第7話 冒険者
「いいものが買えてよかったね」
ラグルドさんの鍛治工房を後にし、大通りを歩きながら、リーナが言った。
ナイフと一緒に、ナイフを腰に下げる為の専用ベルトも買ったのでそれも着けた。
「俺に使いこなせるかわからないけど…」
俺が苦笑いして答えると、
「大丈夫よ、使い方はしっっっかり教えてあげるからね」
と、リーナがにっこり笑って言った。
次の日、依頼人との待ち合わせ場所に行くため、旅の準備をしてから宿の部屋を出た。
外套を羽織り、リーナと買い揃えた旅に必要な物が入った背負い袋を背負い、ナイフを装備した。
俺が部屋を出ると、三人も丁度部屋を出てきたところだった。
「おはよう」
俺が声をかけると、三人とも「おはよう」と言って笑った。
三人とも俺と同じく背負い袋を背負っているが、キアラの背負い袋だけとても大きくて驚いた。
「キアラはとっても力が強いから、いつも沢山持ってくれるの」
リーナがそう教えてくれた。
「ん…適材適所」
試しにキアラの背負い袋を持たせてもらうと、俺の力では持ち上げる事すら出来なかった。
宿を出て、依頼人との待ち合わせ場所に行くと、そこには何故か依頼者と話しているベイル達の姿があった。
「え?ベイルさん?」
リーナが驚いて声をかける。
「おはようリーナさん!いきなりで申し訳ないんだけど、俺たちもこの依頼について行ってもいいだろうか?勿論報酬はいらない。君たちと一緒に旅がしたいんだ」
ベイルは爽やかにリーナに笑いかけた。
いいだろうか?と聞いてきたが、本人達はついて行く気満々で、しっかりと旅支度を済ませていた。
「いえ…いきなりそんな事言われても、依頼人の方に許可を取らないと…」
リーナが困って、待ち合わせをしていた依頼人の商人の男を見る。
「私は全然構いませんよ!金級の方達に加え、銀級の方達にも依頼を受けて頂けて、嬉しい限りですよ」
商人の男はにこやかにそう答えた。
それはそうだろう。警備人数が多ければ、それだけ旅の安全は保障される。
しかも報酬がいらないなら、依頼人には全く損が無い。
というか、俺たちが来る前に依頼人に話をつけていたらしい。
それを聞き複雑な気分になったが、受けてしまった依頼を投げ出すわけにもいかないらしく、このまま出発する事になった。
商人は幌のかかった大きめの馬車を持っていて、中には沢山の商品らしき積荷が載っていた。
俺達の旅の荷物も馬車に載せてくれたので、身軽に警護をする事が出来て助かった。
魔物が襲ってきた時の為に、一台の馬車を八人で囲んで、カレナの街からホトの村に向かって街道を歩く。
街道の周辺の森などからたまに出てくる魔物は、定期的に国の騎士団が見回り、討伐をしているらしいが、魔物全てを討伐する事は難しい為、商人や旅人は街から街へ旅をする時、警備付きの乗り合いの馬車に乗ったり、馬車を持っている人はこうして冒険者を雇って警護をしてもらうらしい。
ちなみに俺とリーナは一緒に馬の横を歩いている。
出発前に馬を撫でたら何故だかものすごく懐かれて、俺が後ろの方にいると馬が俺ばかり気にしてしまい、中々進まない為そうなった。
精霊王だから動物に好かれるのかな?なんて、リーナが笑って言っていた。
「ぜぇ…はぁ…」
俺は疲れ切って街道沿いの草原に倒れ込んだ。
長い間牢屋にいて、萎えてしまった俺の体では、朝から半日歩き続けるのは体力的にきつかった。
昼食をとる為、ここで休憩をする事になったので遠慮なく倒れ込む。
「ノエル大丈夫?」
倒れた俺にリーナが心配そうに声をかけてくれた。
エレナが水を魔法で出して、コップに入れて持ってきてくれた。俺はお礼を言ってから一気に飲み干した。
「うん…何とか…」
水を飲んで一息ついた俺は辺りを見渡す。
綺麗な草原を風が吹き抜けて行く…風がとても気持ちがいい。
そのまま再び草の上に寝転がった。
草の上に寝転がるのも何年ぶりだろう。
「君は冒険者なのだろう?大丈夫なのかそんなに貧弱で…」
気がつくとベイル達が呆れた顔で俺を見下ろしていた。
「…冒険者にはなったばかりだから、これから体を鍛えるよ」
「これからって…よくそんな貧弱さで冒険者の試験に受かったものだな」
ベイルの仲間の槍使いのグラントが言った。
グラントも呆れているようで、ため息をついている。
「…ノエルは優秀な魔導士だから、試験も簡単に受かったのよ」
リーナがムッとした顔で、俺をかばうように言ってくれた。
まぁ本当は冒険者試験なんて受けてないんだけど、そう言ってくれるのが嬉しかった。
「リーナお昼にしよう」
キアラがタイミングよくお昼を持って近づいてきたので、俺たちはベイル達から少し距離をとって座り、お昼を食べる事にした。
昨日エレナとキアラが買ってきてくれたのは、冒険者達がよく食べる獣の肉を干した、日持ちする干し肉と、栄養価の高い穀物の粉を固めたクッキーのような食べ物だった。
冒険者など旅をする人達は、朝、昼は軽いもので済ませ、夜、火を焚く時に調理をするらしい。
「あの人達、昨日から失礼なことばっかり言ってくるわ!」
「えぇ、本当ですね…」
リーナがクッキーをかじりなが怒って言った。
それに同意するようにエレナが言い、キアラが頷いている。
「…まぁ俺に関しては本当の事だからしょうがないと思うけど…」
たとえ魔法は使えても、体力もない、知識もない。
リーナ達に面倒を見てもらえずあの街に放り出されていたら、俺はどうやって生きていけばいいのかも分からない。
「そんな事ないわ!ノエルはとっても強いのに…!」
リーナがぷくっと頰を膨らませながら怒っている。
クッキーを持ったままなので、頰にクッキーを溜め込んだリスみたいになっていて可愛い。
「あははっ」
「?なんで笑ってるのノエルー!?」
リーナの仕草が可愛くて、つい笑ってしまった俺を、リーナが真っ赤になって怒った。
「いや、リーナが俺の代わりに怒ってくれるのが嬉しくてさ…リーナ達の仲間に入れてもらえて、本当に良かったよ」
俺がそう言うと、三人とも微笑んでくれた。
昼休憩後、俺たちはまた歩き出した。
午前中の俺の体たらくを見かねた依頼者が、俺を馬車の御者台に乗せてくれた。
歩いているリーナ達には申し訳なかったが、楽に旅ができて助かった。
午前中は特に魔物の襲撃は無かったが、午後は街から離れ、森の近くを通った時、ゴブリンやフォレストウルフ(魔物の名前は依頼者が教えてくれた)に襲われた。
魔物達の襲撃はリーナ達やベイル達が簡単に退けた。
さすが金、銀級の方々ですね!と依頼者が嬉しそうに言っていた。
俺だけ何もしないのは申し訳ないので、魔物の解体は率先して手伝う事にした。
「ノエル、魔物は胸の辺りに魔石があるから、まずはここを切り裂くのよ」
リーナが手本を見せながら教えてくれた。
魔物の解体など初めての事だし、血や匂いにちょっと気分が悪くなったが、早く覚えたいのでなんとか吐き気を我慢した。
ラグルドさんの店で購入した、世界樹のナイフはとても切れ味が良く、非力な俺でも魔物を解体できたので助かった。
「上手ですよノエルさん、ゴブリンは魔石ぐらいしか採る物がありませんが、フォレストウルフは毛皮も売れるので、是非綺麗にはいでくださいね」
エレナも自分のナイフを持っているようで、一緒に解体しながら言った。
キアラもその隣でナイフを使って魔物を解体している。
「君は魔物の処理もできないのか?…ナイフだけは高価な物のようだが…そんなことでは宝の持ち腐れだぞ」
リーナに教えてもらいながら、俺がモタモタと解体していると、ベイルがまた絡んできた。
「…先ほども言ったと思いますが、ノエルさんは駆け出しの冒険者なんです。これから私たちが彼に冒険者の知識を教えていくんですよ」
何故だろう、エレナは笑っているのに顔が若干怖い…。
「しかし君達は金級だろう?実力もある君達がこんな初心者にかまけている余裕はないはずだ」
「余裕がないかどうかくらい自分たちで判断できるわ、ノエルは私達の仲間だからそんな事くらいぜんっぜん大丈夫よ!」
隣で聞いていたリーナが立ち上がりながら言った。
リーナも怒っているようで、ベイルを睨みつけている
「しかしっ…俺はあなたが心配で!」
「ベイルさん心配していただけるのはありがたいですが、私たちには私たちの都合があります。ほかのパーティーの事に口出しするのは冒険者のマナー違反ではありませんか?」
なおも言い募ろうとするベイルをエレナが制した。
それに気づいたようでベイルは「申し訳なかった」と不満げに謝り、自分のパーティーメンバーの所に去っていった。
「ごめんな…俺が初心者で足を引っ張っているばっかりに…」
「気にしないでノエル!あなたは私たちのパーティーの仲間なんだから、他のパーティーの人の言う事なんて気にしてはダメよ!」
「そうですよ、本来なら私たちの仲間の事にほかのパーティーの人がとやかく言う筋合いは無いんです。それにノエルさんはただの仲間ではなく、リーナ様のパートナーなんですから、自信を持ってくださいね」
リーナもエレナも俺を励ましてくれた。
横でキアラもコクコクと頷いて同意してくれている。
みんなが励ましてくれるのが嬉しかった。
その後は特に魔物と戦うことも無く順調に進み、日が傾いてきた頃に、野営の準備をするために馬車を停めた。
ホトの村まではあと半日くらいで着くらしいが、今日はここまでだ。
リーナとエレナが夕飯の準備を始めたので、近くで見させてもらっていると、リーナが土に直接魔法陣を描き始めた。
「これは何?」
「これは火をおこす魔法陣よ。呪文を唱えるだけだと、効果が終われば精霊は消えてしまうけど、こうして魔力を込めた魔法陣を描いておけば、精霊が長くその場に留まってくれるの。だから野営の時の焚き火なんかには丁度よくって、火属性に素質のある冒険者達は覚えている人が多いのよ、魔道具を持って歩くより、荷物がかさばらないしね」
「へ〜…」
確かに魔法陣からリーナの魔力を感じる。
魔法陣は仄かに赤く光っていて綺麗だ。
「魔法陣は他にもこういう物にも使われるのよ」
リーナはそう言って腰に下げた剣を抜いた。
よく見ると刀身にリーナが描いた魔法陣よりも、複雑で細かな魔法陣が描かれている。
「私は魔法剣士だから、魔法を剣に纏わせて戦うことが多いの。でも長い呪文を戦闘しながら唱えるのは難しいから、事前に剣の方に魔法陣を刻んでおくと、短い詠唱で魔法が発動するのよ。でも私じゃ金属には魔法陣は刻めないから、専門の魔導士に刻んでもらうんだけどね」
「へーすごいな!今度戦う時には魔法剣見せてよ」
俺がそういうと、リーナはクスッと笑って「わかったわ」と魔法陣の続きを描き出した。
俺は牢屋の中で、毎日俺を封印していた天井の魔法陣を眺めて生きてきたが、リーナの描く魔法陣はそれとは違ってとても綺麗だった。
リーナが完成した魔法陣に向かって短い呪文を唱えると、魔法陣の上に手のひらサイズの小さなサラマンダーが現れ、炎をつけた。
「お前が朝まで火をつけてくれるんだな、ありがとう」
小さなサラマンダーに笑いかけると、俺にすり寄ってきたので、そのまま肩に乗せると、精霊はとても喜んでいた。
その後リーナが組み立て式の台のようなものを炎の上に置いて、その上に鍋を置いた。
これでかまどは完成したようだ。
かまどが出来た頃、森に入っていたキアラとベイル達が、木の実やキノコなどを持って帰ってきた。
リーナ達は手際よく鍋の中に干し肉や野菜を切って入れて、キアラ達が採ってきたキノコなども入れ、美味しそうなスープを完成させた。
鍋の置かれた焚き火を囲んで、全員で夕食を食べた。
俺の肩には相変わらずサラマンダーが乗っていたが、スープに興味があるのか、スープの周りを飛び出したので、一口すくって飲ませてあげた。
小さな精霊がとても美味しそうに飲む姿が可愛いので何度もお代わりをあげた。
「ノエル?もしかして精霊がそこにいるの?」
俺が空中にスプーンを差し出しているのを不思議に思ったのか、リーナが周りの人たちには聞こえないように小声で聞いてきた。
「うん、ここにいる。リーナの作ったスープが気に入ったみたいで、いっぱい飲んでるよ」
「本当?精霊が食べてくれるなんて嬉しいわ」
俺たちが小声でクスクス笑いあっていると、向かいに座っていたベイル達パーティーがあからさまに不機嫌そうな顔をした。
俺の事が気に入らないようだけど、俺たちパーティーの事を他人にとやかく言われる筋合いは無いと、さっきエレナに言われたので気にしないようにしよう。