第十九話『明朝』
――翌朝、見慣れない天井で目覚めたゼント、
「あ、そっか、隣の部屋で寝たんだっけか……」
目をこすり、己の境遇を認知する。
酷く寝起きが悪い。頭にガンガンと響く。
昨夜の出来事か、寝にくい場所だったか、あるいは両方のせい。
「――うわっ!?」
起き上がり、正面に見た異様な光景に大声を上げる。
寝ぼけているからだろうか。再び目をこすり、正面を確かめた。
そこに居たのは――
壁にもたれ掛かるように座っているライラだった。
ただそれだけならば、声を大にして驚くような事ではない。
彼女は目を見開き、こちらを眺めている。
猥雑な周囲と対照的に、彼女だけが一点、理路整然と佇んでいた。
目にも肌にも、血が通っていない。
放置された人形のように、
しかし埃を被っておらず、呪われた人形のようだ。
「――っ、おい…!何でこっちの部屋に居るんだよ!」
……声を掛けるも反応が無い。
目は開いているのにも拘わらず、ピクリとも動かない。
ライラの元へにじり寄る。
そして、気が付いた。
初め、こちらに視線を向けているのだと思ったが、
体が移動しても、目が移動しない。
どこにも焦点があっておらず、虚空を見つめて
いるようだ。
まさか?死んでいるのか?
思わず、駆け寄って呼吸を確かめようとする。
すると、突然――
「……おはよう」
顔を近づけた瞬間、耳元で口を開かれた。
囁くようにではなく、普通の声量で、
声の大きさに、小刻みに震えて驚いく。
「――っぁあ?!?」
思わず、頓狂な声を出して、後ろに倒れ込んでしまった。
床に転げ落ちてなお、全身に寒気が通り抜けているのが分かる。
朝から二度も驚かされたことに怒り、また今の失態を繕うように声を張り上げた。
「起きているのなら俺の声に反応を示せっ!」
しかし、ライラは訳が分からないという表情で語りかける。
「起きたから挨拶しただけなのに……私はどうすればよかったの?」
「だから……!」
どうにも話がかみ合っていない様子。
彼女に質問は禁句だったことを思いだす。
諦めの境地に入り、問いただそうとしていた自身を否定した。
段々と頭が冷めてきて、自身の間抜けな体勢に気がつく。
慌てて立ち上がり、何事も無かったかのように振舞う。
むすっとした表情と声色で、言葉を押し付けた。
「目をひらいているのに返事が無いから、死んでいるかと思ったぞ!」
「もしかして、私を心配してくれたの?」
「違う!死体だったら放置するわけにもいかない。外に持って行くのが面倒だと思っただけだ!」
彼女が居るとどうも調子が狂う。
独善的な言動にいつも振り回され、苛立ちを募らせるばかりで、泊めたくなかった理由でもある。
付き合い方が悪いのだろうか……
「起きたのなら、装備を準備してこい。さっさとこの実習教育を終わらせるぞ」
ひび入った壁の隙間を指差し、外へ行くように促す。
見た限りライラは、昨日見た剣も防具も持っていない。
どこへやったのか気にはなるが、聞いても意味が無いなど分かりきっていた。
今日一日だ。あと今日一日だけ耐えれば終わることができる。
他人とここまで関わったのはいつ以来だろうか。
気の合わない奴と居続けるのは、やはり辛酸をなめる思いだ。
ゼントは準備するために、本来の寝床の部屋へ移動した。
整備しようと思っていた剣は、昨日の言った通りに床に置かれている。
全体の錆を落とす余裕は無く、先端だけを満遍なく研磨する。
持っていた平らな砥石と、汲み置きしておいた水を潤滑剤として組み合わせ、丁寧に研ぐ。
切れ味だけ復活させれば剣は使えると考えていた。
実際それだけでは、本来の意味をなさないのだが……
研ぎ終えた剣を鞘に納め、帯剣する。
防具も着込み、準備万端と言った風貌だ。
だがまだやることがある。
腹が減ってはなんとやら、という事でまずは腹ごしらえだ。
幸いなことに、昨夜食べ損ねたユーラの料理がある。
普段と違うごたごたで失念しており、食べられなかったのだ。
彼女の料理は控えめに言ってかなり美味しい。
以前、食べ物の好みを聞かれた後には、好物ばかりを作って持ってくる。
冒険者に料理のスキルは必要ないと言ったのに、“これは必要な事です!”と一蹴された。
最近は、数少ない楽しみになってきている。
一昨日はたまたまか、居なかったので受け取れなかったが、昨日はわざわざ家に届けてきた。
様子がおかしかったことは否めず、須らく気に留めるべき事象ではあるが。
今は食べて腹を満たすことが先決、
の、はずだったのだが……
布が敷かれた寝床の上にあったはずなのが見つからない。
昨日の記憶をたどっても、確かに置いたはずだ。
そして、後ろを振り返ると、
ライラが防具を着こみ、剣を腰に携えてごく自然に立っている。
一点を見つめ、無言で佇む。
いつの間に装備を取りに行ったのだろうか。
意識の一部向けていたが、出て行った際の物音や気配は感じ取れなかった。
わざわざ気取られないように隠密に行動しているとでも言うように。
誰が犯人なのかは言うまでもなく、
楽しみを奪われたゼントは、少なからず不愉快だった。




