第十八話『抜剣』
「――なぜそんなに私から距離を取ろうとするの?」
寝転んで足裾を掴んだまま、ゼントを見上げる。
暗がりの中、その感情の見えない瞳で見つめられると、不意に言葉が詰まってしまう。
力を入れて、強く目を瞑る。
同時に大きくため息を吐き、天井を見上げて考え込んだ。
「……手を離してくれないか?俺は疲れてるんだ」
憂いを含んだ声で、そう告げた。
ライラは視線を落とし、質問する。
「その剣があなたを疲れさせたの?」
「ああそうだ。これでもう満足か?……」
早く会話を終わらせたいが為に、ぞんざいにあしらった。
「――貸して」
言うと同時に起き上がり、許可も無く手に持っていた剣を取られる。
「あっ、おい!」
決して強く握っていたわけではない。
不意を突かれた事と、想像より引く力が強くあっさりと奪われてしまう。
いっそのこと正面から言ってしまおうか。
一番の疲れの原因はお前だと。
調子付かれても困る。
これ以上続くようなら説教も辞さない。
ライラは剣の柄と鞘を両手で固く握り、顔の正面に本体を持ってくる。
ただじっと、手に持つ剣を見つめ続けている。
その様子を見て、ゼントはまた大きくため息をついた。
一体何がしたいのか……
まさか先程の会話を聴いて、鞘から引き抜こうとしているのだろうか。
考えても無理な話だ。
ゼントより腕が細い者が、どうこうできるとは到底思えない。
そもそも、力で解決できるような代物でもないはず。
少女は腕に力を入れ、どんどん外側に力を加える。
当たり前だが、動かない。やるだけ無駄な労力というものだ。
「……そろそろ返してくれないか?早く休みたいんだが……」
……何も言わず、力を加え続けるライラ、
声を発するでもなく、歯を食いしばるわけでもなく、
ただ正面を見て、集中している。
――気のせいか?
彼女の体が小さくなっていっている気がする。
僅かな変化のため、誤差とも言えなくもない範疇だ。
だがよく目を凝らすと、体全体の容積が減少しているように見える。
言葉を返さず、じっと正面を見たまま、集中し続けるライラ、
感情が籠っているようには見えないが、なぜか剣幕のようなものを感じる。
同時に――
目を疑う光景を見た。
――ほんの少しだ。
――剣が、鞘から抜けるように、僅かに動いたのだ。
“ギヂィー”と金属のやすりどうしを、強く擦りつけたような音が部屋に響く。
ありえないとしか言いようのない現実が、部屋を圧する。
ゼントが手をこまねいていた代物に、目の前の少女がメスを入れたのだ。
動き出した物が華麗に勢いづくかのように。
じゃりじゃりと錆と金属が擦れる音を立て、
引っこ抜く、という表現ではなく、鮮やかに剣を引き抜いた。
姿を現した刀身は予想通り、見事に全体がさび、
完膚なきまでに、痛んでいた。
眼下に求めていたことが晒されて、
本来であれば、喜ぶべきであるはずなのに、
歓喜するでもなく、得体の知れない目の前の少女に恐怖するでもなく、
一つの疑問が、脳裏に浮かんだのみ。
目の前にいる少女――
“彼女は一体何者だ?”
昼間と夜、一日に二度も驚かされた。
そんな一緒に居るだけで疲れる相手が、一般人と同じであるはずがない。
剣には目もくれず、率直に聞いた。
「お前はなんだ?」
「?、私はライラ、それ以外のなにでもない」
「いや、そうじゃなくて……」
無論、自己紹介をしてほしいわけではない。
種族を聞きたかったのだ。
「人間なのか?亜人とかではなく……?」
「そう、ゼント、あなたと同じ。私は人間……」
まだ、亜人と言ってくれた方が納得できた。
彼らは、人ならざる者と言われるように、人間とは基礎身体能力が違う。
そもそもの体の造りが異なるのだ。
中には、妖しい術を行使する種族もいると聞き及ぶ故。
言葉を聞いて、胸を撫でおろす。
彼女の口から確証を得られたことに安心したから。
嘘をついているという可能性もあるが……
再び疑問が頭に浮かぶ。
人間だというのなら、今のはなんだ?
今はコートで隠れているが、昼間見た腕はか細く、少なくとも怪力ではないことが分かる。
本当に人間なのか?
道具や潤滑剤を使っていた様子もない。
他の要素も考えつかず、聞く以外に選択肢が無かった。
「それ……どうやったんだ?」
「普通に抜いただけ」
「できるはずがない。人間であるなら尚更……」
「ゼントはこれ、できないの?」
「話を逸らすな」
「そんなこと言われても。力を入れたら抜けた」
またしても、ライラがはぐらかす。
いつも同じ、肝心なところを教えてはくれない。
しかも、誤魔化すときは分かりやすく、声に感情が籠らなくなる。
聞いても無駄。
即座に諭されたゼントは、泣き寝入りするかのように踵を返した。
「ああくそ……!俺はもう寝る!」
「ゼントはやっぱりできないんだ」
後ろから、煽るような物言いだ。
「調子に乗るな。俺でもできたさ」
それが精いっぱいの強がりだった。
彼にも最低限の自尊心や羞恥心はある。
下の者になめられることだけは避けねばならない。
だが、心の奥底では惨めな気持ちになっていた。
非を認めきれず、実が伴っていない自身の評価に、卑下するばかりだ。
いっそもう、無知であればどれほど楽な事であったか。
「剣はその辺に置いておいてくれ。整備は明日する」
焚火の始末をしたのち、再び隣の部屋に移ろうと歩き出す。
今度はライラも、言葉をかけてこない。
いつもこうなら、話が早いのだが……
外も、伴って家の中も闇に包まれる。
今日の寝床はいつもの場所ではなく、瓦礫が散乱する床の上だった。
「……ただいま、そしておやすみなさい……」




