第十七話『宵口』
「――いったい何だったんだ……」
残されたゼントは本音をぽつりと零す。
ユーラがここへ何をしに来たのか。
料理を持ってきた、と言えば納得もできるが、それにしても様子がおかしかった。
単に体調がすぐれなかった……わけでもないだろう。少し気になる。
「あの女の人、誰?」
後ろを見ると、口を尖らせたライラが訝しげにこちらを見ていた。
なぜ不機嫌そうな顔をしているのか不明だが、説明を優先する。
「ああ、彼女は俺の後輩だよ。それにしても随分と見違えたな……」
「あれがゼントの好きな人?」
配慮もせず、単刀直入に聞いてくる。
気になるのは仕方がないが、不躾な態度にこちらとしても遺憾だ。
「違う。もうその話はしないでくれ。気分が悪くなる」
即否定し、不機嫌な様を露わにする。
「わかった」
ライラは頷き、やけに素直に聞き入れた。
またしても彼女の一貫性の無さが顕著に表れる。
温順な態度でゼントの言葉を全て聞き入れていれば、彼も煩わずに済むのだが……
「何を受け取っていたの?」
「お前には関係ない。これ以上詮索するな」
「じゃあ聞かない。それで……」
「その先の話は、もうこりごりだ。金をやるから、宿屋に泊まってこい」
そう言うと、懐から歪な形をした銭を取り出し、彼女の手の中に押し付けた。
手に触れた時、その無機物のような冷たさに驚いたが、強引に無視する。
ゼントの顔と自身の手のひらの上を交互に見やり、困った表情で――
「でも………」
金銭の受け取りを拒否する素振りを見せた。
ゼントを案じてのものか、他に目的があるのか。
「これが俺の中で最善だ。いいから黙って受け取れ!」
「…………」
他を寄せ付けない威圧した声に、何も言葉を言えなくなる。
無機質な瞳にそんな彼を入れて、一体なのを想っているのだろう。
「この話は以上、俺はもう休む!明日は命のやり取りをするんだ。お前も早く体を休めろ!」
一方的に言い放ち、返事を待たず、壁の隙間から家に入って行った。
ゼントは見事、自分の思い通りに事を動かした。
要はライラとの言い合いから逃げただけだが。
勝てない戦は、そもそも参加しなければいい。
実際ゼントはさっさと休みたかった。
久しぶりに体を激しく動かし、疲労がたまっている。
対称的に、今なお崩れた家の前に立ち尽くす少女は、一切の疲れの様子を見せない。
はっきり言って今の彼と彼女となら、後者の方が丈夫だ。
ライラは一向にその場から動かず、ゼントが入って行った家を見つめ続けるのであった。
◇◆◇◆
ライラと別れたその日の夜、
部屋の一室、薪に火をつけ灯りと暖を確保する。
ゼントは寝床の前で、明日の準備をしていた。
明日入る大洞窟は、初心者向けと言われている。
だが少なくとも、丸腰で入ってただで済むような場所ではない。
装備くらいは徹底しても許されるというものだ。
新しく武器を買おうにも、そんな金は一厘も出せない。
彼女に渡したのが最後の手持ちの資金だったからだ。
準備の内容を具体的に言うなら、今日持っていた剣を鞘から引き抜こうとしていた。
さすがに刃の無い剣は、武器としてあまりに乏しい。
何とか引き抜いて、切れ味が悪い剣くらいにはしておきたい。
防具の皮鎧も同様にだ。
そのはずだったのだが……
やはりというか、当然と言われているかのように剣は引き抜けない。
鍔を縄で固定し、鞘を全力で握り引っ張るが、びくともせず。
手入れをサボっていたツケを払わされた気分になる。
「クソ!何でこんな硬いんだ!俺に研がせてもくれないのか!」
「ゼント、何をしてるの?」
「ああ?剣を引き抜こうとしてるんだけど………」
不意にゼントは、全身の動きを止めた。
生命活動を停止したかのように硬直し、そのまま十数秒の時が流れる。
無理もない。
自分しかいないはずの場所で突然、慣れた言葉遣いで話しかけられたのだから。
既視のせいで、違和感なく以前の言葉遣いを使ってしまった。
「どうしたの?」
静止したままを不思議に思ったのか、後ろからまた声が聞こえてくる。
ようやく状況を理解したゼントは怒りを通り越して呆れた。
「何で、お前がここにいるんだ……金を渡しただろ……?」
ゼントに後ろに居たのは――
先程、別れたばかりのライラ……
静寂かつ薄明かりの中、平然としたすまし顔で、自身の為に作った寝床の上にこぢんまりと座っている。
昼間身に着けていた装備を外し、再び黒いコートを身に纏っていた。
彼女は上目遣いで説明し始めた。
「お金が足りなかった」
「そんなことはないはずだ。安い宿はいくらでも……」
「いっぱいだって言われた」
……彼女曰く、事の顛末はこうだ。
初めは安い宿に泊まろうとした。
だが、満室で無理だと言われてしまった。
仕方なくいい宿に泊まろうとするも、ゼントが渡しただけでは金額が足りずできなかった…らしい。
はたして宿が満室などあるのだろうか。
他の町から商人がやってきていたとかか?
金を出し渋る彼らなら安宿を使うことも厭わないだろう。
しかし、であればもっと経済的な野営でもしそうなものだが…………
まあ、とにかく満室なのであれば仕方がないかもしれない。
「これは返すね」
「あ?ああ……」
ライラは渡した金銭を返してきた。
残る問題は、彼女が今日どこに泊まるかという事だけ。
「と、いう事で……」
「ここには泊まらせない!」
「大丈夫、適当にその辺を使わせてもらうから」
「おい待て!断りもなく勝手に居座るな!」
しかし、ライラは聞く耳を待たず、硬く何もない地面に横になる。
「ああもう!せめて他の部屋を片付けて使え!」
「片付けたいけど、夜ももう遅い。あなたは体を休めろと言っていた」
「ああそうですか!じゃあ俺が他の部屋に移る!」
大人げなく角を立て、荒々しく声を発する。
急ぎ剣を手に取り、別の部屋に移動しようとするも、
ライラはゼントの服の裾を掴み、行く手を阻む。
振り返ると、表情と言葉を排除して、こちらを見つめている。
外は日が沈み、音を立てて燃ゆる焚火のみが唯一の灯、
部屋の中、薄っすらと浮かぶ顔は、抒情的。
夜はまだまだ長く、更に暗澹、かつそして静かに、
世界を飲み込まんと延々続くのであった。




