第十話『傍若』
――日が昇りはじめ、辺りは段々と日中の明るさを取り戻しつつある。
目の前に居る少女は、先程と打って変わり、身軽となっていた。
「お前……それをどこで……?」
「……貰った…………」
少女はただそう一言、それ以上は何も語ろうとしない。
「…………は?誰に?まさかどこかから盗んだりしたのか?」
世間知らずなお嬢様なら、貨幣という概念を知らず、その辺から勝手に持ってきてもおかしくなさそうだ。
「…秘密……それは踏み込んだ質問」
ゼントが少女に言ったのと同じようなことを返された。
先程、質問に答えなかったことを根に持っているのだろうか。
カイロスとのやり取りで、むしゃくしゃしていた彼は、冷静さを欠いた言葉を返す。
「……じゃあ何か問題が起こっても、俺は知らないからな」
「言われるまでもない。元々こんなもの私にはいらないから」
少女はふてぶてしく、言葉を続けた。
ゼントは苛立ちを募らせつつも、何とか身の内にとどめる。
最低限の気遣いのために、言った。
「その剣は使えるのか?見せてみろ」
「だめ、渡さない。これは私の体の一部なの」
先程まで従順だった少女だが、忽然とゼントの言葉を拒否し始めた。
訳が分からない。何も状況が呑み込めない。
いっときの間に何があったというのだ。
「……じゃあ、羽織っていたコートはどこへやった?」
見ると少女は、今朝あったばかりの時に着ていた黒く重苦しいコートを脱ぎ去っていた。
…手に持っている様子もなく。
「………その辺に置いてきた」
ぞんざいに言葉を返される。
感情を抑えるのが段々と難しくなってきた。
ついつい静かな怒りを言葉に織り交ぜて言ってしまう。
「なぜ俺の問いをはぐらかす?」
「それはあなたがさっき、私の質問に答えなかったから」
なにやら少女も少なからず、不満を抱いていたようだ。
どうにか努めて、冷静に言葉を返す。
「それは、お前が知る必要のない情報だからだ」
「だったら、これもあなたにとって必要のない情報。それとも質問に答えてくれる?」
ゼントはその発言にとうとう我慢できず、怒りの感情を露わにした。
「もういい!準備できたのなら早く出発するぞ!」
老婆心で言っているにも拘わらず、少女はこれを拒否した。
彼女が言った通り、いらぬおせっかいなのだろう。
ゼントはそう思い込んだ。
実際、親切心にも限度はある。
ゼントは町の出口への道に無言で就いた。
少女も何も言わず、後ろから彼についていく。
ピリピリとした空気の中、彼らは必要な物を揃え、本日の目的地へと向かう。
◇◆◇◆
――ここは、町から東にいった国境付近の森
周囲一帯には、高さ五百メートルはあろうかという岩山が点在している。
垂直に近い山肌、易々と登ることは叶わない天然の要塞だった。
地上には適度に木々が生い茂り、人の手が入り込んでいない自然のままの姿。
ここが本日の依頼の品がある場所だ。
町から森に来るまでかなりの時間があったはずなのだが、
二人は道中、一言も言葉を発しなかった。
昨日から何も食べてないゼントは、朝市で買った干し肉をかじっていた。
森の入り口、そこにきてようやくゼントは口を開く。
「着いたぞ、ここで依頼をこなす」
依頼は事前に選んでおいた。
一番危険が少ない場所での仕事を……
ゼントは振り返る。
後ろには、やや不満そうな顔をした少女がこちらを見つめている。
何か言われる前にゼントは説明を始める。
「いいか?今回の依頼は、ここらの岩場に自生する薬草の採集だ。なるべく高い場所に生えている物が望ましいが、高い場所は危険だし、お前は初めてだから、そこまでは要求しない。これが、標本だ。量は持ってきた皮袋がいっぱいになるまでだ」
そう言うと、腰についている鞄から薬草を取り出した。
手のひらよりも小さく、一本の茎から三つ又に別れ、先端はゼンマイのように巻いている。
持ってきた袋を手渡す。
少女は植物の標本を見て一言。
「分かった、すぐ集めてくる」
そして、すぐさま立ち去り、森の中へ入ろうとする。
「おい!ちょっと待て!」
ゼントは後ろから少女の肩を掴んで、足を止めさせた。
肩を掴んだ手には、思っていたよりも妙に柔らかい感触が残った。
そして幅も細く、お世辞にも筋肉が付いているとは言えない。
鍛えたりしているわけではないだろう。
このまま森に入るのは、少し不安が残る。
しかも何故か少女は一人で入ろうとしている。
「昨日言ったはずだ。依頼中は安全のため最低二人以上で行動しなくてはならないと。
勝手な行動は周りに迷惑をかけるから慎め」
しかし、少女はゼントの制止の対して怯まない。
「一人でやる。そうすれば私の有用性を証明できる」
「お前は何を張り合っているんだ。二人で手分けした方が効率的だ。お前の有用性なんかの興味は無いし、規則を守ることの方が先決だ!」
「そんなの必要ないし、あなたも面倒だから守ってないって言ってた。
こんなことにあなたの手は煩わせない。私一人でこなしてみせる」
「ああ、そうかい!なら一人でやるんだな!お前が苦労する姿をずっと後ろから見ててやるよ!」
「私に付いてくる必要もない。ここで昼寝でもしてればいい」
「お前……ふざけるのも大概にしろ!」
「話は終わり?じゃあ、私はもう行くね?」
そう言うと少女は、ゼントの手を振り払って勝手に一人で進んでいってしまう。
「おい!ここには危険な生物も居るんだぞ!」
「…………」
それ以上は互いに何も言わず。
ゼントは少女を、後ろから無言で付いて行った。
言っても無駄だと悟ったのだろう。
本当に、一体、少女はどうしたというのだろう。
今朝会った時とは、やはり態度が一転している。
彼女の生い立ち故に、増長してしまったのだろうか。
それとも……
指示を聞かず勝手な行動を取る者は、仲間からも見放されて当然である。
死んだところで、自分の責任だ。
少女が忠告を無碍にし、腹立ちを覚えているはずのゼント。
それでも少女に見切りをつけず、のさばらせることをしなかったのは、彼のやさしさなのだろう。
二人は木漏れ日が立ち込める森の中に入って行った。




