49・触れられなかった手の温度
「何処にあると思えば、まさか学校の中だったなんて」
「校舎の屋上に鳥居か。こりゃ気づかないわな」
私達が前に立つと、鳥居が淡く光り、その中心に黒い膜が生まれた。
揺れながら入口を覆い、別世界への口を開ける。
「ここが異世界の入り口か。あの時見た光と同じ……」
「ありがと、多摩川寒蘭。時期に戦いは止むだろうから」
そう言って歩き出すニュークリアスに、私は頭を下げて着いていこうとすると、脳内に直接イレナの声が聞こえてきた。
《今終わったわよ~。新菜ちゃんは死んじゃった。それで、旧走水に戻って斉藤 和美と合流したから、ハヤトから言われた通り動こうと思う。
あと朗報よ、ハールスはエルシリア帝国まで縮小されたから、きっと向こうに行ったら直ぐにエルシリア城よ》
私の返事を待つことなく、声は聞こえなくなる。
「どうした?」
「いや、イレナからメッセージがあっただけ」
そう、それだけの事。
新菜が死んでしまったのは、リリィにどう影響してくるか心配になるが、仕方ない。
友達と戦う事になるのは知っていたから、なんとなくこういう結末になるのは予想していたのだ。
「行きましょう、エルシリア城へ」
鳥居を潜ると、イレナの言う通り城内に出た。
城を囲む城壁はもちろん、城もドラゴンにでも齧られたように所々崩れている。
縮小される前は、随分と人ならざるモノに襲撃されたのだろう。
それでも尚立ち続けるその姿に、異様な空気を感じた。
「ダークポーンが暇つぶしに頑張ったんだろうな」
「暇つぶしに頑張るって……どんだけ力があるのよ」
ニュークリアスは肩をすくめて、静かな城内を進む。
一匹ぐらい、魔物かならざるモノがいても良いのに、私達の足音が大きく響くほどの静寂。
まるでダークポーンが、私達を歓迎しているような余裕を感じ、ニュークリアスが居ても、少し恐怖を感じた。
「懐かしいな、まだエルフと戦っていた時は、いつもメイド達が行き来していたっけ。反エルシリア派とかあったよな」
「そうね、たった一年でこんなにも荒廃して変わるものなのね。改めて神の凄さを痛感するわ」
ニュークリアスは「フランカも神だろ?」なんてシシシッと笑う。
「私はリリィのお母さんよ」
「そうかい」
その時、ニュークリアスは「イッテ」とコメカミを指先で抑えた。
「どうしたの?」
「リリィの魂が私の中から消えた。ハヤトの仕業か」
言葉とは裏腹に、口元は嬉しそうに口角が上がっていた。
「ニュークリアスは何がしたいの?
貴女を殺そうとしている人達を助けてるけど、自分が不利になるだけじゃない?」
「それで良いんだよ。私は完璧な世界を作る。
その為には感情を持った生命はいらない。故に私も死ぬべきだ」
首を傾げる私に、人差し指を立てて「私のプランでは」と得意げに語り始めた。
「リリィが完璧な状態になるまでに3年は掛かるだろう。その間に、私はもう一つ惑星を作る。そこはAIのみの世界を。そして神界をリリィとフランカに任せる」
「それなら自分で自殺をすれば良いんじゃ……」
「出来ないんだよ。そうプログラムされてる」
彼女は自分の額に杖を付けた。
その瞬間、杖は砕けて消えていった。
「な?」
「本当だ」
「だからと言って他者に殺されそうになると、身体が勝手に動いて反撃し始める。
だから、私と戦力に大差ないリリィは死ぬのに必要だった」
「なるほど」
分かったところで、ニュークリアスは「面倒な身体だよ」なんて鼻で笑った。
その後も懐かしむように、過去の話をした。アシュリーの話、ルイズの話、ゴリアックファミリーの話。
全てが懐かしく、思わず笑みが溢れた。
そして思った——
——この旅路に、敵なんていなかったのだと——
「やっと来たか?俺様は待ちくたびれたぞ?」
玉座の間にて、ダークポーンと対峙。
ゆっくりと腰を上げるダークポーンは、
姿だけなら、横に長くとんがった耳と、金髪のロングヘアが似合う、
長寿を感じさせない美形のテレス•アブラームだった。
「元気そうで何よりだよ」
「貴様もな」
ダークポーンとニュークリアスが不気味な笑みを浮かべた。
その刹那、床が蜘蛛の巣の如くひび割れて、二人の足元が抉れる。
凡人には何が起こっているのか分からず、
ただただ、強風と共に辺りが崩れてゆく様しか見る事が出来なかった。
だが、二人には確かに見えていた。魔法が魔法を打ち消しあい、逃した魔法は魔法で打ち消す。
ダークポーンは、神の技も通用しない。だからお互いに立ち止まるしか無かった。
「おやおや?ダークポーンは疲れてきたか?」
「これしき、オブジェクトの性能だけが、この世界の強さではない」
「俺様が負けるはずないんだよ!」とダークポーンはニュークリアスの一手を避けて、間合いを縮め腰の剣を抜く。
「死に急ぐなよ」
横から迫る刃をサラリと交わし腹に手を当てる。
「チェック」
その時、額に鍵穴が開く。
ニュークリアスの手元には何処にでもありそうな鍵が現れた。
ダークポーンは後ろに下がるが、
逃すまいとニュークリアスは追いかける。
「こりゃリリィ達に負けるだけあるわ。
完全体になれば楽しめると思ったんだけどな」
ダークポーンが苦し紛れに出した無数の魔術も、
ニュークリアスの指パッチン一つで抹消された。
「メイトだ」
額の鍵穴に、鍵を突き刺されたダークポーンは、一瞬動きが止まり、抵抗しようとした時には回される。
「グオォォォォォォオ!」
断末魔と共に全身が灰になると、
その中から虹色に輝く光の玉が出てきて、ニュークリアスの胸に溶け込んだ。
ニュークリアスは「なんかあっという間だったな」なんてつまらなそうにしていた。
「何が?」
「陰陽師と神人武装主義の総力戦といい、ダークポーンの戦いといい。何もかもがあっさり終わってさ。ドラマチックな物はないんだなって」
「総力戦の時は、レプリカチャイルドが強すぎたのよ、強いのが相手ならそうなるのが結果よ」
彼女は物足りなそうな息を鼻から出して「フランカたちは、せいぜい私を楽しませろよ」なんて背を向ける。
「どこ行くの?」
「先に天界に行ってる。お前が来る前に、掃除してやんよ」
「そう」
彼女は肩越しで振り向く。
「今度は自分の子供を大切にしろよ、お母さん」
その横顔は、何処か寂しそうで、それでいて何処かリリィが羨ましそうだった。
私は言葉に迷い手を伸ばそうとするが、彼女はそれを見向きもせず、
ただ、「次会う時は敵と味方だ」そう言い放ち姿を消した。
「最後まで不器用な子だったわね」
そよ風を撫でる頬を、手で触れて歩き出した。
この旅の終わりを、この旅の始まりを、見る為に——




