第二十六話『悲道』
――ゼントは自身の住処で朝を迎えた。
今朝は、驚くほど寝覚めがいい。
医務室のベッドの質がいいからか、久しぶりにぐっすりと眠れた。
……と思っていたのだが、
ゼントの最後の記憶は、医務室の中。
だがどうだ。起きてみたら、ここは自分で作った寝床ではないか。
そういえば協会は夜には閉まって、同時に医務室からも追い出される、という事を思い出した。
それは決して協会が薄情という事ではなく、医務室はあくまで応急処置の場で医療機関ではない。
基本的に負傷は自己責任であり、絶対安静な場合を除いて、動ける場合は一晩も置いといてはくれない。
おかしなことだ。
ゼントは誰が見ても明らかに重症だったはず。
気絶した直後は体の節々から出血し、骨折もしていたかもしれない。
自身の体を見渡す。
節々に痛みは感じるものの、外傷は全くと言っていいほど見当たらない。
防具は外れているが、外身だけを見れば健康そのもの。
実際、そう判断された故、追い出されていた。
さらに言えば、昨日まであったはずの汚れや血が取れている。
分からないことは二つ。
いつの間に、そしてどうして傷が治ったのか。
どうやってこの家に戻って来たのか。
都合がいい事に今、寝床がある部屋には彼の他にもう一つの影がある。
当たり前とばかりに居座っている少女。
一部始終を見ている彼女に聞けば、片方の疑問は解消される。
予見通り、睡眠をとったことで患っていた頭の混乱は解消され、思考がはっきりしてきた。
同時に、昨日の会話が鮮明に浮かび上がり、順番に整理していく。
だが真っ先に、ゼントが考えた事、それは――
「……お前……竜を殺せるほど強かったんだな……」
昨日の一連の出来事、
ライラが竜を倒したと言って、その事実が判明したこと。
初めは、さすがに過ぎた冗談だと思った。
でも事実だった。
ゼントに驚きはそこまで無い。
過去にも竜の討伐される瞬間を見たことがあったからだ。
単騎で討伐できる人物が協会にもう一人、居た。
そう……居た……
「うん。少しでも強くなって役に立とうと思ったの。私は役にたった?」
「ああ、助かったよ……」
久方ぶりに見たライラの感情の揺れ動く声に、複雑な心境で返す。
「じゃあ良かった。私は間違ってなかったんだね!」
よく分からないことを明るく朗らかに言う。
質問しようと口を開きかけるが、彼女が続けた。
「あのでっかい人間の男が、起きたら二人で大至急協会に来るようにだって」
ゼントは言葉を聞いて、大きくため息を吐いた。
詳細は不明だが面倒な事だと分かり切っているからだ。
朝からこんなことは聞きたくなかった。
昨日の朝から食事もとってない。
そしてまた、ユーラの料理も受け取り忘れた。
ここ数日だけで色々ありすぎて、平穏からどんどん離れて行ってしまっている気がする。
服も着替えるなり、洗うなりしたかったのだが、カイロスは待ってくれないだろう。
仕方なく腹をすかせたまま、向かう準備をする。
やはり動くと沁みるような痛みが走った。
だが、動けない程ではない。
家を出ると、もう日が高く上っていた。
随分と長い時間を睡眠に費やしてしまったようだ。
寝起きの彼にはこの日差しは少々きつい。
そして、家の影に紛れるように、隠れている人物が一人。
「――ゼント…!」
外に出て、協会へ向かおうとすると後ろから名を呼ばれる。
声は気に満ちていて、優しみがあった。
振り返ると崩れた家の前に少女が立っている。
満面の笑みを無秩序に露わにし、歪んだ願望を心の内に秘めて。
午前の日に照らされ、亜麻色の髪は風に舞う綺羅の如く。
後ろで手を組み、首を妖艶に傾け、
目に輝きの灯ったユーラが佇んでいた。
ゼントは前回を思い出し、身構えた。
夕日に照らされた異質な光景を……
しかし、屈託のないユーラ笑顔を見て考えを改める。
この間の出会いでは、やはり何か調子が悪かったとかだろうと、
自分の目がおかしかったのだと、
なぜ、驚かせるような登場の仕方をしたのか。
深くは考えず、前回と同じように気さくに声を掛けた。
「おう…!ユーラ、昨日は――」
最後まで言葉を言えず、
次の瞬間、突然と体に来る衝撃。
「――っ……!」
衝撃と体に走る痛みで、両手を大きく広げややのけぞるが、気合で声は抑えた。
下を見ると、ユーラが自身の胸に顔を埋め、両手で体を固定されている。
何があったかは見ていた。
前触れもなく、こちらに突進し、抱き着いてきたのだ。
彼の服に付着している血や汚れは気にも留めない。
「はぁ……これで私は……!」
同時に顔をこすりつけるように押し込み、よく分からないセリフを言う。
ゼントは言動ともに理解ができない。
傍に居たライラは何も言わないが、確実に不快な顔をしていることだろう。
髪から今まで嗅いだことも無い、不思議な香りがする。
あたたかくやさしいようだが、一歩でも扱いを間違えると不快な臭いにもなる。
少なくとも彼女には似合わない。よく分からない匂いで精神が乱される。
「――おい…ユーラ……!?どうしたんだ…?やっぱり、どこか調子が悪いんじゃないか?」
焦燥と焦りの中、ゼントはユーラの肩を持ち、問いかけた。
「…………えっ……?」
――なぜだか突然、操り人形の糸が切れたかのように、動きが固まった。
そして、ゆっくりと、ゆっくりと顔を上げ、視線をゼントに合わせる。
口を開くも、また意味が理解できない言葉が出てきた。
「……なんで…??」
瞳に映るはただただ、懐疑、
口を半開きにして、不思議がるような表情だ。
彼は見た。
彼女の髪と同色の瞳が、着実に重く、悲しく、そして痛々しい色に変わりゆくのを――




