第十一話『奇怪』
――森に入ってすぐ異常事態が起こった。
植物の生えている岩場へ向かう途中、森の中を進んでいる時の事だった。
ゼントは少女の後ろについて歩いている。
助言をするでもなく、無言で見守って。
どうせ、すぐに体力が無くなって泣きついてくると思っていた。
地面にも木の表面にも緑の苔が生え、生い茂った木々の枝葉で視界は不良。
こういう場所には、風景に擬態した狡猾な生物がいるものだが、ここはまだ危険は少ない。
だが決して油断していたわけでもない。
突然だ――あまりにも突然としか言いようがない。
正面にいたはずの少女が突然――消えた。
何の前触れもなく、一瞬のうちにだ。
目を離したつもりはない。
でも次の瞬間には、ただ目の前にあるべき風景が見えただけだった。
森の中に一人取り残される。
――何が起こったんだ!?
ゼントは動揺している。
彼の表情や仕草を見れば明らかだ。
目を見開き、数歩後ずさる。
すぐに少女が身を木の裏に隠したのだと思った。
急いで確認する。
……いなかった。
ゼントは少女の場所を確認するために、彼女の名を呼ぼうとした。
だが……
あれ……?そういえば少女の名前を知らない。
いつも“お前”だとか、なんなら心の中では“こいつ”、とかしか呼んだことがない。
これでは信頼関係もできるわけがない。
とにかく、今は何でもいいから早く場所の確認を――
――その時だった。
真横から声がした。
まるで耳の傍で囁いているようだった。
“ゼントはここまででいいよ……さっきの場所で待ってて”
俺は声の気味悪さと驚きで、すぐさま声がした方向を見る。
しかし、その方向を見渡しても少女の姿はかけらも見えない。
怪訝な顔で目を凝らして探すが、やはり居ない。
すると、今度は反対側の耳元に声がした。
“これは私の試練なの。貴方の為の……
大丈夫すぐに戻るから…………”
人は分かっていても、耳元で囁かれたらつい向いてしまう。
条件反射のように、
やはりそこに少女の姿は無い。
「おい!独善はもういい加減にしろ!!お前に振り回される身にもなれ!!」
“ゼントは何もしなくていいの……だから安心して待ってて……”
今度は辺りに滞空するかのような声の響きだった。
以降、一切囁かれなくなる。
「おい!おい!!」
ゼントは、怒りを込めた呼びかけを行う。
しかし、静謐を求める森に一時こだまして、すぐさま静寂に戻るだけ。
「クソ!!何だってんだよ!!」
ゼントは今二つの要因に憤慨していた。
一つは少女が一方的な価値観で指示に従わず、目の前から消えてしまったこと。
もう一つは、自分ともあろう一人前の冒険者が、出し抜かれ、尾行を巻かれたこと。
世間知らずともいえる年端もいかぬ少女にだ。
決して高慢してはないが、こうも容易く事が行われてはプライドにひびが入る。
何か特殊な道具を使ったのか、はたまた何かしらの心得でもあるのか。
どちらにせよ、得心が行かない。
声もどこから聞こえるのか全く分からなかった。
場所を把握させたくなかったという事だろう。
どちらにせよ人間離れした業だ。
……実力を見誤っていたか?
大人しく、言うとおりに森の入り口で待っていた方が良いのだろうか。
いや、まぐれだったという可能性もある。
たまたま、何かの偶然が重なって、先程の現象が起きた。
そう考えた方が、まだ自然な気がする。
そうでなくても、
少女の実力がまだはっきり分かってない状態では、どんな危険があるかも分からない。後を追うべきだろう。
どういう訳か足跡も残っておらず、追跡は難しい。
どの方向へ行ったのかすら見当が付かない。
“何故か足跡が残っていない”故に追えない。
それは以前にも遭遇した事象であった。
ともかく、近くの薬草がありそうな場所から、しらみつぶしに探すしかなさそうだ。
◇◆◇◆
「おい!いるなら返事くらいしろ!!」
岩場の近くに着いたゼントは声を張り上げる。
だが、声は返ってこない。
かれこれ十数か所でこれを繰り返している。
時間も二時間近くは過ぎようとしていた。
この辺りにある全ての岩場を回ったはずだ。
どこかで行き違いになったのか。それとも、
「まさか……崖の上まで行ったんじゃないだろうな……?」
ゼントは依頼の説明をしたときに、高い場所に生えている薬草の方が良いと言った。
そして少女は、自身の有用性を証明したいと言った。
まさかだった。
辺りの岩肌はなめらかで、手に掴める突起があるわけではない。
角度も垂直に近く、崖との差異は無い。
とても人が登れるとは思えなかった。
でも他に居そうな場所も思いつかない。
はたして登れるのか?
仮に登れたとしても、安全に降りる手立てが思い付かない。
加えてこの数だ。全て登っていては今日中には終わらなくなる。
それとも、他に何か手段があるのだろうか。
すると、また突然だ。
突然、後ろから何者かに肩を叩かれた。
気配を一切感じなかった。
考え事をしていたとしても、近くに人が居たらさすがに気付く。
だから、なんとなく誰なのかは分かっていた。
同時に少女の声がする。
「入り口で待ってて、って言ったのにどうしてこんなところに居るの?薬草探しより、ゼントを探す方に時間かかっちゃった……」
振り向くと何食わぬ顔で少女が居る。
首を傾げ、不思議そうにこちらを見ている。
見ると俺が渡した皮袋は、はち切れんばかりとなって、手の中にあった。
俺が探している最中、宣言通り薬草を集めていたのだろう。
少女は俺の重たい様子を見ても、気にすることも無く続けて言った。
「まだ時間はあるから、あなたが言ってたもう一つの依頼もやるんでしょ?」
ゼントは感情を押し殺して、これ以降一切口を動かさなくなった。
「もう町に戻る。実習教育はここで終わりだ」




