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第百八十話『蟠踞』

 



 ゼントらは僅かな日の光を頼りに、自宅への帰路を急いでいた。

 町の北東部に降ろされてしまったので家まではそこそこの距離がある。

 ついでにライラを家まで送り届けようと考えていた。


 目を擦りながら、ライラは何とか立たせて歩いているものの、まだ眠いのかよろよろと危なし気に町中を進む。

 この者が昼間、盗賊共を蹂躙してきた思う人はそうそういないだろう。



「――おい、お前の家はどこだ? 今日は疲れているだろうからそこまで一緒に行ってやる」


 瞼もまだはっきり開いておらず、仕方なく手を子どものように引く。できるなら自力で歩いてほしい。

 ゼントも目が慣れてきたとはいえ、周囲が昏くて足元が覚束ないのだ。御守りまでする余裕はない。


 ここで解散しても良いが、ライラをこのまま放っておくと道端で朝を迎えてしまいそう。

 だからさりげなく本人に家の場所を尋ねる。それは今住んでいる場所を知っておきたいという、ゼントの好奇心も含まれていた。



「んっ……? わたしはいつもゼントのいえに泊まっているよ?」


 しかしライラはまだ寝ぼけているのか、訳の分からない言葉を呟く。

 文法として正しくも意図が理解できるとは限らない。

 ゼントは額に手を置き、ため息を吐きながら呆れていた。



「おいおい、しっかりしろ。明日の夕方までに人探ししてくれるんだろ。こんなんで何とかなるのか?」


「うん、だいじょうぶ……」



「じゃあもう一度聞くぞ、家はどこだ? お前が寝泊まりしている場所だ」


「だから、ゼントのいえだよ……」


 相変わらず眠気で口も回ってないのか、受け答えがふらふらと朧げだ。何度言っても返答は同じ。

 これは駄目だと質問を諦めて、一先ず自分の家へ引っ張って行くことにした。

 ジュリは間違いなく怖がるが、事情を説明してあげれば一晩くらいは何とかなるだろうと。


 まだ大剣をライラが背負ってくれているからよかった。

 完全に眠りに落ちてしまったら荷物が増えて途方に暮れる。

 想像するだけで頭が痛くなりそうだ。だから無理やりにでも急いで帰宅した。





「――ただいま」


 完全に足元が見えなくなる直前になんとか家にたどり着く。窓から見る限り灯りは見えなかった。

 もうユーラやジュリは眠ってしまっているのだろうか。玄関の扉に手を掛け、同時に戻ったことをそっと静かな声で伝える。


 とりあえずライラは入り口付近で横にしておいて、様子を確かめるために灯りを焚く。

 家の中に暖かい光が溢れ部屋を見渡す。二人の寝顔を記憶に収めるまたとない機会だったから。



 がしかし――

 ゼントはとある光景を視界の隅に入れた瞬間、口は半開きにして体を硬直させた。



 部屋の隅でユーラと共にいるジュリの姿を見つけた。

 ユーラはぐっすり眠っている。どうやら寝かしつけてくれたらしい。

 だが、それよりも片割れの異様な様子を見て見ぬふりはできなかった。



 ジュリはその足と両手を正面に突き出し、その碧眼は一点に定まっている。 

 わなわなと全身を震わせ、非常に不快な物を見たかのようだ。


 実際ライラの気配がしたから。いや、今日一日ずっとそうしていたのであろうか。

 同情はできる。盗賊を相手にした時の光景を見れば特に。


 おそらく亜人の危機察知能力が悪い方向へ作用した結果だ。

 例え無害だとしても、本能が圧倒的強者だと感じ取って怯えているのだろう。

 頭では理解できても、体が反応し拒絶する恐怖。とても気の毒に思える。




 ――でも思考の中でゼントは一つだけ、どうしても許容できないことがあった。



 それはジュリが……サラの魔術具をその手に収めていた事。

 指がないので両手の平で挟み込んでいる。銃口を突き付けるかのように、その先は寝ているライラに向いて、今か今かと撃ち込もうとしているかのよう。

 誰にも見つからない秘密の隠し場所に置いておいたのに、匂いで探し当てたのだろうか。



 ゼントは急転直下、何かを察したかのようにジュリを蜃気楼のように刹那的に見据えた。

 深く息を吸って呼吸を一旦整える。しかし落ち着くどころか、どんどん静かに憤りが湧いてくるばかり。


 何も言わず、何も表情を見せず、速やかに迫り寄っては酷薄に魔術具を取り上げた。

 当然ジュリは抗うが構うことはない。結果残ったのは、ただ残忍で無感情。


 湧いてくる感情はいくらでもあるけれども、ゼントはぐっと心に我慢して押し留めた。

 そして今にも消えてしまいそうなほど泣き喚くジュリに優しく話しかける。



「――悪いんだけどこれはサラの物なんだ。だから勝手に持ち出したりしないでくれ。それに魔術具なんて構えてなくても今日一日何もなかっただろ?」


 その顔は波のない浜のように、つまらなく清らかだった。

 一見、的を射た切言だがジュリ相手には意味がない。


 当然彼女は取り返すために右から左からへと飛び掛かるのだが、恐怖で頭の中が真っ白になったのか。

 それは駆け出しの冒険者でも躱せる程、動きがひどく幼稚で単調だった。精々時折声にもならない耳を塞ぎたくなる声を上がるだけ。

 ゼントは体を捻るだけで追撃を逃れられた。たまに魔術具にしがみつかれてもすぐに振り払う。



 なぜ彼が唐突に豹変したのか、それには相応の理由があった。


 ジュリは今や大切な仲間と言える存在だ。確かに受け入れてはいる。

 殺しかけても許してもらったり、撫でさせてもらったり、紆余曲折を得て今の信頼関係がある。

 だがそこに一切の蟠りが無いかと言われればそうではない。


 彼女は……とうとうサラの居場所を教えてはくれなかった。知っていると本人が言ったはずなのに。

 何か事情があることは分かるが理由もわからず納得はできないのだ。


 ライラが約束を守るのであれば、明日の夕方に全てが分かるだろう。サラに直接聞けばいいのだから。

 そうだ。ついでに魔術具も返そう。これは絶対に必要なものだから。どうせこちらで持っていても誰も使えない。



 そんなことをジュリとの攻防の最中に考える余裕すらあった。

 しかしずっとこのままでは埒が明かない。一旦自分の気持ちは放り投げて行動を変える。

 一先ずは魔術具を片手にライラの傍まですぐさま退いた。


 それを見たジュリは狙い通り、警戒して追いかけてこない。

 むしろ瞳にはますます怯えを抱えていくばかり。どうにもならない現状に今にも泣きだしそうな目をしていた。


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