表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒幻白夢 ~異形とヤンデレと~  作者: AL Keltom
孤独の果てに
102/309

第九十二話『衝迫』

 



 深々とした場所を抜け、ようやく道らしき道が見えて来た頃、

 森というには木々がまばらで、ところどころから木漏れ日が降り注いでいる。



 ――その中でライラは……泣いていた。


 目に埃が入ったわけでもないだろう。

 紛れもない情緒の涙だった。宝石のような瞳からは絶え間なく水が流れ出ている。

 それが今までにない事で、ゼントはただただ異質に思えた。



「おいっ、なんで泣くんだよ。今の会話に悲しくなる要素があったのか!?」


 突然の涕泣にひどく慌てふためく。話に聞く、情緒不安定の現象だろうか。

 問いかけても首を動かすことはなく、機械のように正面を見続けていた。



「気にしないで。自分でも何でこうなっているのか、……分からないだけだから」


 ライラはたまに見せる悲しそうな表情すらしていない。

 声からもおおよそ普段通りだと窺える。嘘は言っていないようだ。

 しかしそこまで平常に涙が出るほうが、普通に泣く事よりも一層極まって感受させる。


 困惑した様子で眺めるだけだったゼント。

 だが、その言葉を聞いてなぜか見ていられなくなった。

 いつの間にか拳を作り、静かに力強い口調で告げていた。



「……止まれ」


「だからゼントは気にしなくても――」

「止まれって言っているんだ!!」


 いうことを聞かず歩き続けるので、激しく声を上げた。

 こうでもしないと、彼女は壊れてでも無理に進み続けてしまう。

 語気をかなり強めたおかげで、ようやく茫然とだが立ち止まってくれた。



「降ろせ」


「でも……」


「いいから降ろせ」


 ゼントの声には怒りではなく、呆れでもなく、小さな哀れみが灯っていた。

 瞳にも同じ色を帯びている。だからライラの顔を直接見ることはできない。

 近くにあった太い木の根元に降ろした。そのまま木を背もたれ代わりに、脚を伸ばして座る。



「ごめんなさい……私、そんなつもりじゃ……」


「……しばらくここで休憩しよう……ほら、前が見えなくなるから涙くらい拭け」


 もともと大粒だった涙が、更に大きなものへと変質していく。決して演技ではなかった。

 意味を持たない謝罪には反応を示さず、懐からきれいなハンカチを手渡す。

 それはユーラが家のどこからか見つけて、丁寧に洗ってくれたものだった。

 何も言わず受け取って、仮面のような顔を伝う水を丁寧に丁寧に拭きとって取り除いてく。


 ライラもゼントの顔を直接見ようとはしない。

 後ろめたい事があるかのように、絶えず視線は左右に動いていた。

 しかし視線が交わらないので、互いに気が付くことはない。



 泣いている理由は分からなかった。

 原因もきっかけも、人間が理解できるはずもない。

 ただ、ゼントには推察できることもある。



 なぜライラは自分自身で泣いているわけが説明できなかったのか。


 彼女の感情はきっとまだ生まれて間もないのだ。

 ほとんどの人に備わっているはずの感情が、本質的に理解できていないのだろう。

 だから、何故自分が涙しているかもよく分かってない。


 この少女はなんと不完全なのだろう。

 竜を倒せるほどの実力の持ち主なのにもかかわらず、

 奥底に眠る心は、露のように儚くて、泡のように淡く脆い。


 自らの意志で感情を知らず、理性のままに生きてきたのか。

 あるいは、環境から知る機会を与えられなかったのか。

 まるで、生まれながらの奴隷だ。



 ゼントは木々の間から流れてきた風を感じて、真上を見上げた。

 ライラには伝わらないよう、静かに憂いの帯びるため息を吐く。


 たまにはゆっくりとした時間が必要だと感じた。

 昨日までは特に忙しすぎた。

 それ以前は……時間は止まっていた。



「ゼント、もう止まって落ち着いたから行こう」


 出現した穏やかな時間を楽しみ始めた途端だった。

 その発言に驚き、声が聞こえる正面を見る。


 涙は跡形もなく完全に消えていた。しかし違和感は残った。

 そう、彼女の表情がやや不機嫌なものに変わっている。



「さすがに早過ぎないか?もう少しゆっくりした方が……」


「私は大丈夫だから!」


 苛立って、投げやりとも思える言い草。

 隠そうともしない、明らかな強がりだった。


 その真面目な表情を見て、

 つい、ゼントは鼻で笑ってしまった。

 当然だが、ライラの顔はより不機嫌に染まっていく。



「なんで笑うの」


「いやーこれまた随分と、お前は相当に弱いんだなぁと思ってな」



「弱い?私が?そんなわけがない。もし弱かったら私はこの時まで生きられてない」


 嘲笑するように言ってしまう。自分で言っておいて失言にも思えて一瞬戸惑った。

 しかしライラは、弱いと言われたことがよほど応えたらしい。


 むきになっている姿が無邪気な子供の様で、ある意味珍しくかわいらしかった。

 だがこれは、今この場でしか言えないかもしれない。

 勢い任せだったが、彼女の為にも吐き出してしまおうと思って言い切る。



「いいや、弱い。俺の言葉の意味が分からない時点で、幼稚な子どもと等しい」


「そこまで言うのなら、その意味を教えて。私に何が足りないのか教えてよ!」



「今のお前に必要なのは、言葉で与えられた知識じゃないな。体感による経験だ」


「経験……?」



「まあ生きてりゃ、そのうち嫌でも分かるようになる」


「…………」



 黙ってゼントを睨め付けるような、悲しむような眼差しで見つめる。

 おそらく、頭の中で不安と含羞と憤りとが入り混じっているのだろう。



 答えを直接教えたところで、今のライラには理解などできまい。

 また学ぶのと教わるのでは、物事の見方が変わる。

 何より、人生がつまらなくなってしまう。


 依頼に向かう途中で、この少女は人間らしくないと考えていたが今なら分かる。

 彼女は純粋なだけで、誰よりも人間らしい。朝の考えは撤回しようと思った。

 良いか悪いかはさておき、汚い考えしか脳に無い下賤な人間よりは、一線を画すほどにましなのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ