第二十八話『間合』
――街路を駆ける黒、一風変わった二人組に、町ゆく人は視線を動かす。
「――はぁ、はぁ、はぁ……」
協会近く住居の壁にもたれ掛け、呼吸を整える。
「ふぅー……」
来た道を、恐る恐ると振り返る。
ユーラが付いて来てないことが確認できると、安心しきったように最後に大きく深い息を吐く。
手を引いて連れて来たライラはゼントとは違い、汗をかいたり呼吸が乱れたりはしない。
だが彼には背を向けて、不気味なほどに口を堅く閉ざしている。
眼には虚空を眺めているように見えて、もっと深いものが映っているのかもしれない。
――そこからは何も言わず、とぼとぼと力なく歩き、協会に立ち入ろうとする。
ライラも無言に後ろから付いきた。
入り口に近づいたら、待機していた男性職員にすぐさま奥の応接室へ案内される。
「……やけに人が多いな………」
ゼントが思わず口に出してしまうほど、内部にある大広間には冒険者がひしめき合っていた。
いつも静かな場所のはずなのに、今日は喧騒でひっくり返っている。
厳つい装備の歴戦の猛者や、駆け出しの新人、はたまた他の町の冒険者や一般市民までもがいる。
中央を二人で通り抜けるとき、群集からはあからさまな目を感じた。
どうやらお主にライラに視線が集中しているようだ。
それはごく自然。当たり前で、仕方がない。
原因不明の竜の出現、同時に単騎で討伐できる者が現れたのだ。
須らく話題の中心になるべき存在だった。
彼女の姿に驚く者、怪訝な目で見る者、値踏みでもするかのように、にやつく者。
中には心配そうに見る人影が三名ほどいるが、数に押され小さな灯だ。
仲間同士でひそひそと話をしている者もいる。
「……あの子が……?でも小さすぎない……?」
「…まさかっ……あいつが手助けでもしたんだろ……?」
対して、ライラは気にすることも無く堂々と練り歩く。
好奇の視線に晒されて、騒めきの言葉が無秩序に彼女に降り注ぐ。
自分の事でもないのにゼントは腹が立った。
なぜ彼が憤りの感情になったは不明。
だが、知っている者が見れば、猥雑で嫌悪感を抱かずにはいられない。
彼は問答無用で、こちらを見てくる連中を睨め付けた。
不機嫌な顔を露わにして、最大限威圧する。
すると効果てきめんのようで、睨まれた者は何も無くいつも通りのように振舞い始める。
これはゼントの顔があまりに恐ろしかった、と言うわけではなく、
目線を逸らすほどに、彼が町で注目を集めていた証左だった。
彼自身への分不相応な評価が、初めて役に立った瞬間かもしれない。
不完全な静けさが協会を包みこんだ。
奥の扉に入るまでは続いたが、彼の姿が見えなくなってからは抑制が外れ、再びさざめきはじめる。
奥の応接室に入ると、職員からは椅子に座ってしばらく待機するよう言われ、当人は退出していった。
部屋には豪勢でふかふかの肘掛け椅子が、長机を挟んでいくつか用意されている。
本来この部屋は、本部から視察にやって来る協会幹部を接待するための部屋だった。
ライラは言われた通り椅子に深く腰掛ける。
座り心地が気に入ったのか、どことなく満足げな表情を浮かべている。
ゼントは隣に軽く座り、時間を潰すことにした。
二人だけでの静謐な時間が流れる。
「――朝に聞こうと思ってたんだが、昨日俺はどうやって家に戻ったんだ?」
座ってから数十秒が経ち、静寂に耐え切れなくなったゼントは横を向いて聞いた。
それは、昨日の夜について。
もしかしたら、寝ぼけながら普通に歩いて帰ったのかもしれないと思っていた。
だが真実は予想外のものだった。
「……私が運んだの」
「……は…?」
一瞬、思考が停止した。
「だから、ゼントをここまで私が運んだの。時間だから、どうにかしてって言われて」
「……そうか……
もしかしなくても、大洞窟から運んだのも?」
「そう」
肯定を聞きゼントは大きなため息を吐く。最近はよくため息が出ている。
その行動は信じられないが、ライラの言葉はであれば信じるしかなかった。
思えば確かにできそうではある。
彼女は、ゼントが苦労していた剣をあっさりと抜いて見せた。
単純に考えるのであれば、彼女の怪力によるものであり、
その力でゼントを持ち上げてか、引きずってか、運ぶことは可能にみえる。
考え込んでいると、逆に今度はライラから質問が飛んできた。
昨日のゼントの発言についてだった。
「そういえば、旅に出るって言ってたけど、どこに向かうの?」
「あれは冗談だ」
ゼントは即答する。
「冗談?」
「…?ああ、要は嘘をついたんだよ」
「何のために嘘つくの?」
その質問にやや考え込む。
実際昨日のあれは実際、半分は勢いで、もう半分はカイロスに怒鳴られて拗ねてしまっていたからだった。
また勢いで、てきとうに理由をつけて口走る。
「前に冒険者資格を、はく奪するとか言われたから意趣返しだ。俺が辞めて困るのはどちらかと言えばあちら側だし、それにあいつの慌てる様子、滑稽だっただろ?」
「つまり、嘘をついて面白がってたの?」
「そうだが?」
ライラは口元に手を当て、ふーんと考え込む素振りを見せ、考え込んでいる。
次には、また突拍子もない事を言う。
未だ応接室に、新たな人は訪れない。
会話はまだまだ続きそうであった。




