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黒幻白夢 ~異形とヤンデレと~  作者: AL Keltom
孤独の果てに
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第九十七話『表徴』

 



 一先ずゼントは、剣と防具を脱ぎ置く。


 セイラからの金を家具の影にひっそりと隠し、部屋の中央に置かれた椅子に座った。

 それが普通であるかのように、ユーラもすぐ隣に椅子を持って来て肩を並べる。

 ゼントの顔を流し目で一瞬だけ見て確認すると、体を斜めにして体重を預けてきた。


 先程の抱き着きといい、何故か今日はやけに積極的に体を触れ合わせてくる。

 やはり今朝のやり取りで、心に掛けていた制限が無くなったのだろうと思った。

 しかしそれはユーラの自立を妨げている行為でもあり、決して楽観を許すものではない。



「ユーラ、もしよければ少し体を離さないか?」


「どうして?お兄ちゃんは私の事嫌いなの?やっちゃいけないの?」


 兄妹の中でこんなことはしない、と言いたいところだがそれは通用しない。

 おそらく、彼女の中ではそのような“認識”なのだろう。



「そんな事思うわけない。ただちょっと……」


 傷付けず、ユーラでも納得してくれるような説得ができないものか。

 しかしちょうどいい言葉が見つからず、途中から言い淀んでしまう。



「……分かった、じゃあ普段からはしない。そのかわり私がお兄ちゃんの為に家事とか頑張ったら、ご褒美に何かして!」


 意図を汲んでくれたのか、条件を提示するとともにゼントの体から引き下がる。

 それにしても、物怖じしない言い草や真正面から堂々と見据える顔。何となくゼントは不思議に思った。

 今までであれば恐る恐るで、いつも顔を伺うように話かけて来たのだが、


 理由を感情なしに直接聞こうとするあたり、単純に引っ掛かりを覚える。

 でもいちいち発言の際に他人の顔色を見るようでは、精神的に疲れてしまう。

 だから、これはきっといい兆しなのだろうと信じ込んだ。



 しかし、ご褒美と称して過度な身体的接触を求められても困る。

 そうでなくとも果たしてそれが善い行い繋がるのか、判断が付かない。

 意欲が湧くという意味では申し分ないが、あるいは何か欲しいものでもあるのだろうか。



「え?うーん……あまりに変な内容だと、できないこともあるからな」


「それでいいよ。じゃあこれは外の家具を頑張って移動させた私へのご褒美ね!」


 そう言って一度は体から離れたユーラだったが、再び寄りかかり頬を腕に擦り付けてくる。

 ゼントは唖然とするも、要求を受け入れてしまっては嫌がることもできない。


 ……ひとまずこの問題は先送りにしよう。

 そう思って、ゼントは戻れなくなる可能性を増やすばかりだった。




「そうだ。今日、外で赤い化け物に襲われた。ユーラも以前あったあいつだ。ここにも現れないとも言い切れないから、俺がいないときは十分気を付けてほしい」


「あっ!お兄ちゃんよく見たら全身泥だらけだし、怪我もしてる……でも私の心配はしなくて大丈夫!あの化け物が来てもすぐ逃げられるように、心構えはしてあるから」


 そこまでになって、ようやく気が付いたかのようにユーラは顔を離し驚いた様子を見せる。

 気を使わせないようにとにこやかに振舞うが、それでも寝込みを狙われたらどうしようもない。

 夜は護衛でも雇えば安心が得られるが、そんな金はない。だができる手立てはしておきたい。



「それでもやっぱり心配なんだ。今度町の中央辺りにでも引っ越さないか?」


 少なくとも町のはずれに住むよりは、中央の方が安全だ。単純に魔獣は外からやって来る。

 周辺には彼らが住み着かないように定期的に駆除しているものの、確実な安全とも言えない。



「それはダメ、私ここがいいの。この場所じゃないと嫌だ」


 それは今までの会話からは想像もできないほど冷たくなった様相。


「でも、ユーラに何かあってからじゃ……」


 身震いしながらも、何とか安全を確保するために説得をする。

 だがユーラはじっと訴えかけるように見つめてきた。

 やはり人間を見るのが怖いから、人の少ないこの場所を気に入ったのかも知れない。



「分かった。そこまで言うなら俺はユーラの気持ちを優先するよ」


「うんっ!我儘を聞いてくれてありがとう。お礼にお兄ちゃんの服を丁寧に洗っておくよ!」


 再び笑顔に戻ると、明るく全力で抱き着いてくる。

 これは本格的に対応を考えた方が良さげだった。

 ゼントは愛想笑いを浮かべながらひたすらに耐える。




 ――夜になるまでの時間、ユーラは宣言通り服を丁寧に洗ってくれる。

 体の痛みはほとんどないが、薬草を患部に塗り込んだ。

 水は裏にある池から、樹液を用いた洗剤、薬草も微々たる効能だが全部森から自給できる。


 夜はユーラと一緒に食事を作り、今夜からは机を囲んで少し贅沢な光景を見た。

 料理の質も量もごく普通の家庭のものよりも貧相と言える。

 だが、こうして誰かと一緒のテーブルを共有できることに、なんだか胸の内が熱くなる気持ちをしんみり感じた。

 もう一度このような場所が作られるとは夢にも思ってなかったから。



 そして、いよいよ就寝の時間、

 少し困った出来事が起こった。


 ユーラがゼントの体に引っ付いて、全く離れようとしないのだ。

 お兄ちゃんと交わした約束だから、と言っていう事を聞いてくれない。


 これはそろそろ少し強く言ってやらなければならないか。

 しかし、悲しむ顔が見たいわけでは無い。

 もう一度、申し訳なさそうに少し体を離して寝ようと提案すると……



「だったら、お兄ちゃんがそこで寝るって言うんなら、大人しく引き下がるよ。そこは一人分の場所しかないからね」


 ユーラは迷うことなく一点を指差す。

 それはゼントが今までずっと寝床として使っていた、石の壁と一体の椅子だった。

 周辺だけが柔らかくなるという不思議な現象が起こっている場所だ。



「でも、そしたら床に一人で寝ることに……ユーラが上で寝ればいいじゃないか」


「それじゃあ意味ないの。もしお兄ちゃんが床で寝るなら私もすぐ隣で寝る。抱きしめながら寝る」



「……俺がここで寝たい、って言っても怒ったりしない?」


「うん、しないよ。むしろ嬉しい。下が柔らかいから疲れが取れるでしょ?」


 あまり釈然としない理由で、なんだか誘導されているような気がした。

 でも、少なからず気遣ってくれていることは分かる。今回は、その親切をありがたく使おうと思った。


 何も言わなくても既に決まったことのように、ユーラがすぐ下に毛布を敷き始めた。

 ゼントもやれやれとばかりに、大人しく彼女の思い通りに動く。


 横になってみると感触は相変わらずで、不快ではないが得も言われないものだった。

 思えば彼がここで寝るのはまだ二回目だ。ユーラも夜は一回しか使っていない。

 もしかしたら、頑張っているこれは頑張っている二人への誰かからの贈り物なのかもしれない。


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