは思っている。
ユーラに対しても、悪意のある嘘ではない。
それが正しいかどうかは、置いておくとして、
誰かを喜ばせるために必要で、やむない時はある。
辛く悲しい現実から守るため、やさしい嘘をつくことも必要だ。
実際この世界では、明確な悪意を持って虚言を吐く人間などいくらでもいる。
だが、ライラはきっぱりと言い切った。
「ない」
「……へっ?……生きていれば一回くらいは……」
「ないっ」
一回目より声を張って言う。
「……そうなのか……でも多少話を大きくして言うとか……!」
「ない!」
なかなか引き下がらないゼントに対して、とどめとばかりに大きな声を出した。
初めて聞いた強い意志を感じる声色に気圧される。
「……そうか」
ゼントは寒気を覚えるほどに落胆した。同感を得られなかったことではない。
今までライラから出た言葉が真実だと、絶対的な自信をもっていることと同義だった。
これまでも、そしてこれからも、
言葉自体に嘘をついている可能性は考えられなかった。
実際、その言葉は真実だ。
だが彼は知らない。虚構は虚構で塗り固めれば、真実になるという事を、
「……もしかして、ゼントは私にも嘘をついてるの?」
分かりやすく顔を曇らせ、疑うような視線だ。
先程より見開いた目で、そして身を更に乗り出し覗き込むように見られる。
相変わらず、瞳から感情を読み取ることは難しいが、何とか表情で読み取った。
「まだ、無いな」
「じゃあ、これから嘘つく可能性はあるってこと?」
言い方が悪い。
ライラの顔をさらに険しくする結果となった。
だが、無頓着なのか気にせず、火に油を注ぐ発言をする。
「俺がお前にそんなこと言って、何の得になると思ってんだ?」
「なんで?離れたかったり、面白がったりするんでしょ?」
語気を強めて、迫られた。
なぜ、そのようなことを気にしているのかは謎だが、初めて感情的な姿を目にする。
「お前みたいなやつにはしない。そんなに気にするのなら断言してやってもいい」
「なら……何も問題は無い」
最後にライラがそう言うと、以降はまた黙るようになった。
結局何を求めていたのかが分からない。
ゼントの言葉はライラを納得させたという事だろうか。
読めない奴だと思う。
乱打するような質問攻めから解放はされたが、一転した態度に違和感すら覚える。
普段は口数が少なめな彼女だが、たまにこういったことがあった。
……そのまま、また数十秒の静寂が流れ……
ライラはいつも通りの顔で過ごしているが、ゼントは若干の気まずい空気を味わっていた。
その時、
タイミングよく部屋の壁を沿うように、足音が二人分耳に届く。
ゼントは柄も言えぬ緊張が体を走った。
ようやくだ。
やっと、騒動に切り込め、終わりへと向かえると身構えた。




