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第百九十九話『異変』

 



 ――意を込めて、ゼントは何故サラの捜索依頼を打ち切ったのか、情報を掻い摘んで伝えようとした。

 一瞬の間をおき肺に空気を溜めて、言葉を紡ごうとする。




 ……しかしどういうことだろうか。何故か口に出そうとしていたことが思い浮かばない。

 先程まではとにかく報告しなければという考えで頭がいっぱいだったというのに。

 このまま無言が続けばカイロスに怪しまれる、早く伝えなくては。しかし何を言おうとしたのか、どうしても思い出せない。



「……? どうかしたのか?」


 とうとう時間制限が過ぎてしまう。カイロスも異変に気付き、聞き返してくる。

 動揺は更に激しくなった。適当に理由を付けなければと焦って、余計に言葉が見つからなくなる。

 困り果て、挙句の果てには……



「やっぱりこの話は聞かなかったことにしてくれないか。少なくとも心配するようなことは何もない。もう全ては終わったことだから……」


「あ、まあ、ゼントがそういうんなら……詳しく尋ねたりはしない。それなりに理由があるんだろうからな」


 こういう時に察しのいい人はとても助かった。そうでなくとも憶測で勝手に納得してくれる。

 これでは何しにここへ来たのか分からなくなる。精々この間の依頼の報酬を受け取るくらいか。


 未だに足が震えている。でも何故震えているのかすら分からない。

 考えれば考えるほど頭が痛くなって、まるで一昨日の夜みたいだ。

 また悪夢が始まるのかと思ったその時――横からの一声が掛かる。



「結局のところ、手紙だけ残して失踪した彼女は無事なの?」


 それは受付机の後ろのセイラだった。凛とした薄い髪と虹彩を携えて、放たれる視線は真っ直ぐに対象へ注がれる。

 ゼントがやって来てから今に至るまで、書類仕事は全くといっていいほど進んでいなかった。

 仕事真面目で評判の彼女が作業を止めた訳は語るに及ばない。



「おいおい、話したくないっていうんだから、そっとしといてやれば……」


「支部長は優しくしすぎです。協会として必要な情報は把握しておかないと……! ただでさえ協会には情報が入りづらい。最近は変な事ばかり起こるというのに」


 カイロスは半分呆れ、横から嘴を容れる。しかしセイラからは反論が飛んできてすぐに委縮してしまう。

 協会ではたまに見られる光景だ。その巨体も縮こまり今だけは小さく見えた。

 こうなると半日くらい彼は拗ねている。居心地の悪いゼントは最低限だけ質問に答えておく。



「あー、とりあえず無事だけは確認した。でもここには二度と戻らないって言われた」


「居場所が分からないのにどうやって会ったの?」



「――それは言わない。この際、過程は重要じゃないからな」


 言えない、の間違いだった。どうにも話せる気分にはなっていなかった。セイラの追撃もここでは意味を成さない。

 全ての行動が気分による気まぐれなのかと言われれば多分違う。でも考えるだけで頭の中が空っぽになって、何もないことに気が付いて、どうすればいいのか分からなくなる。



 このおかしな現象の原因を探りたい。言語化すらできず、他人への説明は困難。少し前まで感じたことがないというのに。

 一つだけ心当たりがあるとすれば、ライラに顔を触られた直後に感じた謎の爽やかな感情。

 今更になってあの時、同時に空虚感を覚えたことを思い出す。


 しかしあんな短時間で一体何ができる。もし仮に何か知っていたのだとしても、彼女は真面に教えてはくれない。

 いやでも、気分が楽になったことは事実。ジュリへ静かに感じていた気持ちも、ほとんど晴れやかになった。

 猜疑だけで邪推するのはおかしい。今朝も勝手に罪悪感を覚えたばかりだというのに。



「ふーん、まあ分かったわ。あなたがこんな嘘つくとも思えないし、方法もなんとなく予想がつくし」


 再び思考が定まらず、頭がごちゃまぜになりながらセイラの声を聞き現実に引き戻される。だがその内容を理解するや、また少し胸がざわついた。

 以前協会内で騒ぎを起こし、盛大に町の住人からも評判低めたというのに、まだ信頼が残っているということ。


 加えてサラに会った方法が察せられる程度のやり方なのかと呆気にとられる。

 そんな簡単に思いつける方法なのか? であれば思いつけない自分は何なんなのだと。

 ゼントは思考が表に出ないようにするだけで精いっぱいだった。一先ず考えるのは後にして、ここでできることを進めよう。



「それよりもえっと、この間受けた盗賊討伐の報酬を受け取りたいんだが」


「ああそれね。あの人数の奴隷だから即決で売ってもかなりの利益が出たわ。その売り上げの一部を上乗せしておいた。でも次からはもっと早く受け取りに来て。保管して覚えておくのも大変なんだから」


 冒険者としての要件を告げるとセイラは突然興味を失ったように、淡々と言葉を繋げて事務的に話す。しかし不思議とこちらの口調でも嫌な感じはしない。

 そして報酬の入った麻袋の大きさを見ると彼女の目は自然と輝いて映った。そして口から出てくる声は艶めかしく柔らかいけれども、人間のように純朴な感嘆だ。



「こんなに稼げるなんて羨ましい。もし私が冒険者をやっていれば確実にあなたと組んでいるわ。私に戦う力はないけれどね」


 面白い冗談だ。お固い印象があったセイラからそんな言葉が出てくるとは。

 おそらく、いや間違いなく消沈した己を見て慰めを掛けてくれたのだろうと思った。



「っふ、その時はきっと俺よりも強くなってしまうから、弱い俺とは組めないだろうな」


 だからこちらも半笑いで冗談を返しておく。実際彼女が冒険者になった時、ゼントすら軽く超えられてしまうかもしれないが。



「おい、セイラが居なくなったら事務が回らなくなる。冗談でもそんな事言わないでくれ……」


 隣にいたカイロスがやれやれとばかりにため息をつく。

 先程の一風変わった空気からは一転、団欒ともいえる和やかさが三人の会話にはあった。


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