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黒幻白夢 ~異形とヤンデレと~  作者: AL Keltom
合理への狂信者
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第二百七十二話『処刑』

 



 ここ数日の精神の疲弊からか、ゼントは不必要な心配までするようになった。

 軽度ではあるが幻覚や幻聴にも襲われ、日を追うごとにひどくなって来ている。


 解消する方法は一つ、全ての悩みから解放され喧騒のない場所で療養することだ。

 しかしそれが叶う世界などこの世には存在しない。俗世を離れ悟りでも拓くか、あるいは悩みのない世界へ行くか。どちらも即ち死だ。

 そんなことができないのは分かり切っている。くだらない希死念慮など、今は必要ないことも。




 また時間がゆっくりと流れていく。これから確実に起こる現実を受け入れたくないがために、体が勝手に体感時間を遅くさせているのかもしれない。

 けれどもゼントにとっては余計なお世話だった。全ての心の覚悟はもうできているのだから。


 しかし通りを人に見せる形で歩くのは処刑者を辱める意味も含めているため、まだまだ時間がかかりそうだ。

 荷馬車に乗った檻は清々しいほどに中に入っている者が見えやすく、褪せた銀の髪が中で垂れているのがよく見える。


 通りは処刑を見るためにか、いつもよりかなりの人でごった返していていた。

 彼女は長年冒険者協会の受付嬢をやっている。人が多いのは処刑者の顔が広く既知の存在であるからこそでもあった。


 中には野次を飛ばしながら民衆を煽る者も居れば、ただ静かに見つめる者もいる。

 しかし通りに同情という感情を持つものは一人もいない。少なくとも、皆等しく憤慨の感情を表情に宿していた。



「なぜ僕の恋人を殺したんだ!?」


 突如として、目に涙を溜めた男が戦慄とした表情で行列を遮る。見た目からしてゼントよりも若い。

 口ぶりからして被害者の遺族なのだろう。怒りに身を任せ、拳を握りしめながら詰め寄った。


 男の方にも同情はできるが聞く相手が悪い。濡れ衣を着せられた相手に詰め寄るなど、言ってしまえば滑稽そのもの。

 対してセイラは当たり前だが答えようとしない。鉄格子の中に囚われ、手を縛られながらただぴくりともせず俯いているだけ。


 その様子を見て反省の色が無いと思ったのか、更に激昂した男が今度は格子の隙間から手を伸ばしてセイラに掴みかかろうとする。

 しかし流石に傍で警護していた自警団に止められ、近くの路地に強引に引きずられていった。行進の妨害をされてはいつまで経っても進めなくなるのだろう。




 その後、長いようで短い時が流れた後――


 刑場の中央に備え付けられた高台にて、無秩序に立たされたセイラの姿はあった。近くには巨大な処刑斧を持った筋肉質の男が待機している。

 あとは目の前にある斬首台に屈まされ頭を押さえつけられ、斧が振り下ろされるのを待つばかり。




 ――さてゼントよ、これが最後の機会だ。逃せば二度とセイラは戻ってこなくなる。


 刑場の柵の隙間からセイラの最後を眺めている時、自分の内なる欲心が語り掛けてきた。

 まるで自分が内心、助けたいと思っていると分かっているような、癪に障る口ぶりで心を抉る。

 しかしゼントは落ち着いて尋ね返す。この身一つで何ができるのだろう、と。


 今から強引に行って全てが思い通りにいくのか? 一番の理由はこれだった。

 一人で刑場に突入したところで、実力差と数で叩きのめされるのが落ちだ。


 この一連の事件はおそらく私情が関わっている。解決に部外者であるジュリを巻き込むわけにはいかない。

 例え彼女が余裕で仕事をこなせたとしても、少しでも危険が及ぶのならこの手は使えない。

 苦痛を乗り越えて、改めて前を見るべきだ。そう考えるように努力してしまった。




 降っていた雨は処刑直前に止んだものの、舗装されてない通りや広場の地面はぬかるんだまま。

 そして……いよいよ刑が執り行われる。セイラは抵抗することなく、執行人のいう通りに跪き白く弱々しい肌を晒し、首が差し出された。


 素直に家で待っていた方が良かったかもしれない。わざわざ見に来るなどそこらの野次馬と変わらない。

 当然、後悔の念も腐るほどある。しかし責任の一端が、いや、ほぼ全ての責任あるのに、のうのうと時間を過ごす自分が赦せない。


 セイラは望む形ではなかったものの、ずっと手を差し伸べてくれていたのに。

 その事実がますます前に進むと決めたゼントを苦しめた。同時に奴に対する憎悪も加速させる。


 厳粛に、そして容易く命が刈り取られる現実。ゼントは現場にまでは居合わせたものの、 流石に処刑の瞬間を注視することまではできず。ただ目を地面に背けて、人知れず涙していた。

 こんなところで泣いていたら周りに不審に思われる。だから、路地の入口で隠れるようにするしかなかった。





 ……しばらくして、一部の集団からは歓声のようなものが上がった。俗物共が下卑た笑い声をあげているのだ。

 しかし見ていて気持ちの良いものでもないだろう。ほとんどの人は固唾を呑んで見守っていたと信じたい。


 しかし俯いていてもゼントの耳にははっきり響いた。周囲に骨が砕けたような鈍い音が。

 肉が切れ細胞が研がれた刃によって一瞬で圧殺されていったような……


 それらすべての音が同時に聞こえたとき、ゼントの目は大きく見開かれ、全身は恐怖と後悔で震えだした。


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