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第二百六話『失策』

 



「――ユーラ、冒険者に戻ってみないか?」


 夕食に際して、ジュリに食事を食べさせている彼女に対してこう切り出した。

 一言一句に気を使い相手の反応に細心の注意を払いながら、もし様子がおかしくなったらすぐに話題を変えるつもりだ。



「戻る? ユーラって、冒険者だったの? それってお兄ちゃんと同じ?」


 記憶の齟齬による混乱があるかとも身構えたが、どうやらそれもないらしい。

 むしろ状況を理解しているようにも見える。これは僥倖と見切っていいものだろうか。



「そうだ、聞いている限りすごく活躍していたみたいだ。だからきっと才能があって、少し訓練すれば復帰できると俺は思う。ユーラが使っていた武器もずっと預かっているし……まあすぐにどうこうって話でもないんだけどな」


「それって、私もお兄ちゃんと一緒にお仕事できるってこと!?」


 才能という単語を使うことに当人が抵抗を感じながら……

 それでも甲斐あるのか食い付きは上々、控えめに説明したのだが彼女はゼントを真っ直ぐ見つめて、つい先ほども見た輝きの放つ瞳が見える。

 ここまでくれば手を引く必要もなかった。ただ問題があるとすればこの先。低姿勢で本題を申し出る。



「いや、それはそうなんだが……ここで一つお願いがあって、もし良ければ知り合いのところに入ってみてほしいんだ」


「え? それって……お兄ちゃんと一緒にはお仕事できないってこと?」



「えっと、そいつらは元々ユーラと一緒にやってきた人たちで、ユーラが抜けてものすごく困っているみたいなんだ。だから……」


「ねえおにいちゃん……」


 出だしは好調のはずだった。しかし勘違いを修正していこうとするうちにユーラの様子に変化が訪れる。

 始めは物憂げな目、そして固く握られていた両手が地面に向かって垂れ下がり、しまいには震えた声を発す。

 紛れもなく対話が失敗だと示していた。でも気づかれないように落ち着いた態度で自然に出方を窺う。



「……どうしたんだ?」


「じゃあユーラは………どうしたらいい? 過去の自分に従ってその通りの日常に戻るよう努力するべきなのか、それとも今の感情を優先してもいいのかな?」


 その言葉を聞いてゼントは絶句することしかできない。嫌がられるとは思っていたが想像以上の拒絶だったから。

 到底彼女自身で決めることはできないらしく、頼れる存在に縋って来る時点でこの話の結論は出ていた。



 人間、心変わりなどいくらでもあるだろう。昨日はこう思ったことが今日は気が変わった。

 かつてはこう考えていたが、星霜を得て知見が深まり思想も変わった。


 しかしそれが記憶喪失ともなれば通じなくなる。あまりに短期間に思考が正反対になって、相反した思考が生み出されるのだから。

 ほんの少し前の自分なら絶対こうしたはずなのに。二つの精神が同じ時間軸にいたのならきっと互いに互いを軽蔑してしまう。




「ごめん、この話は全て無かったことにしよう。俺が悪かったよ、少し焦りすぎていたみたいだから、赦してくれ」


「うん、でもお兄ちゃんと一緒なら喜んでお仕事を手伝いできるよ。足手まといになっちゃうかもだけど」


 やはりユーラのことを優先すべき。フォモスには悪いがあまりにも愚かな思考だったと。そうゼントは考えた。

 結果的に赦してもらえて惨事にはならなかったが、一歩間違えればどうなっていたことやら。


 例え一縷の希望があったとしてもこれからは下手に手出ししない方が良さげだ。

 過ちを喰いしばりながら彼は模索を続け、あまりの身勝手さに呆れて大きな大きなため息を吐く。

 そして手に入れたばかりの新鮮でちょっぴり良い夕食を済ませると、やるせなさから早めに床に就いた。



 ◇◆◇◆




 ――翌朝、ゼントの姿は協会の建物内部にある。ライラと共に、しかしくたびれた様子で。


 その理由はどうにもこうにも、彼女が早朝から家を訪ねてきたのだ。

 そして勝手に上がり込んではゼントを引っ張り起こし勝手に着替えさせ、問答無用で協会まで引っ張って行く。

 一連の嵐のような流れをユーラとジュリは手出しできず、ただ眺めることしかできなかった。それは終始ライラが薄気味悪い笑みを浮かべていれば尚更。




「――で、何の用だ? 朝っぱらからわざわざこんなことして……緊急の要件でもないみたいだし、くだらない内容だったらただじゃ置かないからな」


 叩き起こされて、しかも訳も分からない状況でゼントはだいぶ苛立っている。寝起きと相まっていつもより数段鋭い目付きで元凶を見つめた。

 だがライラはそれを気にもしない様子で口を動かし始める。あくまで自然体、しかし瞳には企みを籠めて。



「ねえゼント、私たちのパーティーって役割もしっかりしているし中々に良くなってきたよね」


 柄でもない言葉遣いを用い、明け透けてあざとく振舞う。内容には多少の無理が見られるが。

 パーティーの役割とは言うがどんなに頑張っても指示と実行役、これを良いパーティーとは言わない。

 あまりにこじつけがましく、これから碌な話が出てこないと誰もが思うだろう。



「――だから更に関係を良くするために今日は一日、一緒にお出かけしよう?」



 自信満々に言い放つ彼女を前に、ゼントはただただ疲れ果てて深く座って俯きこんだ。


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