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WHITE LOVERS  作者: 谷兼天慈
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第4話

 その日、ゲクトの自宅に一人の男がやってきた。そして、その男はいきなりゲクトの目前で土下座をした。

 驚いたゲクトは何が起きているのか判断できずに絶句したまま動けずにいた。

「神楽、本当に申し訳なかった」

 土下座をしている男が悲痛な声でそう言った。

「翔琉さん、訳がわからないんですが…」

 土下座をしている男は事務所の社長の息子だった。

 一年前までは親のコネで事務所の雑用などの仕事をしていたが、何時の頃からか親の元を出てしまっていた。その後は何の仕事をしているのかも知らなかった。それほど親しくしていたわけではなかったので、ゲクトも気にもしていなかったのだが。

「……実は今度、プロポーズしようかと思っているんだ」

 彼、翔琉は土下座したままの状態で喋り出した。

「え…?」

 この状況で何を言い出すんだとゲクトは思った。

 いきなり押しかけてきたかと思ったら土下座をし、その上に何が何だかわからない謝罪までされ、挙句の果てには自分は誰かにプロポーズすると言う。あまりにも身勝手なこの男に腹が立ってきた。それでも、極力、感情を抑えて静かにこう言った。

「ですから、翔琉さん。どういうことなのか説明してくださいよ」

「………」

 彼はおもむろに顔を上げると、おどおどとした表情を見せながら、だが、その表情とはまったく違う、とんでもない内容のことを言いだしたのだ。

「オレは本当に最低な男だった」

 その言葉を皮切りに淡々と語る恐ろしくも残酷な話。雪子の身に起こった出来事を。

 一年前のあの日、翔琉は父親である社長から雪子がゲクトと結婚するのだと聞かされた。

「今思うと、親父がオレにどうしてそんなことを言ったのかはわかる。あの頃のオレは親父にまったく期待されていない道楽息子だったからな。しかも、オレが雪子にぞっこんだってことも知られていた。だから、そんな話を聞かされたオレが何をするかわかってたんだと思う。というか、それを期待してオレに話したんだ。親父に確かめてはいないが、それはきっと間違いない」

「……何をしたんだ?」

 絞り出すようにゲクトは言葉を発した。

 その彼の不安に満ちた声に一瞬ひるんだ翔琉であったが、意を決して白状した。

「レイプした」

「!」

 一瞬、ゲクトの中の凶暴な部分が反応し、目の前の男に襲いかかろうとしたが、不屈の精神でそれを押し込めた。それも、翔琉の目を見たことで、鎮めることができたようだった。翔琉の目は覚悟をした男の目だったからだ。

「オレはお前が雪子を連れてきた時から雪子のことが好きだった。ずっと好きだった。もちろん、彼女はお前のことが好きで、お前も彼女が好きで、そんなことはわかっていたことだったが、それでも彼女への気持ちは消すことはできなかった。好きでいることは自由だと言い聞かせ、もしかしたらいつか二人は別れる時もくるかもしれないと、それだけを願っていたんだ。それが親父の言葉で俺は狂気に囚われてしまった。オレは頭に血が上ったまま、その足で彼女のもとに向ったんだ。とにかく、もう彼女を自分の物にすることしか頭になかったんだ」

「雪子…」

 ゲクトはギリギリと歯を鳴らした。怒りでおかしくなりそうだった。

「雪子は力いっぱい抵抗したよ。それはもうムチャクチャに。だが、オレはとにかく自分の思いを達成させることしか頭になかったものだから、彼女がお腹に赤ちゃんがいるからやめてという言葉もその時には耳に入らなかった。すべてが終わった時、彼女が大量出血をしているのを見て、初めてオレは正気に戻ったんだ」

 翔琉の話によると、最初は自分がしでかしたことで流産したのだと思っていたのだが、病院で調べてもらったところ、それも原因ではないわけではなかったが、実は彼女は子宮外妊娠をしており、いずれは卵巣の破裂を引き起こしていただろうとのことだった。なので、むしろ初期で流産したことは母体にとっては良かったこととも言える。

「それでも、オレのしたことは許されることじゃない。結果的に悪くはなかったんだと慰められたが、それでも、妊娠している女性にそんな無体なことをしてしまった罪は確実だ。オレは愛する女にそんな酷いことをしてしまったんだ。だが、オレは相変わらず雪子のことが好きで好きでしかたなくて…許してもらいたい気持ちが強すぎて、彼女の為に何でもしようと思ったんだ」

 そして、翔琉は彼女の言うまま、病院から彼女を連れ出して、ゲクトに見つからない場所にかくまったのだという。

「どうして…どうして…雪子は俺から逃げたんだ。わからない。なんで…」

「それはオレにも話してくれなかった。とにかくお前には会いたくないという一点張りで」

 それから翔琉は社長のもとを離れ、小さなアパートを借りて、土建などのアルバイトをしながら雪子と暮らすようになったのだという。

「一緒に暮らしたといっても、あれから一度も彼女には触れなかった。それがオレなりの贖罪だと思ったからだ」

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