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少女と少女は鏡面世界をさまよう  作者: 江戸前餡子
第一章・魂の解放
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02・反転生派

「悪いねアシュリー、もしかして寝てた?」


 私は軽い調子で尋ねたが、心のどこかで彼女の疲れを感じていた。


「いや、この頃長く寝れないからトレーニングをしてた」


 アシュリーの声は低く、少し掠れていた。目の下の薄い影が、言葉以上のものを語っている気がした。


 季節外れの薄着姿を見て、厚着していた私は思わず身を引いた。「ウワッ、寒そう」と口に出すと、冷たい風が私の背筋を刺すような感覚がした。彼女の無防備さが、なぜか不安を煽った。


「でも部屋に訪ねてくるなんて珍しいこともあるものだな」


 アシュリーが小さく笑う。その声音には、かすかな驚きと警戒が混じっているようだった。


「まーね、エルシリア様が外出されたから時間ができたんでねえ」


 私は肩を軽くすくめて答えたが、心の中ではその言葉に重みを感じていた。


「オストラン様が? 外出?」


 彼女の瞳が鋭く光った瞬間、私は胸が締め付けられるような緊張を覚えた。


 あの女王様は今まで玉座の間か自室に閉じこもるようなお方で、外出などありえないと思っていた。だからこそ、彼女の行動は異様な波紋を私たちの間に広げていた。私は肩をすくめ、「この頃変わったよね~」と軽く言ってみたが、心の奥ではその変化が何を意味するのか、ざわめきが止まらなかった。


「んで? 何処へ?」


 アシュリーの声が一層低くなり、私はその視線に射抜かれるような感覚に襲われた。


「北陸のニスカヴァーラ城。あそこは研究と世界の情報を集めている場所だから、たぶんバルトロの研究書の情報を聞きに行ったんじゃない?」


 私は平静を装って答えたが、心臓が少し速く鼓動を打つのを感じていた。


「メイドを使えばいいのにな」

「不思議な女王様だよね~」


 私は笑顔で返したものの、その裏で何かが蠢いているような不気味な予感が頭を離れなかった。


 湯気が立つコーヒーを手に持つと、苦味が舌を刺し、私は顔をしかめた。一呼吸置いて、ポケットから手紙と小瓶を取り出し、テーブルにそっと置いた。指先が微かに震えていたのを、アシュリーに悟られないよう祈った。


 手紙はさておき、小瓶の中身は香りからして薬だと分かった。でも、今の時代にこんな古めかしいデザインの容器は珍しく、私は目を細めてその異物を見つめた。不穏な空気が胸に広がる。


「この薬は?」


 アシュリーの声が鋭く響き、私は一瞬息を呑んだ。


「筋力と魔力を増幅させる薬。怪しくないよ?」


 私は急いで弁解するように続けた。


「不審船がオストラン海域を横断しているという情報部隊からの報告があってね、魔力量からしてエルフ族が居ることが予想されたの。今回その不審船に乗り込むのが第三師団になったから、団長であるアシュリーにはその薬を渡しておくのだよ」

「私だけか?」


 その言葉に冷や汗が背を伝った。彼女の視線が私の心臓を締め上げるようだった。


「そう、貴女だけ。というのも、オストラン帝国の戦力がこれ以上下がるのは問題だから、主戦力のアシュリーは死んでほしくないのだよ」

「でもその不審船には向かわせると?」


 何か裏がある――彼女の鋭い眼光がそう叫んでいた。私は思わず口の端を怪しく上げてしまった。「アシュリーの思っている通り、これはただ乗り込むだけじゃない。ある実験も兼ねているんだ。」そう言って、手紙を裏にし、ある部分を指さした。指先が冷たく感じた。


「人型兵器の実用化に向けて、試作機をそこでテストする。興味があったら、この部屋に向かいな。()()()()()()()……ね。」


 二度強調した私の声は、どこか命令めいていて、自分でもその重圧に息が詰まりそうだった。彼女は手紙の封蝋を見つめ、「この生活も気に入っていたんだけどな」と呟いてコーヒーを飲んだ。その呑気な横顔に、私は胸が締め付けられる思いだった。


「一つ質問してもいい?」私はさっきとは打って変わり、真剣な表情で彼女を見た。心の中で何かが軋む音がした。


「どうした? 真面目な顔をして」


 アシュリーが少し身構えるのが分かった。彼女の警戒心が空気を重くした。


 普段しない表情だからこそ、私は緊張を隠せなかった。でも、彼女から聞かれた質問に、すぐに力が抜けた。


「もし、"ある"人物の記憶や人格に支配されたら、アシュリーはどうする?」


 私の声は震えていた。


「なんか悪い本でも読んだか?」


 彼女の軽い調子に私は苛立ちを覚え、「私は真面目な話をしてるんだよ。その"ある"人物に復讐するための武器はちゃんとあるんだ。」と強く言い返した。


「なら私はそれを使って、そのある人物を脅すか拷問するか元に戻させる。」


 彼女の答えに、私は一瞬言葉を失った。そして、思わず口をついて出た。


「でもそうしたらこの国を――」


 そこで私は言葉を止めた。心臓が早鐘を打ち、喉が締め付けられる感覚に襲われた。


 冗談でも暇つぶしでもなく、焦りと恐怖が私の顔に浮かんでいたのだろう。アシュリーが詳しく聞こうとする気配を感じたが、私は「いや、何でもないよ」と慌てて椅子から立ち上がった。足が震えていた。


「なあルイズ、本当に辛いことがあったら話してくれよ」


 彼女の優しさが胸に刺さり、私は目を伏せた。


「話せる日があると良いけどね」


 部屋を出る間際、私は小さく「巻き込んでごめんね」と呟いた。罪悪感が重くのしかかり、背中が冷たくなった。


 アシュリーの視線が手紙に落ちるのを、私は感じていた。不思議と、その視線に引き寄せられるような感覚が彼女を包んでいるのだろうと思った。



 ニスカヴァーラ城へ向かうため、オストラン軍が使用していた転移神殿へ箒で飛んでいた。風が耳元で唸り、心臓の鼓動がその音に重なる。ある町の上空を通り過ぎた瞬間、魔力ではない異様な感覚が全身を襲い、私は思わず動きを止めた。


それは覚えのある感覚だった。脳裏に「神」の一文字が浮かび、心がざわついた。降りようかと一瞬思ったが、もし反転生派だったら? 戦闘になったら? 不安が次々と湧き上がり、私を上空に縛り付けた。冷や汗が頬を伝う。


すると――


「おっ、やっと来たか」


 下からだらしない声が響き、私は息を呑んだ。男が緊張感もなく、あくびを漏らしながらこちらを見上げていた。その緩慢な態度に、逆に私の緊張が膨らんだ。


 鼻や耳の形から人族だろう。人族か――このご時世で唯一全国を移動できる種族を選んだのは賢い選択だ。武器を持たず静かに暮らす彼らは、他種族から安全とされ、どんな状況でも国に入れられていた。人族で神の力まで使えたら、それは無敵に近い。私はその事実に背筋が凍る思いだった。


「私に何か用ですか?」


 私は左手を袖に忍ばせ、杖に触れた。心臓が跳ねる。

「おいおい、戦うために来たんじゃないぜ? ちょっくら話そうや」男は大げさに両手を上げ、驚いたフリをしたが、その目は私の動きを完全に捉えていた。


「持ち物までチェック済み、ですか」


 私の声が硬くなった。


「まーな、相変わらずだねぇアンタは」


 その軽い口調に、私は苛立ちと恐怖が混じる感覚を抑えきれなかった。


「反転生派? 名前を聞いても良い?」

「あら? あんなに話したのに忘れたなんて薄情だな~フランカさんも」


 男は「この世界ではカメレオン、神界(むこう)ではヤナガ」とオーバーに寂しそうな表情を見せたが、その目には底知れぬ冷たさがあった。


 ヤナガ――その名前に記憶が疼いた。私が一回転生させ、世界を救った褒美に神にした人物だ。反転生派は異世界帰りの者ばかりと聞いていたが、まさか本当だとは。胸が締め付けられる感覚が強くなった。


「大きなカバンね、そのオブジェクトはどんな職業なの?」


 私の声は平静を装っていたが、心は乱れていた。


「ん? 実に面白い職業さ。旅をしながら珍しい品を売る、だ・け・ど、このオブジェクトにはもっと面白い設定が――」


 彼が語尾を伸ばし、ニタァと白い歯を見せた瞬間、私は背筋に冷たいものが走った。


「設定ってなんですか?」


 かかった――彼の目がそう言っている気がして、胃が縮こまった。


「それを言うって事は人族の裏設定忘れたな」


 彼は腹を抱えて笑い、私はその嘲笑に屈辱と怒りが込み上げた。最初から仕掛けられていたのだ。


「そんな事より、ニュークリアスをどうするつもりだ?」


 私の声が鋭くなり、彼の笑みが一瞬止まった。


「ニュークリアスって、KKのこと?」

「それしかないだろうよ。早く殺さないとまずい事になるぜ?」


 ヤナガが腕時計を見る仕草に、私は凍りついた。惑星を破壊する条件が時間だとでも? いや、そんなはずはない。頭が混乱し、思考が絡まる。


 沈黙が重くのしかかり、夜風が二人を冷たく貫いた。やがて彼は「時間切れだ」と静かに呟いた。その一言が、私の心に突き刺さり、理解が追いつかないまま立ち尽くすしかなかった。


「ニュークリアスはやがて一人で次々と惑星を壊す、いわば破壊神になるだろう。楽しみだなぁ。なあ? そう思わないか? 産みの親のフランカさんよ~。」


 その言葉に私の胸が締め付けられ、恐怖が全身を支配した。


「あれは私だけが組んだプログラムじゃない、もう一人いる。それにKKは自分じゃ行動出来ない。命令があって初めて起爆できるようになっているはず」


 私の反論は震えていた。彼は鼻で笑い、「あんなの俺達が使うと思うか?」と馬鹿にするように口角を上げた。


「まさかあの宮殿を襲撃した短時間で、プログラムを組み替えたとでもいうの?」


声が掠れた。


「イエ~ス。短時間と言うけど、プログラマーにしてみれば充分すぎる時間だと思うぜ?」


 嘘だと言いたい。でも、神界で下界のプログラマーの仕事を覗いた記憶が、彼の言葉に信憑性を持たせていた。私は――


「身体震えてるじゃねえか、もしかしてビビった?」


彼の嘲笑に、震えが止まらない。汗が止まらない。


()()()()()()()()()()()()B()M()-()1()2()4()・ニュークリアス、彼女は歩く核兵器、いや、俺たちはこう呼んだっけ? ブリスマルシェ。」

「幸せが歩く」

「俺の母国の歌で、幸せは歩いてこない、だから歩いて行くなんて歌があったが。幸せが歩いて幸せを産む。これこそ理想の兵器じゃないか? もう人類が有象無象に神のお遊びで造られず、それでいて不幸にならなくて済む。何故かって? 世界がなくなるのだから」


彼の声が冷たく響き、私は吐き気を覚えた。


「だけど、寄生しているプログラムは、いくら人工知能だからといえ、オブジェクトを動かすことは出来ないはず!」


 私の叫びが空に響いた。


「まあな、できないさ、できないよ? 今のままじゃ」

「激しい怒か哀の感情が沸かない限り、寄生したプログラムは融合できないからね」


 その余裕そうな表情に、私は恐怖が膨らんだ。まさか何か手を打ってあるのか? 彼は「まあ、こっちも異世界に転生した時の恩は忘れていないつもり。だ・か・ら」と二本の指を立て、「有力な情報を二つやろう」と真面目な顔になった。信じていいのか迷ったが、追い込まれた今、聞くしかなかった。焦りが躊躇を押し潰した。


「まず一つ目~

フランカにもあると思うが、神の紋章がアシュリーに出ているはずだ。一回確認してみると良い。けどそいつは俺と同じ反転生派だ。早めに殺せよ。

そして二つ目~

今、ルモー村を目指して一隻の船が向かっているが、もう一隻、エルフの大地に向かっている船がある。そいつらは君らが捜しているバルトロの研究書を持っている。いまフランカはバルトロの研究書を軽視しているかもしれないが、見つけた方が良い。本当に神界を救いたいのなら」

「でもそれって――」


 言いかけた瞬間、バルトロの研究書を思い出した。軽視していたのは確かだ。ニュークリアスの件で頭がいっぱいだったから。研究書はクローンの製造方法が書かれた物――神の宿ったオブジェクトなら、神の能力を受け継ぐクローンを作れる。私の背筋が凍りついた。


「気づいたようだな。だがここで厳しい現実を言うが、船に居るのは強者ばかりだ。今そちらの騎士を見るに、直ぐ動けそうなのは第三師団だけじゃないのか? 困ったなぁ。敵のアシュリー・バレッタをいつ殺すか、タイミングに迷いますねえ~」


 焦りがバレている。彼の煽りに感情が揺れたが、私はそれを必死に押し殺した。今感情的になったら、まともな判断ができない。拳を握り、白くなるまで力を入れた。


「まあそんな所だ、じゃーな」


 背を向けた! 私は袖から杖を引き抜き、震える手で杖先を彼の背中に向けた。彼は逃げず、両腕を広げ、「やれるもんならやってみろ」と無言で挑発しているようだった。


「ムリすんなって、神様よお」


神が人を殺せないことまで見透かされていた。今やらなければ、もっと大きな被害になる――分かっているのに、恐怖が私を飲み込んでいた。杖を握る手が震え、力を込めても動かない。やがてヤナガの姿が消え、気張っていた身体から力が抜け、私は地面にへたり込んだ。


「何座っているんだ私。今はアシュリーに神の紋章があるか確かめるのが先でしょ」


己を叱咤するように太ももを叩き、震える足で夜空へ舞い上がった。風が冷たく、心が軋んだ。

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