第3話
十二月に入って間もなくの頃、嬉しそうに雪子が言ってきた。
「今まで絶対に遅れることがなかったのよ。だから病院に行ってきたわ。でね、やっぱり妊娠確定だって。四週目に入ったところですって」
「え…それって…」
「もう、にぶいわねえ。子供ができたのよ、私とあなたの子供」
雪子と関係を持つようになる前にもいろんな女と関係を持ってきた彼であったが、今までそんな失敗をしたことは一度もなかった。避妊はきちんとしていたが、それだけ雪子との相性が良かったということなのだろう。そんなわけで少し戸惑っていたが、そうか、子供か、それならやることはひとつだなと彼は思い、それを正直に告げた。
「そっか。これも何かのお導きだよな。生まれる前に俺たち結婚しよう」
「え、いいの?」
「いいのって…普通するだろう、子供ができたんだから」
「でも、今一番大事な時じゃないの?」
確かに、芸能界でまだまだ不動の地位を築いているわけでない彼であったので、そんな時に結婚となれば人気商売だから致命的ではあるだろう。
「それはそうなんだが、大々的に宣伝しなきゃいいんじゃねえの。結婚式は当分無理だろうけど、籍だけでも入れることはできるだろうし」
「そっか、そうだよね」
当時の二人はそれほどこのことが大事になるとは思っていなかった。それがとんでもなく大変なことになってしまうとは。
そして、ゲクトは自分たちのことを事務所の社長にだけは話すことにした。
最初は渋っていた社長だったが、ゲクトの熱意に負けて、渋々承知してくれた。
幸福の絶頂だった。
これからではあったが、一応デビューもできて芸能界でやっていく算段もついていたし、愛する人と結婚もできることになったし、しかも子供まで生まれてくる。こんな幸せが自分に来るとは思ってもみなかった。
ところが、その幸せの頂点から、すぐに地獄へと突き落とされることとなる。
社長に報告してからすぐにでも入籍しようと思っていたが、その時に地方のライブのスケジュールが入っていて、すぐに役所に行けなかった。ライブから帰ってきたらすぐに入籍しようと約束してゲクトは旅立って行った。三日間の予定だった。
だが、戻ってきてみたら、家には彼女はいなくて、病院にいるという。嫌な予感しかしなかった。まさか、赤ん坊に何かあったんだろうか。不安な気持ちのまま彼女が入院してる病院に向った。結果──
「覚さん…ごめんなさい…赤ちゃん、守れなかった…」
ベッドの上でこの上なく憔悴しきった雪子の姿があった。
ゲクトはそんな彼女の姿を見て、痛々しさのあまり、何も言葉がかけられずにいた。
それを非難と取ったのか、彼女はこう言った。
「もう、ここには来ないで」
「えっ…」
「もうあなたとは暮らせない」
「何を言うんだ!」
「お願いっ、もう帰って! もう来ないでっ!」
「雪子…」
取り付く島もない彼女を見て、何を言っても無駄なんだと悟った彼は、静かに病室を出て行った。「また来るよ」という言葉を残して。
だがしかし、次の日に病院に行ってみたら、すでに雪子は退院してしまっていて、姿をくらましてしまったのだ。
ゲクトは思いつく限り、彼女を探し回ったが、どうしても見つけ出すことはできなかった。
そして、彼女がいなくなってから一年後、思わぬ人物から真実を聞かされることとなる。