第3話 カレナの街
街に近くなると馬車の荷台で眠っていた俺を、リーナが起こしてくれた。
「ノエル!街が見えてきたわ!」
目をこすりながら体を起こし、外を眺めると、大きな街が見えてきた。
街の周囲を壁で囲まれているので中はまだ見えないが、沢山の人が門から出入りしている様子が見える。
活気のありそうな街だ。
「わぁー大きな街だね!」
「カレナは商業都市で、この辺りでは一番大きな街なんですよ」
俺が馬車から身を乗り出していると、エレナが笑いながら教えてくれた。
「ノエル乗り出しすぎ、危ない」
「あはは、ごめん」
身を乗り出していたら馬車が揺れ、俺は態勢を崩してしまったが、キアラが服を掴んで俺を支えてくれた。
キアラが支えてくれると、馬車が揺れてもビクともしない。
あんな大剣を使えるだけあって、やっぱり力が強いんだろうな。
街に入る時、みんなが街の衛兵に身分証を提示しているのを見て、身分証なんて持っていない俺は焦っていたが、俺の姿から奴隷だと思われたらしく、衛兵にこのまま通っていいと言われた。
「ノエルにもちゃんとした身分証が必要ね……その前にその格好を何とかしないとだけど」
俺は未だ牢屋にいた時の格好のままだ。
手足と首に枷をはめたまま、着替えも無いから白い袖のないチュニックの様なボロボロの服のまま。
奴隷に間違われても仕方がないのかもしれない。
街の中はとても賑わっていて、たくさんの人たちが店で買い物をしていた。
街を歩く事が初めてな俺は、見たこと無い物が売られている店などを、覗いているだけでも楽しかった。
「もう夕方だから、とりあえず宿屋に行って夕食を食べましょう。ノエルもお腹すいたでしょ?」
「うーん、そうだね……」
俺は腹を押さえながら考えた。実は空腹というものを感じたことが無い。
牢屋の中では何も食べていなかったが、あの部屋の封印の所為なのだろうか?
「私はお腹も空きましたが、へとへとです」
エレナもお腹を押さえながら言った。
「昨日から戦っているから無理も無い……キアラも疲れた」
キアラは表情があまり変わらないので分かりにくいけど疲れていたようだ。
小さくため息をついている。
三人について歩いて行くと、二階建ての小さな宿屋に着いた。
ここを定宿にしていると教えてくれた。
「この宿屋は小さいけど、とってもご飯が美味しいんですよー私のオススメは『ワイルドバイソンのフィレステーキ野菜ソースを添えて』です!これは絶対食べた方がいいです!」
「……そ、そうなんだ……食べてみようかな」
エレナが涎を垂らす勢いで力説してくれた。
エレナはリーナやキアラより少し年上に見えて、綺麗なお姉さんって感じの外見だけど、食い意地が張っているようだ……。
エレナの迫力に俺は思わず後ずさりした。
宿の中に入ってみると、一階が食堂になっていて、そこのカウンターの中では四十代くらいの男女が忙しそうに働いていた。
丁度夕食時なようで、食堂のテーブルはほとんどがお客さんで埋まっている。
「あら!リーナちゃん、エレナちゃん、キアラちゃん!無事でよかったわ!お帰りなさい」
カウンターの中にいた、女の人がリーナ達の姿を見つけ近寄ってきた。
宿の女将さんだろうか、ふくよかな女の人だ。
「女将さんただいまー!」
「ただいま戻りました」
「ただいま」
リーナ達が女将さんに挨拶をしている姿を、三人の後ろから眺めていたら女将さんと目があった。
「リーナちゃん達……奴隷を買ったのかい?何だかえらく綺麗な顔の奴隷だねぇ……」
女将さんは俺の首や手足にはまったままの枷を見ながら言った。
「あっ彼はノエル、奴隷じゃないの。今回の依頼の途中で会ったのよ、ちょっと理由があって一緒にいるの」
「そうなのかい……それは悪いことを言ったね、ごめんよノエルくん」
「いえ……」
女将さんは申し訳なさそうに俺に謝ってくれた。
でも、こんな枷を首と手足に着けた状態では、奴隷に間違われても仕方がないか。
「それでね女将さん、この枷を外したいんだけど、何処なら外せるかな?」
「そうさねぇ……奴隷商の所なら外せそうだけど……あんまり近づきたくない場所だしねぇ……あっ、鍛冶屋とかはどうだろうね、金属の扱いには長けているから外せるかもしれないよ?」
「そっか……ありがと女将さん!明日にでも行ってくるね!あとノエルにも部屋を用意してもらえるかしら」
「あぁ、大丈夫だよ用意しとくね」
「ありがとう!女将さん」
リーナは嬉しそうに笑ってお礼を言い、その後夕飯の注文をして席に着いた。
三人ともエレナオススメのステーキセットを頼んだので、俺も同じ物を注文した。
席に座ると周りのテーブルの人達からチラチラと見られた。
冒険者風の男達から、商人の様な格好の人まで様々な人がいた。
俺の格好はやはり目立つのだろう。
しばらく待っていると食事が運ばれてきた。
ご飯を食べるのは何年振りだろう……。
あの牢屋では空腹を感じず、食事をすることが無かったので、何年振りの食事をしているのか、俺には思い出すことも出来ない。
温かいスープを一口食べると、スープの味が口の中に染み渡った。
「……美味しい…」
俺は一言呟くと、久しぶりの食べ物を夢中で食べた。
リーナがおかわりを頼んでくれたので、お腹いっぱい食べる事が出来た。
お金を持っていない事を途中で思い出したけど、リーナが「魔石がいっぱいあるから、大丈夫よ!」と教えてくれた。
お腹いっぱい食べて部屋に行くと、女将さんがお風呂の用意をしてくれた。
部屋に備え付けの浴室に、魔道具付きの小さな浴槽が有り、そこにおかみさんが魔石をはめ込むと蛇口から温かいお湯が出た。
使い終わったら魔石を返してくれればいいと言って、女将さんは去っていった。
「へ〜こんな便利な魔道具があるんだ…」
「割と一般的な魔道具なんだけど、ノエルは見たこと無かった?」
「無いね〜少なくとも俺の住んでいた村には無かったな」
「そうなの……じゃあ、私達ちょっと買い物に行ってくるから、お風呂に入って待っていてね」
リーナ達が三人で買い物に行ってしまったので、俺は一人でゆっくり湯船に浸かった。
とにかく髪が長すぎて、洗うのが大変だった。
かなり時間がかかった気がする。
しばらくして三人が帰ってきたので、俺は置いてあった大きなタオルを下半身に巻きつけ、浴室を出る。
部屋ではリーナ達が買ってきた荷物を広げている所だった。
よく見るとそれは男物の服だった。
「この服どうかな?冒険者達に人気の服なのよ、気にいるといいのだけど……」
「ありがとう……嬉しいよ!」
俺は三人にお礼を言うと脱衣場に戻り早速着替えた。下着に、丈夫そうで肌触りの良い生地のズボンに、さらりとした長袖のシャツ、袖の長い厚手の上着。ボロボロじゃ無い服を着られるのが嬉しかった。
体が綺麗になると、次は頭が気になった。
俺は自分のながーい髪を掴み、考えていた。
「リーナ、この髪切ってくれないかな?邪魔なんだよね……」
「えっ!?切っちゃうの!?こんなに綺麗な髪なのに……ノエルの髪って不思議なのよね、キラキラ光っている様に見えるわ……切っちゃうのは勿体ないわよ」
リーナは残念そうに言っていたが、俺は邪魔なので切ってもらう事にした。
髪を切ったりするのはエレナの方が得意らしく、エレナが切ってくれた。
「本当に綺麗ですね……キラキラと輝いていて、髪の毛じゃないみたいです。切った髪も捨てるのが勿体ないくらいですよ……売りに行ったら良い値がつきそうですね……」
エレナが髪を切りながら何かブツブツ言っている。
「うん……綺麗だね」
そう言うとキアラは、切り落とした俺の髪を拾い集め、片付けてくれた。
「さっぱりしたわねー!見違えるわ!」
「ええ、とっても!ノエルさんって本当に綺麗なお顔をしてますね……」
「うん、かっこいい」
三人に褒められるのは嬉しいが、まじまじと見てくるので、何だか恥ずかしかった。
「とりあえず、今日はもう遅いから寝ましょうか」
リーナが窓の外を見ながら言った。
髪を切るのに意外と時間が掛かり、外はすっかり暗くなっていた。
「うん、三人とも今日は色々とありがとう。明日も迷惑かけちゃうと思うけど、よろしくな」
「全然いいわよ!ノエルには助けてもらったんだし、気にしないで」
「そうですよ、あの魔法は素晴らしかったです」
「うん、凄かった」
「あはは、ありがとう」
三人は「おやすみ」と挨拶をすると、自分たちの部屋に帰って行った。
ちなみに部屋は三人部屋をとっているらしい。
三人を見送り、静かな部屋で横になってみると、自然とため息が出た。
今日は本当に色々あった一日だった。
あの牢屋から出られたなんて、今でも信じられない。これが夢だったらどうしようかと不安になりながらも、疲れていた俺は瞬く間に深い眠りに落ちていった。
次の日、リーナに起こされ目を覚ました。
「ノエル!おはよう、よく眠れたかな?」
「ん……」
俺の部屋のカーテンを開けながら、すっかり準備の整ったリーナが、俺の顔を覗き込むように見ながら起こしてくれた。
目が覚めた瞬間、昨日の事が夢じゃなかった安心感と、リーナの顔を朝一番に見れた嬉しさで、俺はリーナに思いっきり抱きついてしまった。
「ノ、ノエル!?ど、どうしたの!?」
リーナが顔を真っ赤にさせて慌てているのが可愛かった。
「ごめん、リーナ。俺、目が覚めても牢屋じゃない場所でリーナと一緒に居られるのが嬉しくて」
「ノエル……」
リーナは一言俺の名を呼ぶと、俺の背中に手を回し、そのまましばらく俺のことを抱きしめてくれた。
俺が準備を整え、一階の食堂に降りていくと、エレナとキアラもすでに準備を終えて食堂に来ていた。
昨日の夕飯のように四人でテーブル席に座り、朝食を頼む。
朝食は決まったメニューらしく全員同じ物で、サラダとスクランブルエッグ、焼きたてのパンにスープだった。
朝食を食べているとリーナが、
「今日は最初にその枷を外しましょう」
と、言ってくれて、食べ終わるとそのまま街に出かけた。
リーナが連れて行ってくれたのは、昨日女将さんが枷を外せるかもしれないと言っていた、鍛治職人の工房だった。
街の大通りから外れた裏道に、小さな工房が建っていた。
入り口にはラグルド鍛治工房と書かれた看板がかかっている。
「すみませーん」
武器や防具が所狭しと飾られている店の中には誰も居らず、リーナが奥の工房の方に声をかけると、ちょっと強面の体格のいい五十代くらいの男が顔を出した。
奥で作業をしていたのか、汗を拭きながら出てきた。
「おぅ、らっしゃい!武器の注文かい?整備かい?」
「こんにちはラグルドさん。今日はちょっといつもとは違うお願いなんだけど……」
どうやらリーナ達はこの店の常連のようだ。店に入るなり、店主のラグルドさんと親しげに談笑している。
ラグルドさんは話を聞き終わると、俺の手足の枷をじっと見て、それから首の枷を注意深く観察し始めた。
「あぁ、手足の枷はただの枷だから、すぐ外せる。だが、首のは無理だな……こいつは特殊な魔道具か何かだろうな、枷自体にも魔法がかけられていて、傷一つ付けられそうにねぇ……」
「そうなの……」
「あぁ……取りえず、手足の枷は外してやろう」
ラグルドさんはそう言って、奥から大きなハサミの様な道具を持ってきて、枷の留め具を壊して、手足の枷を外してくれた。
手足に枷が無いだけで、随分と体が軽くなった気がする。
ラグルドさんは試しにと、首の枷の留め具も壊そうとしてくれたが、ハサミのような道具が首の枷に触れた瞬間、バチっという大きな音がして、ラグルドさんがハサミを持ったまま、吹き飛ばされてしまった。
壁際にある、武器などの商品が置いてある棚に勢いよく突っ込んでしまい、武器がガチャガチャと音を立てて、何本か床に落ちてしまった。
「ラグルドさん!!」
みんなが慌てて駆け寄ると、ラグルドさんは頭を擦りながら起き上がった。
良かった、大した怪我はしてないようだ。
「いてて……」
「ラグルドさん大丈夫!?」
リーナが心配そうにラグルドさんの顔を覗き込む。
すかさずエレナが回復魔法をかけるが、傷は擦り傷程度だったのですぐに治った。
「あぁ、大丈夫だ。ありがとよエレナ。しかし、やっぱり駄目だったか……この首の枷には、破壊を阻止する魔法か何かが付与されているようだな」
「……どうしたら外せると思います?」
「う〜ん……そうだなぁ……」
エレナの質問に、ラグルドさんは腕を組んで考え込んでいる。
「物理的に無理なら、魔法でこの枷を壊すか、かけられた魔法を外すしかねぇだろうが……そんな高度な魔法は王都の魔法学院の教師達か、宮廷魔導士達くらいしか使えねぇかもしれないな……あっ!王都の魔道具組合に行ってみるのもいいかもしれねぇな!魔道具の専門家達が集まっているから、解除方法がわかる奴がいるかもしれねぇ」
「どちらにしても王都ですか……」
エレナも顎に手を当て、考え込んでいる。
「……ありがとう、ラグルドさん!それなら王都を目指してみるわ」
「あぁ、その方がいいだろうな、こんな田舎の鍛冶師には、その魔道具は荷が重いぜ」
ラグルドさんはそう言って笑った。
手足の枷を外してもらい、俺たちは鍛冶屋を後にした。
枷が外れて、随分と体が軽くなった気がする。
「リーナありがとう、なんだか体が軽くなった気がするよ」
「首の枷もきっと外せるわ、王都までちょっと距離があるけど、私たちが一緒に行くから安心してね」
リーナがにっこり笑いながらそう言うと、エレナとキアラも笑顔で頷いてくれた。
「うん、頼りにしてる」
俺はこの三人に出会えて本当に良かった。
「リーナ様、この後はどうしますか?お昼にはまだ早いですし……」
「そうね……冒険者ギルドに行って、依頼の報酬受け取ったり、魔石の交換に……あと、今回の依頼者に会って、ノエルの事を詳しく聞きたいわ」
「そうですね……ノエルさんの事は気になりますもんね」
「……うん、行こう」
そう言ってさっさと歩き出したキアラを先頭に、俺たちは冒険者ギルドを目指す事にした。
鍛治工房のあった裏通りから、活気溢れる大通りに戻って、街の中心部に向かって歩いて行く。
しばらくすると、周りの建物よりも一際大きな建物が見えてきた。
そこが冒険者ギルドだとリーナが教えてくれた。
「ねぇノエル。冒険者ギルドに登録して身分証を発行して貰うと、街に入る時の通行税も免除されるし、魔物の魔石や素材もギルドで買い取ってくれたり、何かと便利なのよ。登録方法も簡単だし、ノエルの強さなら冒険者としてもやっていけると思うから、ノエルも登録してみない?」
「………うん……俺、よく分からないからリーナに任せるよ」
俺は生きて行くために覚える事が沢山ありそうだ…。