第5話 精霊王の髪
冒険者証を発行してもらい、次は俺が倒した魔物の魔石を換金してもらうために、ギルドの買い取りカウンターに向かった。
買い取りカウンターにも三人の人が立っているが、受付カウンターのように若い女の子ではなく、強面のおじさん…むしろお爺さん達だった。
俺の持ってきた魔石を袋から出し、変なメガネのような物をはめ、しばらく魔石を眺めていた。
少し待っていると、査定が終わったようで、カウンターに現金を用意してくれた。
結構な額になったようで、10万ルブも手に入れることが出来た。
リーナ達が驚いていたので、聞いてみると、リーナ達も冒険で手に入れた魔石を換金する事が多いようだが、一日中魔物を倒して、1、2万ルブになればいい方だと言っていた。
魔物は魔石はもちろん、皮や爪などの素材を持ち込んでも、なかなかの値段で買い取ってくれるらしい。
今回は燃え尽きてしまったので素材を持ち込むことは出来なかったが、次に魔物を倒した時は素材を採るといいと、リーナが教えてくれた。
10万ルブは金貨10枚だ。
俺は財布を持っていないので、リーナがくれた小さな袋に入れる。
「リーナ、俺に買ってくれたこの服のお金ってこれで返せる?」
俺は袋に入れた金貨をリーナに差し出す。
「服のお金はいいわよ。私たちお金は結構稼いでいるからプレゼントするわ」
「……でも」
「いいのよ、旅に必要な物もこれから買わないといけないから、その時に使って?」
「旅の支度って何がいるかな?これで足りる?」
「……そうねぇ」
リーナの目が不自然に泳いでいる。
「……足りないんだね?」
「……正直に言えば足りないわ…でも足りないところは私が出すから大丈夫よ」
リーナの申し出は有難いし嬉しい、けれどリーナに頼りきっているのも情けない。
「ノエルさんがリーナ様に気兼ねするようでしたら、これ、買い取りに出してみませんか?」
俯いている俺を見て、エレナが取り出したのは、昨日切った俺の髪の毛だった。
「えっエレナ、マジで?それ俺の…」
「そうです、ノエルさんの髪の毛です」
「でもエレナ、髪の毛なんて売れるの?」
冒険者ギルドの一角で頭を突き合わせ、ボソボソと小声で話し始めた俺たち。
周りから見ればかなり怪しいだろう。
リーナが当然の疑問を口にする。俺も同じ事を思っていた。
「髪の毛を捨てずに取って置いたのは、ノエルさんの髪が美しいうえに、ノエルさんは人ではないかもしれない、珍しい種族なら少しはお金になるかもしれないという打算的な考えからです…ですが、ノエルさんの正体が精霊王だというなら話は変わってきます。この髪の毛は伝説級…いえ、誰も見たことのない神宝級の素材かもしれない…かなり高値で売れる気がするんです」
エレナの目がギラギラしてきた。
あれ?エレナって宮廷魔導士なんだよね?
魔導士ってこういう感じなのか??
「……エレナ、がめつい」
「キアラ、冒険者は慈善事業ではありません。生活するためにもお金が要るんですよ」
「……ん、分かってる。だから昨日一緒に髪の毛拾った」
エレナがニヤッと笑い。キアラが親指を立てていい顔をしている。
「でもさ…結局俺の髪だよ?」
「ノエルさん!あなたは精霊王がどれほどの存在なのかわかっていません!神にも匹敵する力を持ち、世界の根源を司る精霊たちを統べる王。そんな人の髪の毛が、ただの髪の毛なはずがありませんよね!?」
「エ、エレナ…呼吸が荒くなってきたぞ大丈夫か…?」
俺がエレナの興奮ぶりに心配していると、
「…ノエル、エレナはね魔法学園を首席で卒業した、とても優秀な魔導士なの…エレナは今も魔法や精霊に関して研究をしているのよ、普段は冷静で落ち着いているんだけど、たまに、魔法や精霊のことで暴走するわ、慣れてね」
まだブツブツと精霊について語っているエレナに、リーナは笑ってそう言った。
若干遠くを見つめながら…
「そ、そうなんだ…」
「いいわ、売ってみましょうか」
そう言ってリーナは、エレナの持っていた髪の束から、髪の毛をほんの一つまみだけ抜き取った。
そしてそのまま、買い取りカウンターに向かった。
「この髪の毛の買い取りをお願いしたいんだけど」
俺の髪を手渡された、買い取りカウンターの爺さんは、訝しげに眺めた。
「…なんだこれは髪の毛か…??確かに珍しい色をしているが、これだけじゃ金にはならないと思うぞ?」
「とっても珍しいものだから、価値を知りたいの。いくらぐらいで買い取りしてもらえるか、鑑定をお願いできる?」
リーナがそう言うと、爺さんはため息をつきながら、鑑定用のメガネをかける。
その瞬間、爺さんの顔色が変わった。
「な、なんじゃと…精霊王の…ちょ、ちょっと待て、お前らこっちに来い!」
爺さんは慌ててカウンターを飛び出し、俺たちを二階へと連れて行った。
どこに行くのかと思っていたら、そこはさっきまで居た、ギルドマスターの部屋だった。
「おいマーク!冒険者がとんでもない物を持ち込んだぞ!」
爺さんが勢いよくドアを開けると、そこには疲れ切った顔をした、ギルドマスターが居た。
ギルドマスターの名前はマークって言うんだな。
「どうしたダリス、色々あって俺はもう疲れた。急ぎじゃないなら明日にしてくれ」
「何言ってんだ!冒険者が精霊王の髪を持ち込んだんだぞ!!こんな素材、今まで市場に出回ったことねえんだぞ!?」
ここで初めてギルドマスターが反応をした。
そして、ダリスと呼ばれた爺さんの後ろにいる俺たちを見て、
「なんだお前ら、髪の毛売る気なのか?」
と、不思議そうに聞いてきた。
「マーク!?何落ち着いてやがる!!精霊王の髪の毛だぞ!?精霊王だぞ!!?」
爺さんは落ち着き払っているギルドマスターに掴みかかり、凄い勢いで揺さぶっている。
爺さん力強いな…。
「お前が落ち着けダリス!いいか、よく聞け!あいつが精霊王なんだ!!」
ギルドマスターがそう言うと、爺さんは鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。
「は?」
ギルドマスターが爺さんに事情を説明して爺さんを落ち着かせるまで、かなりの時間がかかった。
その間暇だったので、メルが淹れてくれたお茶を飲んで、お茶菓子を食べて待った。
「取り乱してすまねぇな…あまりの素材にびっくりしちまってよ」
爺さんは落ち着いてから、申し訳なさそうに頭の後ろを掻きながら言った。
「まぁ無理もねぇよ、俺もまだ信じられん」
ギルドマスターも疲れた顔で言った。
「それで、鑑定結果はどうなんですか?」
エレナが興味津々で聞いた。
「鑑定結果には、精霊王の髪の毛…魔法薬の原料になる、と書かれているな…しかし、何の原料になるか書かれてねぇんだ…どれ…」
そう言って爺さんは懐から、一本の液体の入った瓶を取り出した。
爺さんがその瓶の中に俺の髪を一本入れると、瓶の中の液体が光り出した。
「…あの瓶の中身って何?」
俺は小声でリーナに聞いた。
「…うーん、体力回復薬って言う、傷を治す魔法薬があるのよ、それに見えるけど…」
リーナにも爺さんが何をしているのか、はっきりとは分からないようだ。
瓶の光がおさまると、爺さんはその薬を鑑定したようで、変なメガネをかけて眺めている。
が、そのまま何故か固まってしまった。
「…?おいダリス、どうしちまったんだ?」
ギルドマスターが声を掛けるが、爺さんは口をパクパクさせたまま、動かない。
「……………エリクサーじゃ」
「は?」
「………エリクサーになっとる」
「「「はぁぁぁぁぁ!?」」」
マスター、リーナ、エレナが同時に叫んだ。
キアラも目を真ん丸にして驚いている。
爺さんも相変わらずプルプル震えたまま、その薬を眺めている。
「…リーナ、エリクサーって何?」
俺はまたまた小声で聞いた。
知らない物が多すぎて困る。
「…エリクサーっていうのはね、とても貴重な薬で、病気や命に関わるような大怪我も治してしまうと言われる霊薬の事よ…材料が珍しい素材ばかりで、とても高価だから、一般的に買えるような物じゃないし、私も見たことはあっても、使った事は無いわ…」
リーナが呆然としながら答えてくれた。
「…兄ちゃんエリクサー知らんのかい?」
爺さんが驚いた顔で俺を見た。
リーナが呆然としていた為か、俺が小声で聞いた質問に普通の声で答えるから、爺さんに聞こえてしまったようだ。
「わしがさっき使ったのは初級体力回復薬さ、簡単な傷なら治るし、少しなら体力も回復する。ほとんどの冒険者はこのポーションを持って冒険に出かける。そのくらい、安価で手に入りやすい薬さ」
爺さんはそう言って手の中にある薬を振った。
「それにこの髪を入れたのは、どんな材料の代わりになるのかを見たかったなんだ。中級回復薬や上級回復薬になればと思って入れたんだが…まさかエリクサーに変わっちまうとは……あぁ中級回復薬や上級回復薬は、基本的には初級回復薬と同じ材料を使うんだが、そこにランクが上がれば上がるだけ、貴重で高価な材料を足していく必要がある。…エリクサーともなれば、材料が高価すぎて手に入らないものばかりだし、作るには上級の薬師や錬金術師の力が必要なんだが…驚いた事にこの髪は、初級回復薬に入れただけで、エリクサーに変えちまった…精霊王の髪とは、とんだ恐ろしい代物だぜ…」
爺さんは冷や汗でもかいているのか、暑く無いのに汗を拭いながら言った。
言っていることが難しく、よく分からないこともあったけど、なんだかすごい薬が出来たということは分かった。
「しかし困ったな…こんな効果のある物、どのくらいの値を付けていいのかが、分からん…」
爺さんはしばらく考え込んでいた。
「…細かくして使えば、髪の毛一本からでも何本か作れそうだな…って事はこの髪の毛の束でも500万ルブ…は、くだらないか?」
「500万!?」
これには俺も驚いた。
束といってもひとつまみ程度をまとめてあるものだ、本数にすれば10〜20本程度だろう。
俺は髪の毛が長かったから、長さだけは結構あるが…
「当たり前だろう、この髪の毛一本だけで、滅多に手にはいらねぇ高価な材料5個分を賄えちまうんだ、その材料費と、この髪の価値を合わせればそのくらいになるだろうよ」
爺さんは唸りながら言った。
「しかし、この髪、色は珍しいし、何より兄ちゃんの髪と同じようにキラキラと光っている…髪には魔力が溶け込むと言われているから、兄ちゃんの魔力が溶け込んでキラキラと輝いて見えるって事だろうが…見る人が見れば、兄ちゃんの髪だと一発でバレるかもしれねぇ…兄ちゃんの正体を隠しておきたいんなら、絶対に他所で売るんじゃねぇぞ?どんな騒ぎになるか想像もできねぇ」
「分かったわ…気をつける…」
リーナは真剣に頷いた。
「じゃあ、買い取ってもいいか?」
「えぇ、お願いするわ」
リーナがそう返事をすると、爺さんは金を用意してくると言って、立ち上がった。
「…しっかし、精霊王なんて、伝説上のものだと思ってたぜ…まさかお目にかかれる日がくるなんてな」
爺さんがため息混じりにそう言うと、
「ダリス、俺も同じことを思ったもんよ」
と、ギルドマスターが笑って言った。
爺さんはそれを聞いて、笑いながら部屋を出て行った。
「ねぇ、ギルドマスター…さっきは言うの忘れちゃったけど、ノエルが精霊王だって事はあまり口外しないで欲しいの、できればギルド本部の方にも…」
リーナが真剣な顔をしてそう言うと、ギルドマスターは苦笑いしながら頭を掻いた。
「…あったりめーだ、こんな事言ったって誰も信じねぇよ」
「ありがとうマスター!」
「ただ一つ、条件がある」
ギルドマスターが真剣な顔で俺たちを見た。
「…条件?」
「あぁ、まぁ条件というかお願いと言うか…ヤナティーア殿も言っていたが、世界各地で精霊の暴走と思われる事件が多発しているんだ、できる限りでいいから、各地を回り、どうにか解決して欲しい…困っているのはロウブルグだけじゃねぇんだ…」
そのお願いに俺たちは全員顔を見合わせた。
そしてうなずき合い、「もちろん!」とそう答えた。
しばらくして戻ってきた爺さんの手には、ずっしりと金が詰まった麻袋が握られていた。
「また、金に困ったら是非売ってくれ。他にはどんな魔法薬の原料に使えるのか、調べたいからな」
爺さんはそう言いながら俺の頭を見た。
「生えてるのはダメだぞ」
俺が後ずさりしながら言うと、爺さんは笑い出した。
「がはは!まさか精霊王の髪の毛を毟ったりはしねぇよ!また伸びた時に切った髪を売ってくれればいいさ」
「それならまだまだ沢山ありますよ」
エレナがカバンからゴソゴソと取り出したのは、俺の髪の毛の束。
爺さんに渡した、少ない束ではなく、大量の髪の毛。
それだけ見ると、ちょっと怖い。
「ブッフーーッ!!」
それを見て爺さんが吹き出した。
何?汚い…
俺たちが引き気味で見ていると、爺さんはプルプル震えながら近づいてきた。
「そ…そんな…そんなに沢山…あるのか…」
「そうですね、ノエルさんは髪の毛長かったですから…」
爺さんはエレナの持っていた髪の毛の入った袋を、震える手で撫でている。
爺さん、怖いよ?
「…おい、マーク…今のギルドの買い取り予算限界まで使っていいか?」
「…お、おう…いいが、大丈夫か?」
「大丈夫だ…むしろここで買い取らねば大損だぞ…この髪の毛で伝説級の魔法薬がいくつ作れるか…ふふ…ふはは!」
俺たちの、爺さん大丈夫か?という視線に気づく事なく、爺さんはしばらく笑い続けていた。
落ち着いた爺さんは、髪の毛を追加で1500万ルブ分買い取った。
髪を受け取ると、爺さんはニヤニヤ笑いながら部屋を後にした。
あれでも優秀な錬金術師だと、マスターは遠い目をしながら教えてくれた。
もらった金が余りにも大金で、持って歩けないため、そのままギルドに預けることにした。
冒険者達は個人識別番号を持っているため、その番号でお金を預けることができるらしい。
預けたときの預かり証をきちんと持っていれば、他の街のギルドでもお金を返してもらうことができるそうだ。
しかし、それを無くすと手続きが面倒くさい事になるので、決して無くすなと言われた。