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少女と少女は鏡面世界をさまよう  作者: 江戸前餡子
第三章•少女の解放

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37・リコリスの罠

「――という事で、これからは半壊事件の調査には一香・綾・新菜・リリィで行ってもらう」


 一香と綾と新菜と伊吹に、リリィの紹介とこれからの活動を、校長は説明する。伊吹はまだ複雑な表情をしていた。が、その表情をしているのは彼だけではなく、一香もだった。

 昨日のあの一件の後、家に帰ってからというものの、フランカは泣き崩れたのだ。ずっと。ただただ自分を責めていた。自分の娘をまた戦場に戻してしまった事を。リリィはそれを見て何か言おうとしたが、言葉が見つからず「ごめんなさい、でも私は後悔してないから」そう言葉を残し家を出て行った。彼女がその晩何をしていたのかは知らないけれど、彼女の瞳と「今度は絶対に守ってみせる」と自分に言い聞かすように呟いていた姿を見ていた一香はフランカとリリィの関係に胸を締め付けられた。


「リリィ・オストランです。これからよろしくお願いいたします」


 リリィの表情は今まで見せていた子供っぽさはなく、凛々しく頼りにできそうな風格で、一瞬校長の表情が陰る。


 陰陽師になるのは決して良い事ではなく、一般人は口をそろえて「こんなに若いのに……」と悲しげな表情をして深々と頭を下げてお礼をするのだ。陰陽師同士もそうだ、大人は新入生のアカデミー生を笑顔で迎えたりはしない。いや、笑顔になれない。学生と言えど命をかけて魑魅と戦うため、毎年、一クラスの半数が死に、消える。それがこの世界の現実だったからだ。


「二年C組第6分隊のリーダーを務める飯田綾ですわ、リリィさんよろしく」


 綾の声は、いつもの優雅さを保ちつつも、やはり昨日の一件が原因なのかどこか硬い。まるで緊張しているような、警戒と言ってもいいようなオーラを放っていた。校長が言葉を続ける。


「じゃあ第六分隊は昨日の引き続きで入江市付近の海域調査を――」


 言葉を遮るように「もう一回半壊事件の現場に行きましょう」とリリィは提案した。


 リリィの声が、校長の言葉を鋭く切り裂いた。彼女の提案は、まるで静かな湖に投じられた大石のように、場に波紋を広げた。伊吹の眉がピクリと動き、目を細める。その視線はリリィを貫くようだったが、彼女は動じず、逆に彼を見据えて言った。


「気になるのですよ」


 火花を散らす二人に手を叩いて「まあ落ち着いて、僕としては積極的に動いてくれた方がうれしいから、そうしなさい」と空気が悪化する前に四人を校長室から出して任務に向かわせた。


「あんなにあの子を陰陽師にさせたかったのに、どんな風の吹き回しなのかな?晃先生」

「あの子を信じていいのか分からないんです」

「安心してください、あの子は信用できます。なんせ――」


―― 白い仮面の少女なのだから ――


 伊吹は言葉を失った。が、心の何処かで納得もしていて、校長から手渡された少女の使っていた白い仮面をただただ見つめた。



 入江市から少し離れた神戸(かんと)市にある山、神戸山(かんとやま)が半壊事件が起きた山で、事件からかなり経ってしまった為に、すっかりイレナの魔力の残り香も消えていた。土は相も変わらず黒く炭混じりになっているものの、新たな生命が芽生えていた。焼き切れた木々は既に撤去されていて、何事もなかったかのように小鳥の囀りと葉と葉が擦れる音が静かに聞こえてきた。


「フランカさんを連れてここに来たけど何も見つからなかったのよ」

「お母さんが来ても見つからないでしょうね、この事件は私が動くことで進んでいく、言わんば劇みたいなものなのですよ」


 綾も新菜も一香も、辺りの静けさにリリィの気のせいじゃないかと思ったが、リリィの「だよね」という一言が空気を静寂を一瞬にしてかき消した。


「お見事」


 突然、男の大きな声が響き渡るなり、目の前に人影が上から降りてくる。一つ、二つ――あっという間に囲まれていた。


 一香は周りの男たちが持っていたアタッシュケースを見て「なるほど飯田組か。そりゃい力を感じないわけだ」と鋭い視線で腰にぶら下げたホルダーに手を添え、彼女の指先は、いつでも武器を抜ける準備する。だが、リリィは静かに手を上げた。


「待ってください一香さん、まだ手を出さないで」

「何故?」

「考えてみてください、これがもし罠だとしたら?陰陽師が一般人に異能を使うのは御法度(ごはっと)のはず。いくらヤクザが相手だとしても」


 綾は見逃さなかった、一香の前で制する手のひらが何かの合図のように不自然に動くのを。飯田組が、それを見て眉を動かすのを。


「賢い選択です」


 リリィは空を見上げて「今日は綺麗な満月。そんな日に殺し合いなんてしたくないだけ」そう再び視線を一人の男に戻し「この山はさぞ綺麗に見えるだろうな」と音もなく一瞬で背後に回り――


「ッツ!?」


 うなじをトンッと手で打つ。男は糸が切れたように崩れ落ちた。新菜も綾も一香も能力者とは思えない速さに目が追えず、反応に少しばかり遅れた。


「分かったならさっさと散れ」


 舌打ち混じりに立ち去る飯田組。だが、その一連のやり取りは、殺気が感じず、敵同士ではなく、身内の小芝居の様に思えて綾は違和感を感じた。が、昨日のリリィを思い出し、聞く勇気も湧かず、綾は言葉をグッと飲み込んだ。


「さてと、続けましょうか」



「リリィ、何処まで行くの?」

「そうですねぇ……まだ綺麗な場所を全て探しましょう、鱗が落ちていると思うので」


 一香と綾は「鱗?」と首を傾げる。異世界から帰ってきた新菜はまさかと眉が寄った。


「ドラゴンの鱗、名前はファフニールって言いまして、実は異世界からこちらの世界に繋がるゲートを潜ってきた可能性があると思うのです。この山にはまだ薄らと残っているのですよ。魔力の臭いが」

「なら、イリスはファフニールを退治する為に山を半壊させた……って言いたいの?」


 リリィは肩をすくめ「かもしれませんね」そう新菜にニコリと微笑む。



 彼女の後ろをついて行く事、陽が傾き始めた頃。やっとリリィの足は止まる。


「おっと、あったあった」

 

 屈むリリィに、本や映像の中でしかドラゴンを知らない一香と綾は興味津々に同じく屈み土から出てくるのを待ち構えた。


「じゃじゃ~ん」


 出てきた金色の鱗は綺麗だった。だがそれが逆に安っぽく見えて楽しみにしていた二人に「え?これ?」なんて言葉を出させた。新菜は実物を見ていたから驚きもしないが、山を一つ半壊させるほどの魔法をぶつけられても、輝きを失わない鱗の頑丈さに驚きの声を漏らした。


「んで?これが事件を解決するために何の役に立つの?」


 リリィは口に人差し指をつけて全員に静かにと合図する。


 陽の光も通さない薄暗い森は、枝の揺れる音、葉と葉の擦れる音で緊張を煽り。三人は今から何が起きるのか息を呑んだ――


「飛べ!」


 リリィの唐突の合図に、ワンテンポ遅れる新菜と綾と一香は、木々が折れる轟音と強風に全身が、全細胞が、死を直観させて、必死にリリィの小さな背中を目指して飛んだ。


 鬱蒼とした森を抜けてオレンジ色の空が視界いっぱいに広がる。が、綺麗と思えるのも一瞬の事、下を見ると、まるでバリカンでも走らせたかのように、山は直線状に、地肌を出していた。


「何がどうなってるわけ?」

「釣れました。この鱗を探しているんですよ、異世界でよくあることでした。魔法で殺した相手には、自分の臭いが色濃く残るので、それで誰が殺したのか分かるんです。なので落し物はないか、または相手を髪の毛一本も逃さずに抹消する魔族の独特な習性があるんですよ――」


 箒を翻し、真下のイレナと目が合う。その距離、鼻息が掛かる程。リリィは"何故イレナが"と言いたげに目を見開いた。


「あれが真犯人です」


 リリィの表情に、「町を守ってあげたのよ」とイレナは不気味に口をゆがませる。まるで罠にかかった獲物を見るハンターのように。釣ったのではなく、釣られていたのだ。それに気づいた頃には遅く、手の平をこちらに見せる彼女にリリィは奥歯を噛み締めた。


詰みだ。


「確かにあの(いん)の力なら……」


 横切ったイレナに三人は手出しできない相手だと直感して身体が動かなくなった。全身を覆う恐怖に、未熟さを痛いほど突き付けられたようで、自分に苛立つ。


「三人はこれをもってアカデミーへ!ここは私に任せて」


 投げられた鱗を一香はキャッチし「無理しないでね」そう新菜と綾を連れて飛んで行った。イレナはそれを見向きもせず「驚いた?ヤナガじゃなくて」なんてクスクス笑った。


 イレナの狙いだった。リリィを殺すための。いや、イレナだけじゃない、リコリスの狙いでもあった。それに気づいた時、リリィは奥歯を噛みしめた。浅はかだった、と。


 死にそうになった時、リコリスに身体を譲る制約を課していた。リコリスは恐らく身体(うつわ)を手にした時、イレナとヤナガを連れて星をすべて滅ぼし天界も侵略するだろう。それはイレナは知っていて、その上で、半壊事件を追う新菜達にワザと半壊事件の真犯人であることを明かして、アカデミーにSランクで入学したリリィをイリスと戦わせる事にしたのだ。リリィはいつか殺されることぐらいは分かっていたが、そこまで練られていたことに驚き、そしてそれを黙っていたリコリスに、信じ切っていた自分に苛立ちを感じた。


 降りる沈黙の中、額から汗を流すリリィにイレナは口を開く。


「リコリスはね、初めは貴女の為に、貴女の考えを重んじて動いていた。けれど、人神武装主義(じんしんぶそうしゅぎ)と出会い、この世界の素顔を見た時、考えが変わった。合理的な考えしかできないのよね~。ニュークリアスも、ラプラスの箱も……結局ロボットは」

「でもリコリスは感情を持った人間のはず」

「ただの人工知能型動物プログラムだったら、私は興味を持たないわよ。貴女の魂の半分はラプラスの箱なの、だから貴女の魂はニュークリアスとラプラスの箱、どちらとも互換性があって摩擦なく交わることができる。呪うなら貴女を産んだ神を呪いなさい、私じゃなくね」


 自分が何で、ニュークリアスとラプラスの箱を取り込むことができるのか不思議に思っていた。神の力も何で使えるのかわからず、ニュークリアスを体内に取り込んでいたから。そう勝手に解釈していたが、聞かされるその事実に言葉を失い。ただ、イレナじゃないその犯人が気になり「誰なの」そう言葉が口から零れ落ちた。


 イレナは答えようとしたが、遠くから感じる陰陽師の陽の力に視線をやった。時間がないのだ。


「あらあら、話過ぎたみたいねえ、どうするの?ハールスに繋がるゲートらしき所は見つけたから、今晩侵入して確認する予定だけれど」

「助けたい人が居るから少し待て」

「少しって?」

「一週間まて、一週間後、入江海浜公園に集合しよう、そこにニュークリアスとラプラスの箱が待ってるから」

「それは無理よ、明後日ぐらいに、私を殺しに陰陽師が総戦力で来る。貴女は誰よりも力があって、私と同じ異世界人って事で、絶対前線に立たせられるわ」

「なるほど、リコリスはそのタイミングで交代させるって魂胆か、わざわざ聞くなんて神様はいい性格してるな」


 それに何も答えず、「再会を楽しみにしてるわ」と言い残して背を向けて飛んで行ってしまった。


「明日はきっとアカデミーに呼ばれるだろうし、今から行くしかないか」


 リコリスの記憶は、断片的にだがあり、次に会わなければいけない人物はなんとなく分かっていた。


 私を重んじて行動していたのなら、きっと天界に繋がるゲートを見つける為に行動していたはず。神の記憶を唯一持っている下界の人間と言えば一人しかいない――


(ルイズ)の所へ会いに行こう」

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