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少女と少女は鏡面世界をさまよう  作者: 江戸前餡子
最終章(上)•惑星ハールス帰還
44/44

42・母、再び大地へ。彼方にいる娘のために

「それで恩師って人はどんな人なの?陰陽師?」


 ヨーグと再会できた私は、彼女が転移した時に助けてもらったという謎の恩師に会うため、町はずれのアパートへ向かっていた。


「変わった人、それしか覚えてない」


 恩師の話をしている彼女は、嬉しそうな顔は見せるのかと思いきや、相変わらずの無表情だった。恩師に助けてもらったというのに、ホームレス生活を選んだ疑問が胸の奥で引っかる。


「助けてもらったけど、信じられずに逃げた」


 彼女はそれ以来会っていないんだとか。正直不安になる一方だった。

 ヨーグさんの表情がピクリとも動く事がないせいで、何を考えてるかも分からず、お陰で私は緊張しっぱなしだ。


「名前は?」

「名前は……虚無楼 刹那(こむろ せつな)


 それって本当に名前ですか?


「自分で名前を言う時、ポーズを取ってた」


 彼女はそういうと、こちらを振り返り「こんな感じ」と戦隊ヒーローのようなコミカルなポーズをする。それを見てすぐに分かった。


「その人は厨二病だね」

「これ、恥ずかしい」

「あはは……教えてくれてありがとう」


 しばらく歩いて、やっとヨーグさんは「着いた」と足を止めた。


「この二階建てのアパート?」

「そう」


 今にも崩れそうなボロボロのアパートだ。壁に走る亀裂が、築年数を語っていた。


「来て」

「ここ上がるの?崩れない?」


 2階へ上がる為の階段は錆びの腐食が凄く、ところどころ虫食いのような穴がある。

 ヨーグさんは躊躇なく上がるが、上っている最中、終始軋む音がして、生きた心地がしなかった。


「203……あった」

「うわ〜呼び鈴もないなんて。時代を感じるね」


 ヨーグさんがドアをノックすると、隣と更にその隣の住人が出て来た。

 テレビでよく見たコントみたいな状況に、私はここの壁の薄さに唖然とする。


「そりゃ助けられたと思いきやこんな所に来たら、逃げ出したくもなるなぁ」


 出て来た住人はこちらを見るなり舌打ちをしてドアを閉じると、目の前のドアが開く。


「グゥーアッハッハッハー!」


 派手な高笑いと共に出て来たのは、短い髪を後ろに撫でつけ、六芒星の魔法陣がプリントされた眼帯。想像以上に凄い人物が出て来たと思いきや、服の方は白の肌着に半ズボンと、こだわりがあるのかないのか分からない男だった。


 そんな事より、ドアを叩いただけで住居人全員が出て来る程の薄い壁なのに、そんな高笑いを上げて怒鳴られないか思わず肩がすくんだ。意外にも出て来ないあたり日常茶飯事で皆慣れているのだろうか……


「この俺様。虚無楼 刹那様の城へ戻って来るとは、静寂ノ(サイレンス•)終焉者(リベリオン)……予言どぅおおおおおおりダッ!グゥゥゥゥゥウッハッハッハーーーー!!!」

「あの……居ませんよ?」


 虚無楼は「居るではないか」と天井の方を指差す。私はそっちを見上げると、ヒョッコリと頭を出して覗き込んでいるヨーグさんを見つけた。

 目が合うと、彼女は小さく手を振ってくれた。可愛い。


「流石だな」

「別に」

「それよりも――」


 私の方を見て虚無楼は「静寂ノ(サイレンス•)終焉者(リベリオン)よ。この妖刀・五月雨を背負った小動物は誰なのだ?」と、額をつっついて来た。


斉藤さいとう 和美かすみ、レプリカチャイルド」


 そうヨーグさんが説明してくれると、ズイッと顔を寄せて「ほ〜この鈍感ちゃんがなぁ」なんて、疑っている様に目を細める。


「鈍感?」

「鈍感だろ」

「鈍い」

「ヨーグさんまで!?」

「妖刀使い、今俺様が大声を出したのに、何故隣が怒りに来ないか分かるか?」


 分かるかと言われても……

 首を横に振ると、ヤレヤレと言いたげなため息を鼻から吐いた。


(いん)の力で壁を作っているんだ。故に!向こうは無音になっているの――ダッ!」


 大げさに変なポーズを決める虚無楼に、「お~」とヨーグさんは手を叩いた。

 最初は、ただの厨二病が抜けない中年の男だと思っていたけど、それが本当なら只者ではない。でも――


「でも陰の力は、破壊する事しか出来ないんじゃ?」

「クックック……それは洗脳だ。鈍感ガール。魑魅を憎む陰陽師が、陰の力は陽の力より劣ると思わせたいあまりに、若い陰陽師達を洗脳しているだけで、本当は陽の力と変わらない、いや、むしろ強い!なんせ札を使わないのだから。神戸山(かんとやま)半壊事件で使われたのも、陰の力だしな」

「確かに、魑魅も同じ陰の力を使っているのに、殺傷能力が無いってのは可笑しい話ですね」

「そういう事だ。そしてその魑魅の力、つまり陰の力を察する事ができない。いや、察する力量が無い貴様は……信じれないのだ――って痛い。痛いよ、弁慶の泣き所は蹴らんといて」


 私に失礼なことを言ったと思ったのだろう―― 実際、言ってるけれど ――頬を膨らませてヨーグさんは虚無楼の脛を蹴る。珍しく表情を変えてるのをみて私は少し驚いた。怒り方が可愛い。


「私の目に狂いはない」

「分かった、分かったから蹴らんといて」


 なかったように再びポーズを決めてから、虚無楼は指を一本立てた。


「条件――ッダ!生卵を買って来い、そしたら弟子にしてやる」

「え?弟子?」

「虚無楼は妖刀と陰の力の使い手。陰陽師から身を守るのなら、教えて貰った方が良い。絶対に」


 絶対にときますか……でもヨーグさんがそこまで言うのなら。

 ヨーグさんの実力を私は知らないが、不思議と信頼をしていた。無愛想な店主のお店の料理が美味しい様に、飾らない少ない口数が私をそうさせるのかもしれない。


「分かりました」

「決まりだな、ならば小動物よ!今すぐ買いに行くのだ!時間は16時まで!金は自腹で!」


 やる気満々に着いていこうとするヨーグに、「静寂ノ《サイレンス•》終焉者(リベリオン)はこの俺様とお留守番ッダ」と猫みたく首根っこを摘まれる。

 

「今は15時ジャストだけど、まあ急いだ方が良いだろう」

「あの……」

「どうした?」

「お金持ってません」


 虚無楼はため息混じりに「これで買ってこい」とポケットからクシャクシャの千円札を取り出した。

 この男は何処までもだらしがないのか。半ば呆れつつ私はスーパーへと向かったのだった。



 瑠奈の弟子入りの試験が突然始まった頃――

 私達は、猫の耳と尻尾をつけたメイドさん達が沢山いる喫茶店に来ていた——って何で?メイド喫茶に居るのでしょうか。


「あの……ハヤトさん?」

「どうした?」


 いや、どうした?って。どう考えてもここに来るのはおかしいでしょ!


「また転生転移の塔に向かうのは反対だけど、ここに来るのは間違いですよね!」


 私は周りを見つつ、パソコンを叩くハヤトに向かって小声でツッコむ。


「メイド喫茶の客層は、人間の時の記憶が抜けきれてない反転生派が多いけど、だからこそ、ここは魔女裁判をしてくる連中はいないんだよ」

「まあ、確かに安全そうっちゃ安全そうですねぇ」


 新さんは体験したいだけでしょうが!

 お店に入った時からだ。新さんの表情が緩んできたのは。しかも何を見ているのかと視線を辿るとそこにはメイドのお尻があり、思わず手が出そうになった。


「何してるんですか?」

「イレナに転移ポッドを送りたいんだけど……惑星に何もデータを送れなくなってやがる」

「いつの間にハッキングなんてしてたんですね」

「イレナが二回目のチキュウに降りる時、表向きは惑星ハールスと繋がるバグのゲートを消すUSBメモリーを渡したんだよ。それにウイルスが入っていて、プログラムが実行されると俺のパソコンで遠隔出来るようになるってわけ」


 だが、彼の顔には不安の色が漂う。やはり反転生派は念入りに考えているようで、せっかくメイドさん達が来ても、ハヤトは目もくれず、その代わりに新さんが鼻の下を伸ばしてデレデレと話していた。

 こんな新さんを見ていると、転生前がルイズだったなんて信じられないものだ。


「にしてもじゃない?パソコンの画面を見られたらどうするんです?」

「大丈夫だよ、覗き見防止対策はしてある」


 そう言って彼はパソコンの画面をこっちに向けた。確かに正面から少し角度を変えただけで、真っ暗になる。けど――


「そこまでするくらいなら家でやれば良かったんじゃないんですか?」

「言うと思ったよ。ここに来た理由はもう一つある」

「と、言いますと?」


 新さんにメニューをとらせて「これ」と指で示す。


「ご主人様の懐かしいあの場所へ、メイドさんと萌え萌えデート……って、もしかして簡易式転移装置があるって事ですか?」

「そう言う事。ただ――」


 と、説明を始めたところで、その簡易式転移装置を持ったメイドさんがやってきた。


「お待たせしましたご主人様!私と素敵なデートをしましょう!」


 しないわよ。


「ご主人様の思い出の場所に行けるなんてナナは嬉しいです!」


 今から行くのは戦場なんだが……


「でもご主人様。お気をつけ下さい。転移先で何らかの事故で死んでしまったら、この世界に戻る事は出来なくなるのですぅ。ですから、戻れなくなっても責任は自己負担でお願いしますね」


 可愛い声で恐ろしい事を言うなぁ。

 出された同意書を目の前にして、直ぐにサインをしようとしたが、脳裏でニュークリアスの顔が過り、鉛筆に伸ばした手が止まる。


「ハヤトさん、惑星チキュウは今どんな状況なんですか?陰陽師の中で問題になっていた半壊事件を巡って大事になっていると思うんですが」


 これが、もし犯人を討伐となった時。イレナを救おうとした私は確実に陰陽師を敵にすることになる。きっとイレナに対して陰陽師は一人で挑まないはずだ。半壊した山を前にした伊吹さんの反応からして。


「そうだな、あと九時間後には、イレナを倒す為に陰陽師達の総力戦が始まる。百鬼夜行以来の大戦になるだろうな。でも、それよりもっと厄介なのは、レプリカチャイルドだ」

「レプリカチャイルド……っは!忘れてたわ」


 何故そんな大事な事を忘れていたのか、自分を呪いたい。

 自分の大きな障害になりかねないと言うのに!


「完成したレプリカチャイルドは、リリィ・オストランをベースとして複製した物だ。つまり的にするのはニュークリアスに近しい存在、いや、感情の枷が無い分それ以上と言える」


 最後までリリィは兵器として存在することを選んだのか。


「気分が悪いわね。自分の娘が兵器にされるのは」


 あの子がそれを選んだとしても、私は平常心を保てずにいた。拳が白くなるまで握りしめて抑えるのが精一杯だった。


「ログを見ていると、惑星チキュウは、陰陽師派と、ニュークリアス派と、新たにでてきた、斎藤 和美(さいとう かすみ)派で別れてると言える。ヨーグは和美派だから、単独行動せず、フランカも和美の方に着いた方がいい、救わなくちゃいけない対象だしな」

「確かにそうね」

「ただ分からないのが、ニュークリアスの行動なんだよな。何故わざわざハールスに戻ろうとするのか……」


 思い出したかのように「あとダークポーンを蘇らせた理由もか」と指を鳴らす。


「ダークポーン?あの即席で作った魔物の?」

「そう、わざわざハールスのエルフ族の王を媒体にまた魂を吹き込んだんだ。あの魂に何があるのか……特別なプログラムが隠されている――というのは思えないが」

「もしかしたら、それがリリィが渡したUSBメモリーにあるとしたら?」

 

 すると、ハヤトさんの表情が曇り、「言いづらいが……」と話し始めた。私は掴みかけた希望が、手からすり抜けた感覚を覚えて、希望の無い現状に耳を塞ぎたくなる。


「文字化けをして読み込めないんだ。どんな言語も扱ってきたが、これは普通のプログラムじゃない。特別な機械で作られたものだと思うんだけれど……すまん、俺は分からない」


 画面をスクリーンショットした写真を見て、私も眉間に皺を寄せた。確かに見たことがない。いや、これを扱える機械自体ないだろう。


「ニュークリアスは、AI。もし独自に創造した言語だとしたら……どう?」


 ハヤトさんは顎を摘まんで唸った後、下を向いてしまった。

 伸し掛かる重苦しい沈黙。私はもうニュークリアスを倒すのは無理に近いのだと確信仕掛けた時——だった。


「あの~ご主人様、ナナはその言語を見たことがあるのです」


 意外な人物が、そのカギを知っているのに、私は思わず「は?」と一言が口をついて出た。

 ただのメイド喫茶のアルバイトが、何故そんなことを?到底信じられる発言ではなく。今聞くのは時間の無駄だと思い、口を開きかけたその刹那。ハヤトさんは顔を上げた。


「そうか!ナナって反転派のナナ・シマズか。聞いたことがあると思たら……」

「そーでーす!こう見えて戦えるメイドなのです!それだけじゃないんですよ!なんと、惑星チキュウを開発する時に、人間上がりの神も参加できるようにお願いしたのも私なんです」


 そうナナさんは私の方を見た。

 その視線に私の細胞は警告を鳴らす。逃げなきゃ。でも何処へ?気づけば客は全員こちらを見ていた。ここで逃げたら転生派の残党だと思われるだろう。


「そうだったのですね。でもこの文字化けだけで何故分かるの?」

「それは凍結前のニュークリアスさんがどんな会話をしていたか、どんな行動をしていたか、私的に興味があったからプログラムコードをコピーしたことがあるんです。その時に同じ文字化けが起きてしまって、ある機械を通していたのですよ」

「ならその機械を使えば——」


 言いかけて言葉が止まる。彼女は私の素姓を知っている可能性が高く、反転生派となれば必然的に敵になるはず。そんな人の言葉を信じていいのか?額から流れる汗からナナは悟ったのだろう。

 彼女は私の耳に口を近づけて「貴女には転生の借りがありますから。それだけは教えてあげます」と囁いた。


「仮想パソコンを使えば読み込めます。仮想パソコンのみ」

「って言ってるけど、心当たりはありますか?」

「いや……どういうことだ?」

「ふっふっふ~無理もありません。ニュークリアスに内蔵していたのは、ハヤトさんが作られた仮想パソコンのベースとなった、言わば始祖ですから。名前はGT-A0E01」


 その名前にハヤトは手を叩いた。


「あーはいはいはい!やっと分かった。でも、それがあるのはハールスのオストラン帝国の地下だ」

「ナナさん、このデートは時間制限はあるんですか?」

「制限はございませんが、一時間ごとに500万ギルになります」


 500万ギルというと、転生の仕事をしていた時の給料と同じか。今になってまともに貯金してこなかった自分を呪いたくなる。


「アンタなら貯金はそこそこにあるんじゃないか?」

「いや……浪費家だったので。全財産はたいても一日程度……ちなみに途中からお金が払えなくなったらどうなっちゃうんですか?」

「ご主人様の身体の一部を貰います。因みに身体の一つの部位で一時間となります」


 え?ここってメイド喫茶じゃなくて冥土喫茶?メイドの皮をかぶった悪魔じゃん。コワッ!

 イレナとヨーグと瑠奈を救うのに、一日だけで出来るかどうかなのに。それに加わり、ハールスのオストラン城に行くとなると、不可能だ。身体がいくつあっても足りない。


「ここはとりあえず、三人を救うことに専念した方がいい。イレナは財布のひもが固いヤツだったから、一か月くらい払える金もあるだろう。ハールスに行くならその後でもいいんじゃないか?」

「それができたら良いですけど……」


 私は鉛筆を持ち、サインする。ハヤトさんは「ニュークリアスが来るまでは、いつでも行き来はできる、冷静になれ」と、その記された名前に不穏な色を眉間に残しながらこちらを見た。


「ここから先の行動は神としてじゃない」

「どういうことだ?」

「私には聞こえるんです。これがニュークリアスの罠ではないことが。

 甘えたくてもどうやって言葉にすればいいのか分からないニュークリアスの気持ちが。

 たぶん、わざとハールスにある仮想パソコンでしか読み込めないデータを渡したのは、自分が神になる所を、産みの母である私に見届けて。それまで一緒に居たかったからじゃないんですか?

 けれど、彼女は破壊プログラムが故に、甘えるという感情をうまく言葉にできなかった。だから、ここから母として、エルシリア・オストランとして、あの子を見届ける 」


 ハヤトさんと新さんは顔を見合わせて苦笑した。

 止められるかと思っていたから、私は思わず首を傾げた。


「イレナの言うとおりだったな」

「えぇ、本当に。あの人の言う通りでしたね」

「え?」

「こうなることは予想していたんだ。だから良いぜ。その代わり絶対に三人を救え」

「分かりました。約束します」


 ナナの方を見ると彼女は、床にプレート状の簡易式転移装置を置いてそこに私と一緒に乗った。


「ではご主人様、楽しいデートにしましょうね!」


 彼女の眼は、明らかに敵に向けるソレだった。

 私はまだ人を殺したことがない。だから、その時が来たことを考えただけで、恐怖で頭が真っ白になりそうだった。けれど、覚悟を決めなくてはならない。娘を守るために。


「えぇ、始めましょう。私の、私達の——」


—— 救出作戦(デート)を ——

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