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少女と少女は鏡面世界をさまよう  作者: 江戸前餡子
最終章(上)•惑星ハールス帰還
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39•盤上に立つ、新たな駒

―― 私はいつも同じ夢を見る ――


「ねえ、何処に行くの?」


 冷たい部屋、円柱水槽の森を誰かに手を引っ張られて走る夢。無機質なガラスの壁に閉ざされた水槽が、無数に連なる薄暗い空間。そこに浮かぶ人影が、まるで幽霊のように揺れている。私の心臓は激しく鼓動し、濡れた服が肌に張り付いて冷たく重い。足元では水が跳ね、チャプチャプと不気味な音が響く。後ろから聞こえる無数の足音――ドタドタと荒々しく、まるで獣の群れが追い詰めるように迫ってくる。私は息を切らし、恐怖に足がもつれそうになる。


 手を引く人は、振り返らずに叫んだ。


「外の世界は、楽しい事や美味しい物が沢山あるの。11だけはそこに行って欲しい私の分まで生きてほ――」


 その言葉は、鋭い破裂音とともに途切れる。空気が裂けるようなヒュッという音。次の瞬間、彼女の背中に氷の礫が突き刺さり、鮮血が霧のように舞う。陰陽術だ。私の手を握っていた力強い指が、ゆっくりと離れる。彼女の身体が宙を舞い、水槽に叩きつけられる鈍い音が響いた。私はその光景に呼吸を忘れて足が止まりそうになる。彼女は血に濡れた唇を震わせ、残った力を振り絞って叫ぶ。


「突き当たり右に曲がれば、外へ繋がるダクトがある!」


  その声は掠れ、だが力強く私の心に突き刺さる。彼女の目は、恐怖と希望が交錯し、かすかに微笑む。私は涙をこらえ、彼女の言葉を信じて走った。


 最後に肩越しに振り返った瞬間、彼女の姿が脳に焼き付いた。大人たちが鬼のように彼女の髪を掴み、引きずる。彼女は必死にもがき、苦痛に顔を歪めながらも、私を逃がすために耐えている。その姿が、冷たい水槽の光に照らされ、まるで壊れた人形のようだった。


 そこで、夢は終わる。



「またあの夢……」


 目覚めた瞬間、胸の奥で何かが締め付けられる。部屋の空気は重く、静寂が耳に刺さる。ベッドの上で握り潰したシーツが、汗で湿っていた。床に落ちていた写真――レプリカチャイルドが保管された水槽が写った一枚――を拾い上げて、しばらくジッと見つめ、この写真を、探偵から貰った時から、忘れていた記憶が鮮明に蘇ったのだ。反対の手のひらに握りしめたピンク色のコンパクト。その滑らかな感触が、リリィちゃんの温もりを呼び起こす。あの時、彼女を掴めなかった右手が、今も震える。


「まだ2時間しか経ってないのかぁ」


 時計の針の、冷たく時を刻む音が薄暗い部屋に響く。現実から逃げるように、私はベランダに出た。月が銀色の光をコンクリートに投げかけ、夜の冷気が頬を刺す。部屋の暗闇にいると、心が押し潰されそうだった。静寂が、私の記憶を執拗に掘り起こすからだ。


「私もアニメの魔法少女みたいに、突然強くなれたら」


 リリィちゃんにあげたこのコンパクトは、私の好きなアニメの主人公が変身する為の道具を模した物だ。ピンクのプラスチックが月光にきらめく。肌身離さず持っているのは、いつか主人公のようになれるかもしれないという、ありえない希望だ。それでも、この小さな玩具を握るだけで、心が軽くなる気がした。「私はいつか強くなれる。今はまだその時じゃないだけ」――そう思うと、胸の重さが少しだけ和らぐ。


「私も健太(けんた)くん達みたいに力がなければ、こんなに苦しまなかったのかな」


 夜空を見上げる。星は雲に隠れ、ただ深い闇が広がるだけだ。私の声は、夜の静寂に吸い込まれ、答えは返ってこない。中途半端な力しか持たないから、こんなにも心が締め付けられるのだ。


「私の本名は谷 瑠奈(たに るな)じゃない。でも、どうすれば……」


 「なんであの女の人は、私にこんな写真を渡したの」――呟いた瞬間、後悔が波のように押し寄せる。視界が揺らぎ、涙が頬を伝う。思い出さなきゃ良かった。


「リリィちゃんみたいに力があれば。なんでも壊せる力さえあれば――」


―― 陰陽師を恐れずに済むのに ――


 ベランダの柵を握る手に力が入り、金属の冷たさが指先に食い込む。奥歯を噛み締め、ギリッと音が頭蓋に響く。優しさが真の強さだなんて言葉を思い出すたび、苛立ちが胸を焼く。強い者だけが、そんな甘い言葉を吐けるのだ。


 溜まった感情を夜空に吐き出そうとしたその瞬間――


「間違い……か」


 頭上から、鈴のような声が降ってきた。驚いて顔を上げると、ベランダの柵の上に一人の少女が立っていた。月光に照らされた白い肌が、まるで雪のように輝く。彼女の瞳は銀色で、どこか寂しさを湛え、まるで夜空そのものを映しているようだ。私の心は、なぜか警戒せずに彼女を見つめた。リリィちゃんと同じ、柔らかくも鋭いオーラを感じたからか。それとも、ただ誰かと話したかったからか。


 少女は柵から飛び降りようとするが、肩越しに私を振り返る。と、どうしたのか彼女はゆっくりと近づき、私の顔を覗き込む。銀色の瞳が、私の心の奥底を覗き見た。息が止まるような圧迫感に、私は思わず後ずさりそうになる。


「どっ、どうしたの?」


 声が震え、喉が乾く。


「貴女、私と同じ、つまり同類」


 彼女の声は静かだが、鋭い刃のように心に刺さる。


「誰なの?」


 私は必死に言葉を絞り出す。


「名前はない、貴女もそうでしょ?」


 彼女の言葉は、まるで私の存在を暴くように響いた。


「私は。私の名前は斉藤 和美(さいとう かすみ)、これが本名。まあ、今はもう無いようなものだけど」


 自分の声が、どこか遠くで響いているように感じた。


「可哀想」


  彼女は無表情で呟く。人形のような顔に、瞬きをしない銀色の瞳が、まるで機械のような無機質さを感じさせる。だが、その奥に隠れた何か――同情か、共感か――が、私の心をざわつかせる。


 彼女は柵に背を預け、月光が彼女の髪を銀に染める。「復讐したいとは思わないの?」 彼女の声は、まるで夜風のように冷たく、しかしどこか誘うように響く。


「それが出来たらしてる。私は失敗作だから陽術も妖術も使えないんだ」


 私の声は、悔しさと無力感で震えた。胸の奥で、燻る怒りが熱くなった。


 少女は黙って床を見つめる。その無言が、私の心をさらに掻き乱す。彼女は何を考えているのか、まるで読み取れない。


「力が欲しい?」


 彼女の言葉は、重い鉄の扉が軋むような響きを持っていた。まるで私の魂に直接問いかけるようだ。


 私は即答できなかった。リリィちゃんの言葉が、脳裏に蘇るのだ。「戦うな、力を持つな、恨むな、笑顔で優しい子のままでいてね」――自分の力を後悔した弱々しい背中に、あの横顔が、私の思考を縛った。彼女は正しかったのか間違っていたのか。迷いが胸を締め付ける。と、その刹那、夜風が髪を揺らし、冷たい感触が頬を撫でる。まるで相手の言葉ではなく、自分の心と向き合えとでも言うように。


「雪だ」


 少女が小さく呟き、手のひらに雪を受け止める。白い結晶が、月光にきらめきながら溶けていく。12月後半の関東で雪は珍しい。その光景は、まるで運命が動き出す予兆のように感じられて、私は目を細めた。心臓がドクンと高鳴る。これが、最後のチャンスかもしれない。そう思った。


「力が欲しい。どうしたら良いの?」


 私の声は、風に消えそうに弱々しかった。


 だが、聞いた本人は小さく頷く、ただそれだけだった。彼女は雪が降る夜空に視線を投げ、静かに私の隣に立つ。その存在が、まるで月のように冷たく、しかしどこか温かい。


「ねえ。どうしたら良いの?」


  私は思わず尋ねた。声が震える。


「まだ貴女には迷いがある。よく考えて」


 彼女の答えは、シンプルで、しかし心に深く突き刺さる。


 一拍置いて、彼女はゆっくりと口を開く。


「私を助けてくれた人が、途方に暮れていた時に言ったの、自分に似た人が居たら、私みたいに助けてやれって」

「それって、別の世界のお話?」


 私はなぜか確信していた。彼女がリリィちゃんと同じ世界から来たのだと。理由はわからない。ただ、心がそう告げていた。


 少女は小さく頷き、目を細める。


「私を助けた人は、その世界を惑星ハールスと呼んでた」


 その声には、懐かしさと哀しみが滲む。


「リリィ•オストランって知ってる?」


 私は胸の鼓動を抑えながら尋ねた。


「話だけだけれど、助けてくれた人がよく話してくれた。あの子もまた私と同じ、作られた子」


 彼女の声は、まるで遠い記憶を辿るように静かだった。


「リリィちゃんは私の友達なの、昔何があったの?」


 私の声は、切実さに震えた。


「リリィ•オストラン、別名ゼロ。オストラン帝国軍の王女でありながら、産まれてから直ぐに地下室で土人形(ゴーレム)に育てられて兵器として洗脳され、反乱軍の不審船に乗り込んだりしていた。アシュリー•バレッタという慕っていた人が自殺してから変わったって言ってた。いつも苦しそうな顔をするようになったって。今でもきっと、苦しんでるはず」

「どうして分かるの?」


  私の声は、まるで叫びのように鋭かった。


「身体だけは生きているのをみたから。助けなきゃ」


 彼女の声は、氷のように冷たく、しかし確かな決意が宿っていた。


 少女は私の部屋の奥を凝視する。その視線は、まるで何かを探すように鋭い。やがて、彼女は夜空に視線を戻す。


「力がある人が必ず幸せになるとは限らない。知り合いを、家族を敵にするかもしれない。まともにベッドで眠れる保証もない。精神的に眠れない時もあるでしょう。私のこの世界でやる目的は、大人の都合で、戦争の道具として作られた子供達を救い、この世界で行われているレプリカチャイルドの研究とその施設を抹消する 事。私一人じゃできないし、目標を達成したその先に待っているのはハッピーエンドとは限らない。あるのは新たな戦争かもしれない」


 その言葉に、胸が締め付けられる。彼女の横顔が、リリィちゃんの姿と重なる。少女もまた同じ道を辿ったのかもしれない。言葉の重みに、喉元まで来ていた言葉が潰される。即決ができなかった。それが今の自分の覚悟の薄さだった。


「貴女が頑張らなくても良い。他に変えの駒はあるのだから」

「でもそれじゃーー」


 少女は「死んでも同じ思想の駒が引き継いでくれる。ただそれだけの事」そう拳に握った宝石を手渡した。


「私は、もし貴女になれたなら、力なんて望まない」


 そう吐き捨てるように言って柵から飛び降りて、家々の屋根を飛び越えて闇夜に消えていった。


「そんなの。力があるから言えるんだよ……」


 私は、ピンク色に透き通る宝石をキュッと握りしめて、少女の消えていった先を見つめた。いつまでも。いつまでも。



「新菜。あの方に予期せぬ事態が起きた、朝の10時までにはこの場所に行きなさい」


 ベンチに腰掛ける私は、冷える夜に白い息を吐く。渡された紙切れを握りしめ、指先が冷たく震える。「プランBね、了解」と呟き、紺色の空に紙をかざす。朝焼けの薄い光が、紙の端を赤く染める。私の心は、期待と不安で波打った。


「ついに人神武装(じんじんぶそう)主義(しゅぎ)が陰陽師に勝利する」


 校長の声は、夜の静寂に響く。まるで、自分を励ますように力強かった。


「でもどうするのよ、私が突然消えたら問題が起きるんじゃないの?」


 不安が声に滲む。胸の奥で、何かが重く沈む。


「晃先生は勘づくかもしれないけれど、きっと新菜よりもあの方を狙う」


 標的にならないのは有難いけど、そう簡単にいくのか不安だった。


「東経:139度 43分 54.5671秒、北緯:35度 15分 55.3737秒……」


 私は座標を呟き、頭の中でその場所を思い浮かべる。旧走水低砲台跡。荒れ果てたコンクリートの廃墟、潮風に錆びた鉄の匂いが漂う場所だ。


「旧走水低砲台跡、魑魅が多くて、精霊が少ないから陰陽師の目にもつかない、安心しなさい」


 校長の言葉に、かすかな安心感が胸に広がるが、すぐに別の不安が押し寄せた。


「でもパパは?」


 私の声は、思わず弱々しくなる。校長は実の父親ではない。それでも、彼は私を捨てずに育ててくれた。心の奥で、霧のような重い感情が渦巻く。


「僕は校長として生徒達と共にいかなきゃ」


 彼の声は、静かだが、決意に満ちている。


 涙がこみ上げるが、「一緒に逃げよう」とは言えなかった。校長は私の気持ちを悟ったのか、強く抱きしめる。その腕の温もりが、胸を締め付ける。「中途半端な父親でごめんな」と呟く彼の声は、掠れていた。


「そこは"絶対に帰ってくる”とか言いなさいよ」


 私は強がりを言うが、声は震えていた。


「ごめん」


 校長の声は、まるで別れを告げるように重い。彼は私の足元に()()()()()()()()()()を置く。金属のケースが、コンクリートの地面にカチンと音を立てる。


「翠のおばあちゃんも一緒に逃げてくれるけど、もしもの事があったらこれを」


 彼の言葉に、私はアタッシュケースを見つめる。心臓がドクンと高鳴る。「もしも」が起きないことを願うように、「大丈夫よ、きっと」と呟く。


「きっと新菜は、向こうに行ったら魑魅を捕まえる任務が与えられるだろうけれど、無理せずな」


  校長の声は、優しく、しかしどこか遠い。


 言葉が続かず、気まずい沈黙が流れる。校長は耐えきれず、「もう行きなさい」と微笑む。その笑顔は、私を安心させるためのものだとわかっていた。


 別れ際、なんて言葉を返せばいいのかわからない。私は必死に言葉を探し、「校長先生も気をつけなさいよね!」と笑顔で叫ぶ。陰陽術で大きなカラスを呼んで、紺色の空へと飛び立つ。背後で、校長の姿が小さくなっていく。風が耳元で唸り、締め付けられる様に痛む胸を抑えながら明けゆく空を見つめた。



 円柱形状の水槽が無数に並ぶ、薄暗い倉庫のような部屋。ガラスの表面に映る青白い光が、まるで幽霊の息吹のように揺れる。僕は水槽の中で眠る少女を見つめる。いや、性格には少女ではない。実験の成果を見ていたのだ。心臓が高鳴り、胸の奥で興奮と畏怖が混じる。数百年にわたり温めていた研究が、今ここで結実したのだ。ガラスに触れる指先が、冷たく震える。


「リコリスさん、感謝します」


 僕の声は、静かな研究室にこだました。


 歩き出そうと水槽から視線を外した瞬間、背後から「お疲れ様です、バルトロさん」と静かな声が響いた。研究員たちのキーボードの音が一瞬止まり、部屋に緊張が走る。


「これはこれは飯田さん。ようこそノアの方舟へ」


 私は振り返り、飯田の姿に目をやる。朝も早いと言うのに、はっきりと見開いた生き生きとした瞳に、元科学者らしい鋭さを感じる。それとは対照的に、彼の隣には、髭面の男。重い瞼をこすり、大きなあくびを漏らしていた。清潔感のないその姿に、私は眉をひそめた。


「そちらは?」

「隣にいるのは、陰陽師協会の会長の伊吹 晃(いぶき あきら)です」


 飯田が肘で男の脇腹を小突く。


 伊吹は無愛想に「そう言う事です。以後宜しく」と一言。差し出されない手と、鋭い視線に、私は一瞬緊張する。陰陽師協会からの監視か? 陰陽師協会にレプリカチャイルドの100体の量産を指示されたのだ。もしかしたらそれで何かミスをしたか?研究員たちの視線が、私に集まる。


「そんな緊張しないでください、お礼を言いに来たんですから」


 飯田が苦笑し、伊吹を再度小突く。


「まずは貴方たちのおかげで、神戸山(かんとやま)半壊事件の犯人であるイレナを討伐するのに、充分な戦力が集まりました。そしてバルトロ•シーラさん、貴方のおかげで30年以上進歩のなかった。ゼロから陰陽力を持った人型生命体を創造するレプリカチャイルドプロジェクトが成功しました。この成功は、人類において大きな一歩になるでしょう。神人武装主義との架け橋にも。世界が救われた。そう言っても過言ではありません。本当に、ありがとうございます」


 伊吹の頭が深く下がる。研究員たちの拍手が響き、部屋に温かい空気が広がる。私は眼頭が熱くなり、下を向く。改めて実験の成功を噛み締めて今までの逃亡の日々が報われたのだ。


「頭上げてください、会長さん。私こそ自分の研究を実践に移す事ができて感謝しているのですから」


 私の声は、感情で震えた。


 伊吹は「そうですか」と、初めて柔らかい声で答える。その変化に、研究員たちがざわめく。


「今日の朝10時にAランク、Sランクの陰陽師達を召集し、レプリカチャイルドを含めて配置を決めようともいます」


  飯田の言葉に、私は頷く。


「宜しくお願いします。伊吹さん」


 私の声は、感謝と緊張が混じる。


 飯田は続ける。「と、いう訳です。陰陽師達が対イレナ戦にほとんど裂かれるので、それを狙って神人武装主義の連中がノアの方舟を襲撃する可能性があるので、こっちにもBランクとCランクの陰陽師を配置するので、またお邪魔しますね」 と紙を渡したから、僕は流れる様に受け取る。A4サイズの用紙が入る分厚い茶封筒だったから、てっきりそれに関する書類かな?と思ったら、耳元で「例の件です」と囁かれた。上手く行った事に安堵して胸を撫で下ろす。


「伊吹会長は、10時の作戦会議の為にも先に戻ってください。私はもう少しいます」


 伊吹は「飯田も寝ていないんだから無理をするんじゃないぞ」と一礼し、去っていく。その背中が、暗い廊下へ消えていった。


 飯田は、伊吹の姿が見えなくなると、ゆっくりと私に視線を移す。


「このノアの方舟は、誰が作ったか知っているかな?」

「それは、陰陽師協会では?」


 私は反射的に答えるが、心の奥で何かが引っかかる。ゾンストシノンになる前のリコリスから、この方舟の事を紹介してもらった時に、飯田家の話は聞いていた。だが、それはこの方舟とは関係ないと勝手に思っていたのだ。だって、このノアの方舟の目的は、社会問題になっている陰陽師不足解消する為と本人から聞いていたからだ。


 彼は首を振って、静かに、しかし自慢げに言う。


「私が作った」

「何故ですか?」


 私の声は、混乱で震えた。ノアの方舟は、陰陽師不足を解消するためのものだと聞いていた。だが、もしそれが建前だったとしたら?


「陰陽師を祓えるのは、陰陽師の術だけ。ただの人形や飼い慣らした魑魅だけじゃ限度があるんだよ」


 飯田の声は、まるで氷のように冷たい。「では、今回の100体で……」 私の言葉は、途中で止まる。


 彼は白い歯を見せて笑う。その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも輝いていた。だが、その輝きは、仮面が剥がれて素顔が見えた瞬間だった。


「俺は対イレナ戦の時を見計らって、高ランクの陰陽師を祓う。100体のレプリカチャイルドとーー」


ーー 500体の魑魅で ーー

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