第十六話『異様』
「――楽しそうだけど、親し気に何を話しているの?」
そこに居たのは、
亜麻色の長髪を風になびかせて、こちらをただ見つめる“ユーラ”だった。
彼女の顔には、言葉では形容できない何かがある。
無表情にも見えるが、どこか悲しそうな、苦しそうな、
……とにかく、正の表情はなかった。
「お、ユーラ!ちょうどいいとこに……」
気さくに言葉をかけるゼント。
目の前の彼女の内側の黒に未だ気づいていない。
ライラからの辛く、苦々しい質問攻めから逃れられると思って、
たった一つの逃げ道に駆け込むが如く、話しかけたのだった。
「ねえ、ゼント?その子と何を話していたの?」
瞳からは光が失せ、毒々しい雰囲気が宿っている。
いつからそんな目をしていただろうか。
元の瞳の面影は無く、どんな色だったのかも思い出せない。
外側を一目見ただけでも違和感を抱く。
そんな状態で紡がれる言葉がまともであるはずが無い。
「今、婚約とかっていう言葉が聞こえた気がするんだけど……?それと、なんで名前を呼び捨てにさせてるの?」
内なる感情がついに外側にあふれ出てくる。
外に出てきたのは、抱いた感情とはいったい何か。
一言で簡潔に表すのであれば、――“愛憎”であった。
一人に対してではない。彼と後ろに居るもう一人。
ライラは負の感情を感じ取るや、思わず一歩引いて身構える。
初めてこちらに向けられた強いおもい。
感受性の無い人間でも瞳を見れば分かるはずだ。
だがゼントは、未だいつも通りに振舞う。
彼の視点では、異常になる要素が無いからだ。
「あれはお前に関係ないだろう。そんな事よりもだ、お前の仲間がまた……」
「そんな事って何!?私に関係ないって何!?」
この時、ゼントの頭の中は一つの思考に踊らされていた。
如何にして、ライラとの会話を逸らせるか。
なぜここに現れたのかは分からないが、とにかく彼女の発現は救いだった。
それはただの逃避行動であり、問題の解決には一切として至らない。
あるいは、時間稼ぎでもできればと思っていた。
「おい…いきなり大きな声を出してどうしたんだ……?」
彼女の声は怒号の如く、
今までに聞いたことのない声に気圧された。
どことなく、口調にも変化がある。
そして――
ここにきて、視点を一歩引かせて、
ようやくユーラという人物を彼は見た。
脳裏に上がる、二つの思考――
一つは、見た目に関しての……
――はて、なんだ?
彼女はここまで、美しかっただろうか。
長く、美しく、毛先までもが整然とした髪、
一部を三つ編みにして、全体を装飾している。
風に揺り動かされるたびに、心までもが突き動かされる。
幼さが残るが、思っていたより顔もずっと大人びていて……
身に着けている緑の服も、機能性に満ちている。
それでも髪色と合い、装飾とも馴染んでいた。
全てが計算され尽くした美しさ。
人形や絵画などの整った美しさではない。
人間としての温かみのある、血が通った者の美しさだ。
なぜ今更、こんなことを思ったか。
それはゼントが今の彼女の姿を見たことが無かったからだ。
今の今まで、彼はユーラという人間を頭の片隅でしか認識してこなかった。
精々、有象無象の群集の内の一人として、
目の前で会話をしている時でさえ、相手を見ていない。
初めて会った時から印象が薄く、可もなく不可もなくといった実力。
そんな人間よりは、彼は一人の女性を想い求めることの方が重要だった。
昔も今も、彼の中では不変の定説。
昔とは全く違った印象を持つユーラ。
初めて冒険者協会に入会した時、仲間になったのが彼女だったのなら、
今のゼントとは違った人生になっていただろう。
それは間違いなく、確実な世界線。
だが今の彼にとって、心動かす要因にはなりえないのだ。
もう一つの思考
またも見た目に関してだった。
明らかに、尋常とは思えない瞳を視界に入れて、思ったこと、
――何故こんなにも、輝きが失せているのだろうか。
瞳だ。瞳の周囲だけが、異様な雰囲気を醸し出していた。
毒々しくもあり、ある意味美しいともいえるが、全体とは全く調和がとれていない。
ゼントもやっとユーラの異常さに気が付く。
「ユーラ……だよな…?どうした?どこか調子でもわるいのか……?」
恐る恐る尋ねた。
彼女の姿を初めて目に入れたと言っても過言ではない。
今の今までは声だけで人物を判断していた故。
姿を見ても本当にあのユーラなのか、と疑問に思う。
何度も会っているはずなのに、何度も視界に入れているはずなのに、
記憶の片隅を巡っても、目の前の少女とは一致しない。
ユーラは俯いて小さくぽつりと零した。
自分に言い聞かせて、卑下しているかのように、
「ずっと傍に居てあなたに尽くす私より、その女の方がいいんだね…」
震えた声は、自身にだけ刻み込まれ、
誰にも聞こえるはずもなく、空虚に音が消える。
「悪い、聞こえなかった。悪いがもう一度言ってくれないか?」
様子が違うという事はすぐに理解できる。
だがなぜそうなったのかだけが理解できない。
言葉に最大限の気を使って言ったつもりだ。
だがユーラは……
「何でもない!気にしないで!はいこれ!残さず全部たべきってね!」
突然、何事も無かったかのように無邪気にふるまい、何かを手渡してきた。
何かとは、半年間、毎日のように持ってきてくれた手作りの料理だ。
昨日だけ例外的に受け取ることを忘れてしまったそれ。
「ああ、ありがたくいただくよ。あと今の……」
「じゃあ、私はこれで!じゃあね!」
「あッ……!」
踵を返し、道の奥に走って行ってしまった。
脈絡も何もない出来事に口が半開きになり、声をかける間も無く視線で見送ることしかできない。
そして、二人ゼントの家の前で残されるだけ。
「さあ、邪魔者も消えたことだし、話の続きをしよう?」
後ろからそう声が聞こえて来た。
妙に艶めかしく優しい声で、
ややいら立っているようにも感じる。
結局、目の前の問題が、数分ずれ込んだだけ。
ユーラの登場は彼の救いとはなりえず、場合によっては、むしろ悪い方向へと進んだ。




