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黒幻白夢 ~異形とヤンデレと~  作者: AL Keltom
孤独の果てに
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第九十話『懐抱』

 



 ――眩い光が過ぎ去って、気が付くと森の中だった。



 

 当たり前だ。森の中に聳え立つ小さな山から突き落とされたのだから。

 転げ落ちた最後の最後、平行な地面に叩きつけられ、体の回転が終わった瞬間に意識を手放してしまった。


 どうやら、辛うじて魂は肉体に取り憑いているらしい。

 崖から落ちてずっと、着ている皮鎧に体が引き締められるような感触だった。


 ひとまずは心の底から安堵する。奈落に落ちた気分だった。

 以前なら死んでもいいとすら思っていたのに、これは前進か後進か。




 しかし体中が痛む。生きているのが不思議なほど。

 痛みが酷すぎて、気絶してもすぐに覚醒できる。

 口の中から血と土の不快感も感じた。

 だが、休んでいる暇はない。速くここから離れなければ……



「――ゼント、大丈夫!?」


 未だ恐怖の色は頭の中から()めていない。

 突然掛かる声に驚き、声の方向を見たことないほど高速で振り返る。


 そこに居たのは、先程まで崖上にいたはずのライラ。

 膝の上に手を置き、腰を落とした状態で、慌てたような声を出す。

 仰向けに倒れているゼントを無表情で眺めていた。


 時間がさほど経っているようには思えないのだが、

 どうやってライラがここまで素早く下りて来られただろうか。

 だが今はそんなことを考えている余裕は無い。



「あいつは!!?あの赤い化け物は!?!?」


 居てもたってもいられず、痛む上半身を起こし、彼女の肩を揺すりながら急いで尋ねる。

 化け物という単語に反応して、一瞬悲しそうな表情をしていたのだが、気が動転しているゼントには分からない。

 気づいた時には、いつも向けてくる笑みが見えるだけだった。



「大丈夫だよ。“化け物”は私が追っ払ったから」


「追っ払っただけか?殺してはいないのか……!?」



「……ごめんなさい、攻撃を入れる前に逃げられちゃった」


「そ、そうなのか……」


 対抗できないよりはましなのだが、流石のライラでも仕留め損なったとあって不安が募る。

 でも彼女を責めてはいけない。悪いのは弱腰になってしまった自分だ。


 あれだけの高さから転げ落ちたのに、今は口が利けるだけでも良かったと思うことにしよう。

 そう考えれば、骨折は無く最善の生還を得たとも言えよう。



「ゼント、怪我してる」


 声色だけはひどく心配している様子だった。言われて、特に痛みの激しい足首に視線を向ける。

 不幸中の幸いか、骨折だけは免れたようだがしばらくは動けそうになかった。

 だからといって、手の化け物が追ってこないとも限らない。



「ああ、くそっ!悪いけど、肩を貸してもらえないか」


「うん、もちろんいいよ」


 即快諾すると、すぐさま体の上に近づいてくる。

 心なしかユーラと同じような笑みを浮かべていた。


 地面の土だらけになりながら起こしてもらうも、両足とも地面に接するだけで激痛が走る。

 何とかならないかと思案したものの、これではしばらく歩くのは無理そうだ。



「悪い、やっぱり下ろしてくれ。かなり厳しい……」


「だったら、私がゼントをおんぶしてあげようか?」



「……できるのなら、町までそうしてほしいところだね」


「分かった。じゃあそうする」


 皮肉交じりに言ってやったつもりだった。

 彼女の細い体躯で、自分の体など背負えるわけがない。

 できたとしても数秒が限界だろうと思っていたのだ。


 再び快諾すると、密着した状態から背中と膝裏、それぞれに手を伸ばし正面にゼントを抱きかかえた。

 上手い事痛みが無い部分を的確に当てている。

 ……しかしそれは、背負うという行為ではなく、所謂お姫様抱っこだった。



「……おい」


「大丈夫、重量も均衡も問題ない。また赤いのが来ても対処するから」



「じゃなくて、これは流石に恥ずかしい。できれば背中側にしてくれ。こんなことを言える立場じゃないのは分かっているが……」


「だったら黙ってて」


 身に着けた装備も全部包み込むように抱えて町へと歩き出す。

 あまりに真面目な返答にと自身の墓穴に何も言えなくなってしまった。

 仕方なく諦める。嫌々でも受け入れることしかできない。


 華奢だと思っていた少女に自分が持たれている。随分と不思議な気分だった。

 しかしどう見ても構図が逆である。まるで、お遊びのために罰を与えられているようだ。


 思えば竜に飛ばされた日も、このように町まで担がれたのだろう。

 町の人に見られてないだろうか。確認しようにも、恥ずかしすぎてできそうにない。

 でも、それよりも今は……



「……にしてもあの赤い化け物、また現れやがった」


 二人で森の中を進みながら、やりきれない思いからかゼントは悪態をつく。

 彼女との実力差など分かり切っているが、自分の無様な姿を晒してしまったことにいら立ちを隠せなかった。


 正面を見ると、すぐそこにライラの顔がある。

 無意識に見ていると、不思議そうに笑みを返してくる。

 なんとなく進行方向に視線を背けた。



「お前ならあいつの事知っていたりとかしないよな?」


「知ってどうするつもりなの?」


 ゼントが冒険者をやって何年も経つのに、ライラが見たことが知っている可能性など皆無。

 ダメもとで聞いてみたが、変わった答えが返って来る。



「……あいつの情報が分かれば、ユーラの記憶が戻せるのかも知れない」


「助けたり面倒を見たり、随分気にかけているんだね。あの女はゼントの嫌がることをしたのに……」



「それはごもっともだが、今は関係ない。彼女は被害者で助けを求めるのならば、できる限り手を差し伸べるべきなんだ」


「ふーん。そうなんだ」


 あまり興味がなさそうに、相槌を返した。

 この時、ゼントはもっと聞くべきことがあったかもしれない。


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