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少女と少女は鏡面世界をさまよう  作者: 江戸前餡子
最終章•そして鏡面世界は崩れる

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48・終哭ノ火鳥、最後の手つなぎ

 私はこの陰陽師が嫌いだった。

 力あるだけで、"普通"の日常から引き離されるから。

 私はこの陰陽師が嫌いだった。

 力が、その人の価値を決めるから。

 私はこの陰陽師が嫌いだった——


「綾、結衣。私は間違えてなんかないよね」


——友達とずっと笑いあえないから——


 私の、後悔にも似た呟き。

 それに翠は、「間違えも正しさも、この世にはない」そう隣に立ち、一緒に海を眺めた。


「イレナが到着した。そろそろ動くが、どうする?

 キーになってる生徒手帳を渡してここに残るか、覚悟を決めて共にいくか」

「……」


 こうなることは覚悟をしてたはずだ。

 覚悟してAランクになるために異世界へ行き、この時の為に身を潜めてきた。

 そう、覚悟してきた……はずだった。


「怖い」

「そうか、なら渡せ、それからもう私達の前に姿を見せるなよ」

「けど——」


 私は翠の方を見る。私の瞳に翠はフッと笑い、肩を叩いた。


「陰陽師の文化を今終わらせなくちゃ。そうしなくちゃ不幸な子たちが増える」

「私達のやることは正義ではない。

 魂の救済とかカッコよく言っているけど、解決ではなくただの解消さ」

「陰陽師を根絶やしにして魑魅を増やして人類をこの世から消す」

「そう、これは平和を模索する人類へのアンサーソング」


 後ろで整列する飯田組の皆に、翠は振り返り横目で私を見てから拳を上げた。


「最後まで命を私に預けてくれてありがとう。計画を練ってくれたリリィの為にも気張っていくぞ!」


 沢山の雄たけびに答えるように、岸壁にあたる波が高く白い水しぶきを上げた。



《上空、西の方角から飯田組が迫ってきています。飯田新菜も同行。

 ノアの箱舟が狙いと思われ、全員直ちに向かうべし》


 ついに来た。

 唇を噛んで拳を握る私に、綾は「行きますよ」そう立ち上がる。

 でも震える声は、覚悟の不十分さを語っていた。

 彼女もそうなのだ。同じ気持ち。だからこそ一緒に行かなきゃ。


「ああ。行こう」


 お互いに、何かにすがるように手をつないで、結界の膜が貼られつつ開く天井を見上げた。


《A・B・C・F班出る!》


 次々と陰陽師達が飛び上がる。

 そんな中、綾は「ありがとう」そうこちらを見ずに言った。

 たった一言だが、多くの意味を含んでいて、それでいて、この結末が最悪だという事を予感させた。

 私は握る手にギュッと力を入れる。


「馬鹿野郎。最後まで一緒だ」

「「大人になりまして、結婚などいたしまして……

 皆さまとお酒をいただきながら、昔話など語り合いたうございましたわね」

「そうだな。普通に年を取りたかった。生きたかったな」


 流れる涙が。地面に着き。弾けた。

 その刹那、カッと鋭い光が視界を奪う。

 次に視界が安定した時には私たち二人以外立っている者はおらず、目の前の人物にやはり動けなくなった。


「新菜……」


 呼ばれた彼女は、ずっと呟いていた。"私は正しい"と。


「貴女達に会えて、初めて陰陽師にも良い人が居るのだと思えた」


 ゆっくりと片手で握る杖を構える。

 

「陰陽師など人として数えるものではなくてよ。所詮、消耗品でございますもの」


 綾も札をホルスターから引き抜く。


「人じゃないから、陰陽師を増やすためには手段を択ばない」

「それが、貴方さまたちの本性でございましたのね……?」


 その時だった。突然私達の頭上から氷の塊が落ちてくる。


「烈火、翔べ——炎鳳(えんおう)!」


 間一髪で綾が放った炎の鳥が塊を砕く。が、砕けた氷のつぶてはきらめいた瞬間に赤く光り始めた。


「危ない!」


 詠唱は間に合わない。

 新菜の使っているのは異世界の技で、私には何をしているのかは分からなかった。

 けれど全細胞が悟る死の感覚が、私を動かした。

 握る手を引き寄せて綾を抱きしめて屈んだ。


「ちょっと!」

「背が高くて良かった」


 氷の塊は弾けて、無数の鋭い破片が私の全身を刺した。

 学生服から広がる生暖かい血に、綾は目を見開いてガタガタと震えていた。


「にげ……ろ」


 振り絞る声に、彼女は我に返り立ち上がった。


「逃げろ、ですって? 

 わたくしは最後までご一緒いたしますわ。

 ですから……せめて最後くらい、カッコ悪く足掻かせていただきますわね」


 倒れる私を肩越しに彼女は見て「上で待ってなさい」そう告げて床をタンッと蹴り間合いを詰める。


「ひとつ……願いを置いていく。

 ふたつ……想いを封じていく。

 みっつ……未来を託していく——」


 綾は襲い来る魔法を避けて、両手を広げて新菜にしがみついた。


「離して!離せ!馬鹿綾」


 綾を引きはがそうとするが、力が強く。

 熱くなる全身に息を呑んだ。


「気が狂ってる。逃げればいいじゃない!」

「ばーか……。貴女にだけ、つらい思いをさせるわけにはまいりませんわ」


 その言葉と、目の前で倒れている一香の姿に、新菜はもうどうでも良くなった。

 後は誰かが。そう、誰かが引き継いでくれるだろう。

 あの世で三人、楽しく過ごせるのなら。それが一番いいのだと。そう思ったのだ。

 新菜は綾の腰に腕を回した。


「——どうか、これが最後でありますように。

 終哭ノ火鳥(しゅうこくのかちょう)

 我が名を(にえ)として……静かに散れ」


 全身が膨れ上がり爆発するその刹那、綾の口が笑っている気がした。

 遠目から見ていたイレナは「ありゃ助けられないわ」とため息混じりに箱舟を出て行った。

 その背中を、誰も追いかける余裕はなかった。

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