第九話『準備』
前話の主人公の推理は的外れですね。
「――ねえ、ゼント、さんのことについて教えて?」
隣に同じく佇んでいる少女が聞いてきた。
「なぜだ?」
やや自嘲するように言った。
「あなたの事、少しでも知りたいから……」
「知ってどうする?」
俺が聞くと、少女は口籠る。
上手い回答が見つからなかったのか、感情に訴えて来た。
「……知りたいっていう気持ちだけじゃダメ?」
「……時間の無駄だな……でも――」
それは全くもって、意味のない事だと思っていた。
知ったところで何も意義を成さない。
しかし辺りを見渡し、今自分は何をすべきか悟った。
「今は時間を無駄にする時だ。だがあまり踏み込んだ質問はするなよ」
「もちろん。じゃあ、どんな女性が好み?」
それは踏み込むなと言ったすぐ後にしては、随分と踏み込んだ質問だった。
時折まだ丁寧口調が崩れているが、今くらいはいいだろう。
「そうだな……」
彼は特に動じることも無く、皮肉交じりにあしらった。
「少なくとも、お前のように、死人みたいなやつは嫌だな」
一見冷たすぎる回答だが、あくまで冗談のつもりで言った。
わざと嫌われるような回答で、話を打ち切ろうとしたのかもしれない。
「死人みたい?じゃあ、どうすれば死人みたいじゃなくなる?」
少女は揶揄されたにも拘わらず、真剣な表情で聞いてきた。
予想外の反応にゼントは若干引き気味に答える。
「そ、そうだな……もう少し健康的な肌になったらどうだ?目も輝きを失ってる」
「健康的な肌ってどんなの?」
間髪入れずにそう聞いてきた。
「えっと……血が通っていて、言うなら俺の肌の色みたいな……」
言って、ゼントは自分の手の表皮を見た。
そうはいうものの彼も半年、不健康な生活を送っている。
日にあたるのもほぼ最低限、元の色があるとはいえ、かなり色が白に近い。
決して健康とは言えないが、それでも目の前に居る少女よりはいくらかマシなくらいだ。
無理に納得した頃、少女は更に質問を続ける。
「じゃあじゃあ、肌と目が良くなったら、私はあなたの好みなの?」
「いや、俺はもっと…………」
そしてゼントは黙った。
「…?どうしたの?」
少女は頻りに尋ねるが、体をピクリとも動かさずただ黙している。
まただ…また……。
彼女の事を――思い出してしまったのだ。
瞼に浮かぶは、真後ろに一筋束ねた濃い茶髪、
そして最後の…………これ以上はやめよう。
「……話はもう終わりだ。」
「何で?どうして?……私はただ、あなた好みの人に…………」
今までの話の流れから、そして今の発言でゼントは何かを察した。
自意識過剰とも思えるが、今までにもこの手と同じような経験があった。
だから間違いない。
「そうか、じゃあさっさと諦めな。俺には心に決めた人が居る」
「えっ………?なんで………?それは……誰?」
反応も予想通り。
だが答える義務はない。
「質問が踏み込み過ぎだ、それに言っただろう。話はもう終わりだと」
後ろから――建物の中から足音が聞こえてくる。
少し早いが、協会の業務時間が始まったのだ。
やるべきことをせねばなるまい。
扉が開くと同時に足早に中に入って行く。
◇◆◇◆
「だーかーら!金が必要なんだって!報酬の前借くらいいいだろ!?」
始業早々、受付カウンター前でごねる人物が居た。
黒一色の格好に防具を着ている、そう、ゼントである。
「そうは言っても……その……」
相対するは協会支部長カイロス、
だが怯えた子猫のように肩を窄めて居る。
語気も昨日と比べてかなり弱い。
「――だって俺今、給料日前だし…………」
「何か言ったか!?金が無いままじゃあ、安全に依頼を遂行できない。そして依頼はお前が押し付けた。つまり本来は金をお前が出すべきだ。違うか?」
ゼントは今、金が無い。
装備を整えるためには、買うにしろ借りるにしろ、金が必要だった。
旅団から飛び出してきた少女に、資金の打診をするのは不相応というものだろう。
「すまん!!とにかくこっちもかつかつなんだ!なんとかそっちでやり取りしてくれ!場所もそこまで危険じゃないんだろ?お前もいるし大丈夫だって!」
「お前……支部長にもなって、万が一の可能性を何故考えない!?」
「逆に聞きたい。お前くらいの奴が、そんな慎重になるんだ?」
「もういい!!お前の望み通り、こっちで何とかしてやる!!」
確かにカイロスの言うとおりだった。
ゼントは協会内でもランクは上位、実習教育の場所は初心者向け。
彼程の者が、念入りな準備をする理由がカイロスには分からなかった。
無論、少女が身体的にか弱いという事もある。
しかし、ゼントがここまで感情を露わにするのには、他にも理由があった。
「くそ!どうすれば………」
他の冒険者から借りる、という事も考えられる。
武器はどうにかなっても、少女の体格に合うような防具を着ている冒険者はほとんどいない。
今日、その冒険者が協会に来るとも限らない。
建物の入り口前で途方に暮れかけていた時――
「――ねえ?これでいい?」
突然後ろから声が聞こえて来た。
見るとそこには……
――ゼント全く同じ装備を着込んだ少女が居た。
黒のコートを脱いで、皮の防具を着こみ、剣すらも全く同じ物を手に携えていた。




