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少女と少女は鏡面世界をさまよう  作者: 江戸前餡子
最終章•そして鏡面世界は崩れる

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42/45

40・午前10:00

 飯田が真実を告げて動き出したその頃、神界では――


「もう、反転生派に乗っ取られましたね」

「まだ、神界はたった一か月しか経っていないはずなのに……。ここまで緻密に計画が練られていたなんて、恐ろしいわ」


 私は新の後を追いながら、Hと呼ばれる人物のもとへ向かっていた。


 神界は、かつての激しい動乱が嘘のように、今は静かな風を吹かせていた。けれど、その風に混じる冷たさは、焼け跡を隠せない焦げた匂いのように、確かに過去の傷を残していた。


「……残りは、私だけ、なんてね」


 石造りの壁に貼られた指名手配書。その紙には私の顔写真が晒され、破れかけた端が風に揺れていた。まるで嘲笑うかのように。


 広場の隅では、転生派の残党と見なされた者たちが捕らえられ、魔女裁判のような拷問を受けていた。裏路地で、その血の滴る光景を偶然目にしてしまった私は、無意識に呟いた。


「……神も人間も、結局は変わらないのね」


 自分でも気づかぬうちに声が零れた。リリィと別れてから休むことも、まともに食べることも許されず、ただ歩き続けてきたせいか。心が弱くなっていて、口にしたくない言葉まで零れ落ちてしまったのだ。


 新は振り返らなかった。ただ、聞こえないふりをしながら「天使達を直ぐに呼ぶことができて良かったですね」と穏やかに言い、私の手をぐっと握りしめた。その温もりが、わずかに私の冷え切った心を繋ぎ止めていた。


「……そうね。この子たちのお陰で、姿を隠すことができる」


 天使――下界の人間が想像するような翼のある人の姿ではない。実際には、翼を無数に広げ、全身を目玉で覆った真っ白な球体だったりと、人間の感覚では到底「神聖」とは言えぬ異形の存在。だが確かに神の補助を担い、かつて悪魔が跋扈した時代には戦場で恐るべき力を発揮したと伝えられている。


「ここを曲がりましょう」


 新が低く告げる。裏路地は徐々に狭まり、足音が反響するたびに、壁が迫ってくるような圧迫感があった。光は次第に途絶え、吐く息だけが白く浮かび上がる。辿り着いた頃には、辺りは薄暗さに支配され、大通りの人の声さえ霞んで消えていた。


「ここ?」


 新は静かに頷き、レンガの壁に手を当てた。だが、どうしたのかそのまま動かず、こちらを振り返る。


「ハールスで、ルイズとして仕えていた時に言いましたよね。『時が来たら、すべてを話します』と。覚えていますか?」

「え?……ええ、覚えているわ」


 あの惑星ハールスで、エルシリア・オストランとして転生した頃。自分がどう動けばいいのか迷っていた私に、彼女は確かにそう告げていた。


「これから会うHが、その“すべて”を話してくれます。だから、どうか落ち着いて……私を、Hを信じてください」


 妙に念を押す口調に、不安が胸を締めつける。


 これから会う人物に対する警戒心が、否応なく膨らんでいった。私は息を呑み、決意を込めて小さく頷いた。


 すると新は小さく笑い「なら、行きましょう」と壁に向き直り、レンガを一定のリズムで叩き始めた。


 ――カン、カン、カン。


 乾いた音が路地に響く。その直後。


「カニのジャンケン」


 壁の奥からくぐもった声。


「いつもチョキ」


 応答と同時に、レンガが擦れ合う重い音が響き、壁が弧を描くように開いていく。灰色の埃が舞い、暗闇から一人の男が現れた。


 その顔を見た瞬間、胸の奥で理解が走る。


 新が何度も「信じてください」と繰り返した理由を。


 そして男が放った第一声は、さらに深い疑念を植えつけた。


「……さすがイレナの複製だな。時間通りだ」

「イレ……ナ?どういうこと?」


 混乱する私を前に、男は薄笑いを浮かべて言った。


「まあまあ落ち着けよ、ヘッポコ神よ。先に自己紹介だ、俺の名前はハヤト。ハヤト・モリモト、よろしく」


 薄暗い光の下で現れた男は、目だけが異様にぎらついていた。


 声は低く落ち着いていたが、その裏に潜む毒のような響きが、背筋をざわつかせる。


「イレナと俺は……反転生派でも、転生派でもない」


 その言葉と同時に、レンガの奥へと手招きされる。私と新は互いに短く視線を交わし、慎重に足を踏み入れた。


 狭い階段を下る。石壁を流れる湿気が、指先にまとわりつくようだった。


 足音が「コツ、コツ」と響くたびに、胸の奥の緊張が重く積もっていく。


 やがて現れた鉄の扉が、鈍い音を立てて開かれた。


 中は、狭いワンルーム。窓ひとつない閉ざされた空間に、灯された裸電球が黄色く揺れ、壁の影を不気味に踊らせていた。


 中央のテーブルと四脚の椅子が、部屋の半分を占領している。


 ハヤトは椅子を引き、私と新を座らせると、ことさらに大げさな仕草で腰を下ろした。


「言うならば俺たちは“投資家”さ」

「投資家?」

「勝ち目のある方に着くだけだ」


 嘲笑うような笑みと共に、男の瞳が私を射抜く。


 胸の奥に、得体の知れない圧がのしかかり、呼吸が一瞬止まった。


「なら、何故これまで敵のように振る舞ったの?」

「決まってるだろ。下界の会話はすべてログとして反転生派に監視されてる。敵を騙すなら、まず味方からだ」


 その一言に、背筋が冷たくなる。


 なるほど――この男は、常に一歩も二歩も先を読んでいる。


「ヤナガは?ヤナガ・アツシは……反転生派。ですよね?」


 「そうだな」とハヤトは鼻で笑う。


「あいつはお人好しのアホだ。利用するには丁度良かったよ」


 ……周りをすべて見通しているような口ぶり。もしこれが虚勢でなく事実なら、神をも超越する存在といえるだろう。神は下界の生き物たちの思考を読み取ることができても、同じ神の思考は読めないはず。だが、それをも読み取ったかのように「ワクセイ・チキュウを創り、死んだ人間を神へ向かい入れる制度ができてから、俺とイレナは手を組んで計画をしていた」そうハヤトは椅子に深くもたれ、片肘を机に乗せながら自慢そうに胸を張っているのだ。


「なら……ニュークリアスに着いた方がよかったんじゃない?」


 問いかけると、ハヤトは口角を吊り上げて笑った。


「それだから転生派はすぐに潰されるんだよ」

「……」

「ニュークリアスは、完全体のままなら最強だった。だが神にするには肉体が要る。人間に寄生した時点で弱体化するのは目に見えていたのさ」


 低い声が一言ごとに突き刺さる。彼の目はすでに、人ではなく“駒”を見るようにしか映っていなかった。


「……でも、私に着くのはどうなのかしら」

「決まってるだろ」


 男の笑みが、不気味に歪む。


「リリィの母親だからだ」

「――っ」


 一瞬で空気が凍りつく。


 胸の奥で心臓が跳ね、冷や汗が額を流れ落ちた。


 ハヤトは手を打ち鳴らし、場を切り替えるように後ろの棚から一枚の紙を取り出す。


 それをテーブルの上に広げ、私たちの視線を紙へと誘導した。


「本題はここからだ」


 電球の光を浴びた紙には、複雑な図と文字が書き込まれている。


 その内容を一目見ただけで、背中を冷たいものが這い上がるのを感じた。


「今回の目的は――」


 ハヤトは紙の上に指を置き、トントンとリズムを刻むように叩いた。


「惑星チキュウの一部を切り取り、そこを新たな拠点にする。そしてリリィ・オストラン、谷瑠奈、イレナ・シーラ――この三人をそこへ移す」


 狭い部屋にその言葉が響いた瞬間、空気がざらついた。


 まるでその計画そのものが、神界の秩序を侵す禁忌の響きを帯びているかのように。


「ニュークリアスを倒すのは、その後だ」


 私は眉を寄せ、思わず身を乗り出した。


「でも、どうして今……ニュークリアスを殺さないの?」


 ハヤトは肩をすくめ、あっけらかんとした口調で答える。


「殺せないんだよ」


 その言葉の軽さに反して、声の奥には不気味な重みがあった。


「イレナからの連絡だと……ニュークリアスは魔法や神の技はすべて封じられたらしい。けど、体術がやっからしい。イレナが“大量に”存在すれば、話は別だが」


 私は息を呑む、ハヤトは椅子をきしませながら身を乗り出し、指で机をなぞった。


「つまりだ。イレナと、神の力を見通せるようになったリリィ――この二人が揃えば、勝てる可能性がある」


 「……でも瑠奈は?」私は声を震わせながら口を開く。「あの子はただリリィの友達なだけで、特別な力なんて持ってなかったはず」


 その瞬間。


 ハヤトの口元がゆっくりと吊り上がった。


「今は、な」


 背筋が凍る。


 その声色は、まるで瑠奈の未来を既に弄んでいるかのようだった。


「……まさか、あの子に何かをするつもりなの?」


 私の問いに、ハヤトは立ち上がった。


 近くに置いていたリュックを肩にかけ、扉の方へと歩き出す。


 そして振り返りざま、冷ややかに言い放った。


「大切なものを失わせて……迷いを消させるだけさ」


 その口元は、不気味な笑みに歪んでいた。


 光を反射する瞳は氷のように冷たく、息をするのさえ忘れそうになる。


「俺も、イレナも、手は出さない」


 ――なのに、声は血の匂いを帯びていた。


 私の喉がひゅっと鳴り、固唾を飲む音がやけに大きく響いた。



午前10時ーー

 風ひとつ吹かない、突き抜けるような青空が広がっていた。


 けれどその下の街は――まるで息を潜めるように、死んだような静けさに沈んでいた。

 アカデミーの広い教室。


 召集された陰陽師たちのざわめきは、低い重苦しい音となって空間を満たしていた。


 木製の机の表面に置かれた手が、小さく震えている。指先で机を叩き、無理に平静を保とうとする者もいた。


「……無事に、この任務を終えられればいいが」

「イレナと戦うなんて、正気の沙汰じゃない」


 弱々しい声が飛び交う、Sランク、Aランク――名だたる陰陽師たちですら、顔を曇らせ、互いに目を合わせるたびに小さな吐息を漏らしていた。


 無理もない。イレナは、陰陽術を超える力を有していた。山を半壊させる――それをたった一人で成し遂げる存在。


 戦うなど不可能だと、誰もが心の奥で理解していた。


「なあ、聞いたか? リリィって学生も……イレナと同じ技を使うらしい」

「そうだ、あの会長が直々に目をつけるほどの生徒だぞ」


 囁き声が連鎖し、ますます空気が重くなる。


 そのとき、教室の扉が開く音が響いた。


 コン、コン――と乾いた靴音を響かせて、校長と伊吹が入ってきた。


 その瞬間、全員の口が一斉に閉ざされ、張り詰めた沈黙が場を支配する。


 校長はゆっくりと視線を巡らせ、机を囲む全員の顔を一人ひとり見据えた。


 その眼差しに押され、呼吸が詰まる者もいた。


「リリィ・オストランと飯田新菜は、まだか?」


 静かな声だった。だがその響きは、雷鳴のように全員の胸を揺さぶった。


 一年生にしてSランクとAランク。彼女たちはこの場で最も注目される存在だった。


 「やはりイレナの仲間だったか……」と怒気を含む者もいれば、「そのまま母国に帰ってくれ」と祈るように呟く者もいた。


 その情けない彼らに、伊吹は額に手を当てて深い溜息を吐いた。その隣で校長は口を開いた。


「飯田新菜は、異世界探索に参加しただけでAランクを得た。実力としては、まだBにも届かない。だから今回は参加しない」


 机を囲む者たちがざわつきかけたが、伊吹の冷たい視線に押し黙る。


「校長……ではリリィは? 彼女について、何かご存知ですか」


 問われた校長は、肩をすくめ、短く答えた。


「僕にも分からない」


 その一言が、場をさらに重く沈ませた。


 伊吹は心の奥で思った――やはりリリィは“黒”か、と。


 だが同時に、あの殺気を思い出す。


 勝てないと悟ったからこそ、心のどこかで「白であってほしい」と願ってしまう自分に気づき、唇を噛んだ。


 混沌とした思惑が交差する中。


 ――ガラリ。


 突然、扉が開く。


 その音は銃声のように響き渡り、全員の意識を弾き飛ばした。


「すみません、伊吹会長。……遅れてしまって」


 姿を現した飯田に、一同は安堵の息を漏らした。


 しかし――その後ろから、小さな少女が歩み出た瞬間。時間が、ねじれたように遅く流れ始めた。


 吐き出される息が白く見えるほど、教室の空気は凍りついた。


 少女の周囲から、濃密な“禍”が溢れ出し、教室の空間そのものを支配していく。


 その存在感は鬼にも等しく、ただ立っているだけで巨大な影に睨まれたような圧を放っていた。


 身体が石のように固まり、誰一人として動けない。蛇に睨まれた蛙――その比喩さえ生ぬるい。


 だが、脳の片隅にはまだわずかな疑問が浮かんだ。


 ――なぜ、飯田義明は、この少女の隣に平然と立っていられるのか。凍りついた空気の中で、少女はわずかに口元を歪ませた。


 だがすぐに平静を装い、涼しい声で告げた。


「リリィ・オストランも参りました……って、皆さんそんなに驚くことありますか?」



「午前10時、そろそろ始まったかなここから90M離れたビルの屋上から、ここは見えてるのかねぇ」


 壁の時計を見ては「ヤツは老眼だからな」と少し心配しながらなるお腹をさする。


 ファミレスという場所の空気は明るく賑やかで、子どもが笑い、食器が触れ合う甲高い音が混じる。


 私は窓を少し開け、風に乗って漂う油とソースの匂いを胸いっぱいに吸い込み、テーブルいっぱいに並べられていく料理を眺めては、喉の奥から涎がこみ上げてきた。が、そのとき――


「やっぱり、本物はこっちにいたか」


 背中に「クシャ」と乾いた紙の感触。同時に、刃物を突き立てられたかのような殺気が背骨を走った。


 それが“札”だと気づいたが、私は動じず、グラスの水を一口飲んでから低く答えた。


「まあ、伊吹。向かいの席に座れよ」


 彼は驚くほど素直に腰を下ろす。意外さに眉を上げるが、直後に運ばれてきた細長い物が盛られた皿が視線を奪った。


「おい矢吹!これはなんていうんだ? 細長い……枝みたいだ」

「それはポテトフライ、初めて見るのか?」

「初めてだ!ポテトフライかぁ。矢吹も食え!腹減っただろ」


 矢吹は一瞬だけ警戒を残しながらも、指で一本摘み口へ運ぶ。その姿に堪えきれず、私は肩を震わせて笑った。


「殺しに来たくせに食うのかよ」

「今日は太陽が上がる前から何も食ってないんだ。それに直ぐ殺せる」


 そう言い、背中を指差す。札の存在を誇示するように。だが私は箸を置き、口角を上げた。


「殺せる。か――チェスをしないか?」

「チェス盤どころか駒もないが?」

「お互いに駒はもう揃ってる。午前3時46分、ルークの飯田義明をノアの方舟へ」


 矢吹は目を細める。


「そういうことか……だがそのルークは俺の駒だ。ルークのおかげでポーンのレプリカチャイルドを作ることが出来た。午前4時からポーンは配置される」


 私は頬張っていたハンバーガーを吹き出しそうになる。笑いが込み上げ、息が詰まった。


「なんだよ」

「自分の駒も分からないようじゃ、矢吹の帝国は直ぐに崩れる。午前6時にて、こちらのポーン――アタッシュケースを配置完了」


「アタッシュケース……あぁ、あの魑魅をできるケースか。でも残念ながらそのアタッシュケースは二日前の海中探索で、新名・一香・綾の三人組が見つけた一つのお陰で。他の団にも呼び掛け、回収作業が行われた。今やその200体のポーンは、無い」


 矢吹が、まるでこちらの駒をとるように、大きな手でポテトを鷲掴みにし、自分の皿に山のように積み上げる。


 私は驚きもせず、むしろ予定通りの行動に、込み上げる笑いを必死に飲み込んだ。


「そりゃ……ご苦労様。それで?」

「それで?お前はただのポーンだと思うが、現実の戦争では小さなポーン一つが盤上を揺るがす。夕方、神戸市の神戸山に後衛部隊。ランクBの陰陽師を入江市の海浜公園近くの民家へ」


「ランクB? 一香と綾が配置されてるのか。明日、大量の同胞を虐殺する義明を見た綾は、どっちにつくかな?――午前10時、クイーンのイレナをアカデミーへ。さっき小さなポーンを取られたら盤上は揺らぐと言ったな?この時点で大量のポーンをお前は失うだろう」

「だが神人武装主義はこの時点で消滅する」

「それはどうかな? 午前11時40分、陰陽術を使えるルークの新菜を筆頭に数十人の飯田組が、旧走水底砲台跡に到着予定」

「ルークもクイーンも遠くに置き、死に急ぐか。チェックだ――キングの俺がここ、ファミレスにいる。異能力、使えないんだろ? 理由は知らないが」


 矢吹の目が細まり、血の匂いを先取りするように空気が張り詰める。


 だが私はニッと歯を見せて笑った。


「私もチェックだ。勝利を目前にした人間ほど脆い」

「逃げ場がないのに、随分口が達者だな。死ぬのがそんなに怖くないか?」

「十手先を読む者こそが勝者だ。お前は私と会った時、背中に札をつけたが――それは遅い」

「遅い?」

「ナイトはそろそろかな」


 私はそっとパフェを持ち上げ、テーブルの下へ避難させた。


 次の瞬間、開けていた窓から矢が弾丸のように飛び込み、矢吹の頭蓋を貫いた。


 音もなく糸の切れた人形のように崩れ落ちる矢吹。


 テーブルに倒れ込んだ体から血が走り、通路に鮮やかな赤を広げた。


 喧騒に包まれていた店内は一転、凍りついたように静まり返り、客たちは悲鳴とともに出口へ殺到した。


「私にとってのキングはお前じゃない。――ノアの方舟だよ」


 静寂の中、私はパフェをすくい、口に含んだ。


 ひんやりとした甘さが広がり、無意識に声が漏れた。


「……これ、美味しい」


 その呟きは、空っぽになった店内にやけに大きく響いた。


 遠くから近づいてくるパトカーのサイレン音に、私は小さくため息を吐き、席を立ち出口へ向かおうとすると、窓から影がひとつ伸びた。


「私も旧走水へ向かうよ」

「お疲れさん」

「意外と身体は覚えてるものだな」

「元アーチェリー選手って本当だったのね。感心したよ――」


―― 飯田 翠 ――

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