第八話『不測』
――あくる日、町が薄明と朝霧に包まれる頃、
辺りは未だ夜の暗澹を抱え、気温は肌寒い。
ゼントは協会の建物前に待機していた。
全身黒で固めた動きやすい服の上に、昨日までには身に着けてなかった皮鎧を着こんでいる。
皮鎧も剣と同様、手入れを怠っていたがために止め金具がさびて外れそうだった。
しかし、この実習教育中はギリギリもってくれそうだ。
さすがにこんなに朝早くだと、協会の受付も入り口すらも開いてない。
だが置手紙式で依頼を受けることだけはできる。
やがて、日が昇ると同時に遠くから歩いてくる一人の人物が見える
少女は変わらず、黒い髪と死人のように生気のない瞳と肌をしている。
少女が目の前まで来るとゼントは言った。
「お前…武具はどうした?」
見ると少女は、昨日と全く同じ服装だった。
動きにくそうな黒いコート、それだけならまだしも武器も防具も身に着けている様子もない。
これから行く場所は比較的安全な場所とはいえ、それでも町の外だ。
外に危険があることくらい子供でも分かっているはずだ。
「武具ってなに?……ですか?」
少女らしく静かな物言い。
昨日言われたばかりで、言葉遣いはまだまだのようだ。
「いや、だってこれから外に行くんだぞ?」
ゼントの言葉を聞いても、少女は首を傾げて考えている。
しかし、いくら待っても言葉の意味が理解できないようだ。
「お前、町の外から来たんじゃないのか?」
町でゼントは短くない期間を過ごしている。
しかし、この少女を目にした事は一度もない。
よほどの箱入り娘か、そうでなければ町の外から来た人間に違いなかった。
そして彼の予想は的中する。
「そう、当てもなく、ずっと彷徨していた」
少女は何処か遠くを見るような目でそう言った。
だが無機質な瞳からは感情を感じ取ることはできない。
「何のために……?」
謎の言い回しについ気になって、言葉遣いを指摘するでもなく、つい聞いてしまった。
旅をするでもなく、目的があるわけでもなく、“ずっと彷徨っていた”と、
彼が少女について質問をしたのは、これが初めてだったかもしれない。
今まで誰にも興味を持っていなかったはずなのに……
「…ある人を探して……」
その少女の発言にゼントは少なからず驚いた。
目的が彼自身と被っていたからだ。
しかも危険のある外を、ずっと……
「…………話を戻そう。今問題なのは、お前が何の装備も装着してないことだ」
それ以上は詮索する気も起きず、無理やり話題を変えた。
「私はこれで何も問題ないよ?」
こいつは外で彷徨っていたのに、何故外の危険が分かってないんだ?
ゼントはそう疑問が浮かんだ。
そして同時に、疑問は氷解した。
こいつはあれだ。
おそらくどこかの金持ちのお嬢様か何かだ。
いつも強い護衛に護られて、馬車の中で呑気に人探しの旅でもしていたのだろう。
だからおつむが弱く、冒険者に対して強気で居られる。
丸腰で外に出ることに対しても、まるで危機感を持ち合わせていない。
よく見れば、彼女が来ているコートにも細かい装飾が施されている。
肌が白いのは、屋内でぬくぬく育って日に当たってこなかったから。
目が赤く輝きが無いのは……よく分からない。
やがて長い旅に飽き飽きして、旅団から抜け出してきた。
そして冒険に憧れてここへ来た。
そんなところだろう。
であれば、彼女の旅の目的である人探しが済んでないのに、冒険者になりたいだなんて言い出すはずがない。
そもそも、人探しというのも本当かどうか怪しい。
全ての辻褄が合った気がして、奇妙な心地よさが体を巡る。
近いうちに従者が彼女を連れ戻しに来るだろう。
だが今の俺の仕事は、こいつに実習教育をすることだ。
ゆくゆくの事など関係ない。
だが死なれて責任云々言われるのも面倒だ。
お嬢様であるこいつに、常識や一般人と同じ動きは期待できない。
外で危険生物と対峙した時には、俺一人が対処せねば……
一人で護れるのか?俺が…こいつを……
ともかく、万が一の時のために装備を用意しておいた方が良いだろう。
買うなり借りるなり、それは俺の装備も含めてだ。
これは昨日の時点で彼女に言っておくべきことだった。
冒険者としては当たり前だと思って、面倒な説明を省いていたのが裏目に出た。
「……出発は後だ。町で装備を整える」
「え?どうして……ですか……?」
「お前は、外の恐ろしさを何もわかっていない」
「ゼント…さんが、そう言うなら………私がゼントさんと同じ装備を持っていればいいんですか?」
「そうだ。あと動きやすくするために羽織っている物を脱げ。それが必要最低限だろう。安全面を考慮したらそれ以上ほしいところだ。今後も必要になるからな」
「じゃあ、早く揃えに……」
「こんな時間だ、どこも店は開いてない。早くても、あと半時はかかる」
「……じゃあ、それまで待ちましょうか」
「ああ、そうだな……」
町で少女探しの続きをしても良かったのだが。手掛かりが一切ない上に、時間が早過ぎて通りには人がまずいない。更に言えば、既に町にはいない可能性すらある。
よって、今の俺ができることは、暇を潰すことだけだ。
俺たちは建物の入り口付近で棒立ちで過ごした。
いつもは、そう。
テーブルに突っ伏して時間が過ぎるのを待っていた。
だが、いざこうして待っていると思ったより時が過ぎるのは遅い。
どうしようかと悩んでいると……
「ねえ、ゼント、さんのことについて、教えて?」
そう少女は聞いてきた。




