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少女と少女は鏡面世界をさまよう  作者: 江戸前餡子
第一章・魂の解放
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07・イルマ

「お〜ビチャビチャだなぁ」


 船が重々しく軋みながらゆっくりと沈んでいく。気泡がゴボゴボと水面に弾け、甲板を覆う冷たい海水が私の足元でちゃぷちゃぷと音を立てていた。私は視線を落とし、その濁った水面を見つめる。すると、まるでこちらを嘲笑うかのように、小さな魚が気ままに泳ぎ回っているのが目に入った。数週間もの航海で陸に上がれず、まともな食事を口にしていない仲間たちは、その魚を見つけて腹をさすりながらため息をつく。飢えた目が魚を追う姿が、痛々しくもあり、どこか滑稽でもあった。


「やはや、前の大陸で買い込んでおけば良かった。航海だけに後悔した」


 私の呟きは、風に混じって誰にも届かず消えた。塩辛い潮風が頬を叩き、髪を乱暴に揺らす。心の奥にじんわりと悔しさが広がる。


「イルマ、皆配置に着いた」


 甲板を踏む足音と共に、男の声が背後から響いた。少し緊張が滲んでいるのが分かる。


「そうか。オストラン騎士も、もうそろそろだろうし、チミも準備したまへ」


 私は目を細め、遠くの水平線に視線を投げた。胸の奥でざわめく不安を押し殺すように、声を低く保つ。


「帆は畳まなくていいのか?」


 彼が首を傾げて尋ねる。その声には、心配と苛立ちが混じっていた。


「あのねぇチミィ~、帆をわざと広げてるのは弓部隊を隠すためなのだよ。畳んだら駄目でしょうが」


 私はわざと軽い口調で返すが、心の中では彼の懸念が分からないでもなかった。

 帆がビリビリに破ける音を想像しただけで、彼らの不満げな顔が浮かぶ。張り替えるのは彼らの仕事だからだ。案の定、彼は「自分がやんないからって」と唇を尖らせ、ぶつぶつ文句を言った。


 その時、遠くにぼんやりと見えていた光の点が、徐々に大きくなり、光の主がはっきりと姿を現す。オストラン騎士だ。帆の布が風にバタバタとはためく音が、耳にやけに大きく響いた。


「ほらほら、良いから配置につけ~。合図したら動けよ」


 私の声は落ち着いていた。仲間たちもその落ち着きように、それ程のものなのかと緊張が和らいだ。


「了解」


 彼が短く返し、足音が遠ざかった。


 オストラン騎士たちは杖の先から光を放ち、甲板に立つ私たちを照らし出した。光が目に刺さり、私は一瞬目を細める。彼女らは人数を確認しているのだろう。ゆっくりと船に近づいてくるその姿は、重々しく威圧的だ。


「沈没でもしたのか?」


 その声は冷たく、どこか嘲るような響きがあった。オストラン城で務める者にしては、随分と呑気な質問だ。


 試しに、「そうなんだ、だからこうして止まってる」と困った顔を作って答えてみた。だが、彼女らの鋭い目が帆柱にこびりついたフジツボやコケを捉え、すぐに目を細めた。

 演技が通じる相手ではないと私は悟る。


「仲間はこれだけじゃないな?」


 騎士の一人が低い声で問う。その視線が船内のドアへと鋭く突き刺さる。私は内心で冷や汗をかいた。戦闘が船内で起きれば、本当に沈む。冗談じゃない。


「なあ、私たちはただ平和に大陸を目指してるだけなんだ。何も怪しくないだろ? あんたらだってこんな子供を殺すほど無慈悲な軍じゃないはずだ」


 私は平静を装い、声を柔らかくした。


「普通の子供なら、な。イルマ・コンカート、噂は色々聞いてるぞ。調子に乗りすぎたな」


 騎士の声が冷たく切り返す。私の名を知っている。それで覚悟が決まった。


「さっきまでのは演技か。海で死ぬのは嫌だな、私は海より山派なんだよ」


 私は苦笑いを浮かべ、心の中で合図のタイミングを伺う。


「来世ではいい子に育つ事だ」


 騎士の手が杖を握り直す。

 ため息をつき、「降参だよ、こーさん」と両手を上げ、握っていた杖をわざと落とした。杖がくるりと回転しながら落ち、水面を叩いてチャプンと水しぶきを上げる。その音が静寂を切り裂いた瞬間――それが合図となった。


 帆の裏から矢がシュシュッと放たれ、甲板に突き刺さる直前で爆発した。黒煙が広がり、視界を瞬時に飲み込む。私は魔力を消し、腰に携えた二本のナイフをスッと抜いた。仲間たちも一斉に動き、黒煙の中でナイフを手に、詠唱が出来なくなるように喉笛を狙う。金属が擦れる鋭い音が、煙の中で響き合う。


 黒灰の魔女という種族は、まず相手の魔力で敵を察知し、次に視覚で捉える習性がある。昔から魔族しか相手にしてこなかったからだ。だからこそ、私たちは魔法ではなく、アナログな戦法を選んだ。煙が風に煽られ、ゴオオと唸る中、私は確信する。これが正解だった。


「強みが返って(あだ)になったな、騎士さんよ」


 私の声は嘲笑に満ちていた。黒煙が強風にやっと吹き払われた時、甲板には立っている騎士は一人もいなかった。仲間たちは死体を物色し、「金目の物はないか」と笑い合う。その声音が妙に軽く、私の胸に引っかかった。


 死体の数を数え、私はハッとした。


「おい! 聞いていた人数と違う。まだ一人来るぞ。死体を弄るのはその後にしておけ!」


 私の叫びが風に乗り、仲間たちに届く。だが遅かった。オストラン騎士の装備を脱がしていた一人が、突然グサッと矢で射抜かれ、血が甲板に飛び散った。私は息を呑む。その戦法、その矢の軌跡――オストラン騎士でありながらこんな戦い方をする変わり者は一人しかいない。私がよく知る人物――


―― ドメだ ――


「運が悪いな」


 頬をスッと流れる汗が、心の余裕が消えた証だった。ドメの戦法が演技ではないと悟った瞬間、私は死を覚悟した。風がビュウと吹き抜け、海の唸りが耳に響く。

 黒々とした海面が揺れ、魔力の気配が濃くなる。私は身構え、次に何が飛んでくるのかと身を固くした。だが、その瞬間、ドメはすでに私の背後に立っていた。気配すら感じさせず現れたその速さに、背筋が凍る。


 彼女は畳み掛けてこない。楽しんでいるかのように余裕の笑みを浮かべていた。私は急いで間合いを空けようと跳び退いた。

 辺りに転がる全裸の死体を見渡し、ドメは「しっかし相変わらずの海賊っぷり」と呆れたように呟く、その声に冷ややかな響きがあった。


「ドメの方が昔はえぐかっただろ。子供でも構わず殺して金目の物を取ってたくせにさ。随分とまあお綺麗になっちゃって、やだやだ」


 私は挑発するように言い返す。


「あら、変われたかしら?」


 ドメの声は穏やかだが、その瞳は鋭く光る。彼女が後ろのドアを見やり、「エルフ、居るのね」と呟いた瞬間、私は全てを見透かされている気がして冷や汗が止まらなかった。


 一瞬の油断を見逃さず、私は水面を蹴り上げ、水しぶきをドメに飛ばした。すかさず間合いを詰める。だが、彼女は水飛沫を腕でガードせず、私の動きをしっかりと捉えていた。同類か。私は袖から杖を抜き、魔弾を放とうとした。だが、ドメの手のひらが杖先を弾き、ビュンッと魔弾が明後日の方向へ飛んでいく。


「考えが浅い」


 次の瞬間、膝が私の腹に突き刺さり、激痛が全身を貫き、身体が軽々と浮き上がる。逃げられないように胸倉を掴まれ、さらに上に持ち上げられる。「軽いわねぇ」と彼女は子供と戯れるような余裕の表情で、私を木の甲板にドンッと叩きつけた。衝撃で息が詰まり、木の軋む音が耳に響く。


「流石、私の師匠の師匠だ」


 私は咳き込みながら呟いた。痛みが全身を支配する。


「分かったのなら諦めてこの海域から出なさい」


 ドメの声は静かだが、絶対的な威圧感があった。


「あの魔物だらけの海を渡れと?」


 私は掠れた声で反論する。冗談じゃない。あの海域は水滴が落ちただけで癇癪を起こして襲ってくる魔物で溢れている。そんな場所をこの大船で渡るなんて、全裸でマグマに飛び込むようなものだ。


「そうなるわね」


 ドメの返答は冷酷で、私の心に絶望が広がる。


 彼女が知らないはずがない。この海域があるからこそ、他の海域がどれだけ危険かを。私は歯を食いしばった。「今夜は星が出ていないはずだけど」とドメが呟き、しゃがんで手を差し伸べる。私はその手を見つめ――


「私の視界はいつも真っ暗さ。光る物なんざ見えた事がない」


 そう言いながら手を引っ張り彼女を引き寄せ、胸ポケットからわざとらしく覗く筒をスッと摘み取った。


「これは……」


 私は言葉を失った。


「裏方を頼んだわよ」


 ドメが呟き、胸ポケットを軽く叩いて「こっちは任されたからさ」と格好つけて箒に跨った。水しぶきがザバッと舞い上がり、彼女は風を切って去っていく。私はその背中を見送り、呆然と呟いた。


「いつこんな破茶滅茶な航路を見つけたのやら」


 手に握った地図を見ると、オストラン海域ではない別の航路が記されていた。魔物はなく、しかも私が考えていたよりも早くルモー村付近の大陸に着くルートだ。風がゴオオと唸り、私の髪を乱暴に揺らす。私はその地図を握り潰しそうになるほど力を込めた。


 船底が砂浜をガリガリと掻き分け、上陸する。仲間たちは「ひさびさの陸だー!」「風呂に入れる~」と歓声を上げて跳ね回る。私はその馬鹿騒ぎを上から見下ろし、「おいおい、しっかりエルフも出してやれよ!」と叫ぶが、誰も聞く耳を持たない。舌打ちが漏れ、ため息が重く吐き出された。


 船内の一番下の階、腹の部分まで下りる。クジラのように巨大な船なのに、階段しかないのが面倒で仕方ない。ドメにやられた腰の痛みをさすりながら、やっとエルフたちの部屋に辿り着く。息が上がっていた。


「すみません、お待たせしてしまい」


 私の声は疲れで掠れていた。


 エルフたちは綺麗好きで、こんな場所は死ぬほど嫌う。長旅で我慢していたのだろう、小言もなく、むしろ優しさすら感じる視線を向けてきた。皆が出ていく中、一人が戻ってきて私の耳元で囁いた。


「イルマ殿、亜人と共に行動するのは控えた方がよろしいかと」


 その言葉の意味がすぐに分かり、私は苦笑いを浮かべた。


「心配しないでくださいよ」


 そう言って、スラっと背の高い男の腰を軽く叩く。


「軍というのには盾役も必要です」

「だからと言って、わざわざあんなの仲間にするのはリスキーかと。エルフの大陸に向かう前に、我々が殺されるのが目に見えている」


 男の声には焦燥が滲んでいた。


「大丈夫です。ああいう単純な人間の方が扱いやすくて良い。それに、反乱が起きるのも想定内ですから」


 私は懐から木製の筒を取り出し、軽く振った。中にはエルフの大陸へ向かう地図が入っている。まだ亜人族には見せていない。男はそれを見て、「船はもつんですか?」と顔を青ざめさせた。そのルートは魔物だらけで、死にに行くようなものだからだ。でも、その危険が彼らの暴走を抑える抑止力になる。


「船は大丈夫でしょう。そのための亜人族なので」


 私の声は冷たく、計算高い響きを帯びていた。


「もう計画は組まれていると?」


 男の瞳が揺れる。


「勿論」


 私は短く答えると、男は「貴女が怖いですよ」と苦笑し、他のエルフたちと一緒に船を降りていった。私は一人残され、呟く。「私もいつ捨て駒になるか分らんよ、なあリコリスちゃん」


 膝を抱え、右手首に刻まれたゴリアックファミリーのマークを不思議そうに眺める小さなリコリスに手を差し伸べる。彼女はこちらを見ず、鼻を鳴らして立ち上がった。


「もともとこの旅で、長生きするつもりなんてないくせに、私もイルマも、あの女の捨て駒だよ」


 リコリスの声は自嘲に満ちていた。


 「あの時の可愛いお前は何処にいるんだか」と私はわざとらしくため息をつく。


「私が一部の記憶をなくしているのを知っているくせによく言うよ」


 リコリスが冷たく返す。その声に寂しさが滲み、私の胸が締め付けられた。



 朝早く、ルイズが私の部屋を訪ねてきた。任務以外で来ることはないから、これは仕事だと直感した。だが、その内容に私は目を丸くする。


「ここから少し離れたワヴィン街、そこに反エルシリア派の一部が潜んでいるみたい。ゼロにはそこに入り、基地の中に武器があるか、全員の魔力量を記録してこい」


 ルイズの声は淡々としていた。


「こういうのは情報部隊に行かせるべきじゃ……」と言いかけたが、「まだ顔を知られていないゼロが適任なのですよ」と先手を打たれ、私は口を閉じた。反論の余地がない。


「私、魔法は使えない。3発ぐらいで身体がもたなくなる」


 私は不安を隠せず、声が小さくなる。


「知ってる。だからこれを持ってけ」


 ルイズが差し出したのは、ただのナイフだった。


「黒灰の魔女を相手に近距離で戦えと?」


 私の目には自信の欠片もなく、ルイズはそれを見透かしたように笑った。


「魔力をコントロールすれば、ゼロは近距離戦の方が強い。少しは考えな」


 私の頭を軽く突っつく彼女の手を払いのける。


「ハーカナから、仲間を全員殺されて撤退したって連絡が来たから、情報は出来るだけ多く収集するように」


 ルイズの言葉が重く響き、それ以上は何も言わなかった。


「奴らは戦争孤児を積極的に勧誘している」


 その一言を残し、私は渡されたボロ雑巾のような服に着替えるのだった。



 馬車に揺られワヴィン街へ向かう。車輪がガタガタと石畳を叩く音が、私の不安を増幅させた。


 街は朽ち果てていた。風が悪戯にヒュウと吹き抜け、崩れかけた建物から小石を落とす。だが、そんな背の高い廃墟からは、かつての栄華が感じられた。ワヴィンは城から馬車で2時間ほどにある、大きな街だった。今も残る無数の建物が、窮屈そうに隙間なく並び、道幅は大人が二人並べば埋まってしまうほど狭い。かつては「ダンジョン」と呼ばれていたらしい。


 寂れた看板がカタカタと揺れ、昔の活気が幻のように聞こえてくる。だが、現実は静かだ。人影はなく、自然が支配する廃墟と化していた。建物は苔や蔓に覆われ、緑に飲み込まれそうになっている。私はその風景に目を奪われながら歩き続けた。


「しかし反エルシリア派は何処に居るんだか」


 歩けども歩けど、人も基地らしきものも見つからない。疲れ果てた私は、石のベンチにドサッと腰を下ろし、ため息をついた。冷たい石の感触が尻に伝わり、途方に暮れたように空を見上げる。


「どうしよ」


 ここにホームレスがいないのは、建物が崩れる危険があるからだ。町や村ではワヴィンに入ることすら禁止されていると聞く。ルイズの言葉を思い出し、さらに重いため息が漏れたその時――黒い影が私の上に覆いかぶさった。背筋がゾクリと冷える。


「君、行くところがないのかい?」


 その穏やかな声に、ナイフに手をやりながら見上げると、紫のローブを纏った魔導士風の女が立っている。袖や裾にシルバーが巻かれ、手袋の甲には宗教的な模様が浮かんでいた。私は試しに「あなた誰?」と尋ねる。


 彼女はニコリと微笑み、「申し遅れました。わたくし反エルシリア派のベルでございます」と子供に対して丁寧に頭を下げた。私は心の中でガッツポーズをしつつ、平静を装って「行くところはないけど……何故?」ととぼけた。


「私の所へ来ませんか?」


 ベルの声は優しく、私を誘う。私は運よく反エルシリア派に接触できたことに内心で驚きつつ、彼女に導かれ基地へ向かった。


 基地はワヴィン内の地下、マンホールを開けた先だった。ベル曰く、「ここの地下は広く、オストラン兵に忘れられているから丁度いい」とのこと。アリの巣のように縦横に広がり、迷えば一生出られないほどの広さだ。だが、オストラン兵が使う前は下水道だったらいしが、そうとは思えない清潔感があり、ちょっと良い宿屋と言われても信じるほどだ。私の部屋の方がよっぽど下水道らしいと心の中で苦笑した。


「ここは子供が多いですね」


 私が呟くと、ベルが答えた。


「我々反エルシリア派は戦争で不幸になった人たちを救済する組織でもあるので、子供たちが大人よりも自然と多くなってしまうのです」

「そうなんだ」


 私はルイズの言葉を思い出し、自分の行動が正しいのか疑問が湧いた。心がモヤモヤと曇る。でも、正しいか間違っているか分からない今、私はルイズに従うしかなかった。


「でもこの場所も後数日間しかいないんですよ」

「何でですか?」

「ルモー村からあの方が私達を助けに来てくれるんです。それでエルフの大陸へ行き、綺麗な場所で生活するんです! 今じゃ、大人たちも子供みたいに心を躍らせています」


 ベルの瞳がキラキラと輝き、その純粋さに私の心が揺れた。


 ルイズの言う通り、反エルシリア派は希望に満ちていた。騎士や城下町の人々とは違い、人間らしさが溢れている。


「そうですか、エルフの大陸に……行かれるのですね。こういうお家は沢山あるんですか?」


 私は探りを入れるように尋ねた。


「いいえ、他はもう潰されちゃいました。エルシリアによって。アイツが居なければ、子供たちが不幸になる事もなかったのに」


 ベルの頬を一滴の涙が伝う。その涙は、私が知る大人たちのものとは違い、穢れのない綺麗なものだった。ここにいる人たちは本当に平和を望んでいる。でも、望むだけでは何も変わらないから、過激な行動を取る者もいる。それが正義か間違いか、私には判断できなかった。


「見方次第、か」


 私は呟き、周囲を見渡した。武器はなく、地図を見る限り、ここはただの避難所だ。


「どうされましたか?」


 ベルが心配そうに尋ねる。


「いえ、実は私、お友達を他の村で待たせていて、連れてきてもよろしいでしょうか?」


 私は嘘をついた。その時の締め付けるような胸の痛みは、目を逸らすことが出来ず、罪悪感を感じるのだった。


「子供を一人で行かせるわけにはいません。私もついていきます」


 ベルの言葉に、私は一瞬戸惑った。第三師団やメイド騎士が近くにいるかもしれない。外に出すのは危険すぎる。


「大丈夫です、私一人で行けます」


 私は慌てて言った。


「安心してください。こう見えて元メイド騎士なので」


 ベルの声は確固として、私の反論を許さない。


 心の中で、ニュークリアスの声が響く。


《まだ数分しか会った事のない人を庇って何の意味があるノ?》


 その嘲笑が頭に響き、私は(確かに、私は何をしているんだろう)と今までの感情が一気に消え去る。


「では、お願いします」


 外に出るマンホールを開けた。私が先に這い上がり、周囲を見渡す。誰もいない。沈黙が重く行き来するだけだ。


「では、行きましょう」


 ベルが続く。


「はい」


 私が胸を撫で下ろした。その瞬間――


 シュッと鋭い音が空気を切り裂き、一本の矢がベルの背中をグサッと貫いた。彼女が崩れ落ちる姿がスローモーションのように見えた。私は息を呑み、矢の飛んできた方向を目で追う。小さな人影が遠くに揺れる。矢に残る魔力の残り香で、誰がやったのか分かった。私は何とも思っていないはずだった。外に出た瞬間からこうなることは分かっていて、その結末に納得していた。でも、心がざわつく。


「後悔、か」


 私の呟きが、静寂に溶けた。

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