第二十話『指導』
「――ここにあったユーラの料理……」
簡易的に作ったベッドの上を指差した。
同時にライラを懐疑的な目でみる。
「それなら……お腹がすいたから……」
予想通りの内容を、はぐらかすでもなく事実として認めた。
同時に、彼女が一文無しだという事を思い出した。
順序が逆だが、食事にも困るものが、宿を取るなどあるわけがない。
食事を盗ったのも、ゼントが対話を放棄して、寝てしまったのが原因か。
無断というところに怒りが存在するが、自身の非が無きにしもあらず。
合わせて、彼は空腹の恐ろしさを全て、身をもって知っていた。
人は一切れのパンのために人を殺す。
餓死寸前の人間は理性を失い、己の力も理解せずに狂乱に向かって来る。
故に、空腹の代価が小さな楽しみであった弁当くらいで済んだのだ。
望むものは儚いくらいが、今の彼の身の丈に合っている。
それに、たかだか少女相手に取り乱す姿を見せるのは如何なものか。
少し状況は異なるが、そう思い込むことにした。
怒るにも怒り切れず、やりきれない想いに駆られる。
頭を抱えて、ため息をついた。
「…ごめんなさい……」
こちらの思いを察してか、いたずらをした子どものようにあやまってくる。
初めて見た気落ちした姿に、ますます何も言うことができなくなってきた。
「干し肉でも買えば腹は満たせる。昨日みたく出発する前に朝市に向かう」
今までの言動に思うところはあるが、本来の性分故に強く言うことができない。
全ての準備を整えたゼントは住処の出口前に立つ。
後ろ振り返ると、俯いた状態で立ち尽くすライラが居た。
「どうした。さっさと行くぞ」
「う、うん……」
弱々しく申し訳なさそうに返事をする。
この状態が通常であれば扱いが楽のだが、
返ってきた金を使い、町の市場で干し肉を買った。
味は昨朝食べたものと同じく、旨味はあるがやや物足りないが贅沢は言えない。
前回とは違い、ゼントの気分は比較的穏やかだ。
先程の様子であれば、ライラも自分の指示を聞いてくれるかもしれない。
彼女は自分の非を認め素直になる時と、言う事を聞かず暴走することがある。
一体この差は何だと言うのか。考えても切り替わる基準が分からない。
何とか懐柔策を立てて、暴走を押さえたいのだが……
「今日の依頼内容は“角ウサギ”五匹の納品だ。討伐依頼とは言ったが、まあ似たようなもんだ」
目的地へ向かいながら話し始めた。
角ウサギとは聞いたままの言葉の如く、角の生えたウサギだ。
全長は平均四十センチ程、大きいものでは二メートルを超える。
地域によってはホーンラビット、アルミラージなどと呼ばれることも。
後ろを見ると浮かない顔をしたライラが付いて来ている。
顔をやや下に向けたまま、上目でゼントの顔色を伺っているようだ。
俺の失態を気にしないなどと言っておきながら、自身の今朝の出来事は気にしているのだろうか。
好感は持てるが、それでは今日は乗り越えられまい。
喝を入れようと、語気を強めて威圧するように聞いた。
「しっかりしろ。実際に命のやり取りをするんだ。それとも今日はやめておくか?」
「ううん、大丈夫」
首を大きく左右に振り、二言で簡便に否定する。
彼女の黒く長い髪が、不自然に揺れた。
これでやめると言うような軟弱者は、例え冒険者になっても挫折する。
であれば早めに心を折っておいた方が、やさしさというものだ。
「そういやお前、剣を扱ったことは……」
「あるわけないよな……」
「無い」
二人同時に言葉を放った。
ゼントは腰に刺した剣を見る。
「初心者なら、槍の方が長物で扱いやすいと思ったんだが……」
無意識であるが、遠回しに剣を勝手に持ってきた事を非難している。
鞘に収まったままで、未だ剣身を拝んだことも無い。
どこの品物か分からず、武器として使えるものなのかとも心配していた。
見る範囲ではゼントと全く同じ物なので、おそらく大丈夫であろうが、
「まあ、仕方がない。握り方とか教えてやるから構えてみろ」
「……分かった」
突如、道のど真ん中で剣の指導が始まった。
気乗りしないのか、徐に鞘を付けた状態で剣を正面に持つ。
あわよくば剣身が見られると思ったのだが、まあいいだろう。
一目見ただけで素人だと分かる。
持ち方から、全身の力の入れ方まで、まるでなっていない。
面倒だが大事な基礎の部分だ。一つ一つ丁寧に教えていく。
「剣は両手で持て!力を入れず、間隔をあけて包み込むように柄を持つんだ。」
片手で持って、剣先を見つめている彼女に言う。
だが、比較的長い剣が扱えている時点で驚愕すべきだった。
少女の身、かつ片手で持っているのだから。
「脇が甘い。肩に力が入りすぎだ。振る時もなるべく剣の重さを利用しろ」
素振りをさせて、力の入れ方を確認する。
ライラはどこかつまらなそうな顔をしながらも、言うとおりに従っていた。
無言で返事もなく、続けているのが何よりの根拠だ。
――その後も彼の境遇故か、異常な光景に気が付かず指導を続けた。
「よし、そろそろ様になってきた頃だろう。実戦では一瞬のゆるみが死を招く。絶対に気を抜くなよ」
特に今回は、対角ウサギの姿勢を重点的に教えていた。
不意を突けば楽に倒せるが、万が一失敗して怒らせた時の回避方法、
品質維持のため、できる限り首元を狙って一撃で沈める事など。
思えば初めて指導的な事をしたかもしれない。
――そして、今回の目的地である大洞窟の入口へたどり着く。
黒く大きな口を開け、志を抱く冒険者を待ち構える。
今、地下で巨大なものが蠢いていることを二人は知らない。




