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少女と少女は鏡面世界をさまよう  作者: 江戸前餡子
第二章・伝説の魔術師バルトロとダータ島
20/44

19・ずっと待っています

「―― ナラシーミヤ ――」


 耳元で囁くような低い詠唱が、まるで冷たい風のように私の鼓膜を震わせた瞬間、意識が薄皮を剥ぐようにゆっくりと浮上した。瞼が重く、開けると視界がぐにゃりと歪む。ゴシゴシと目を擦りながら、首を傾けて周囲を見渡すと、木の軋む音が耳に響き、鼻腔に塩の匂いと混じった独特な油の臭いが滑り込んできた。


「違う……場所」


 言葉が口から漏れると同時に、木造の部屋が左右に揺れていることに気づいた。窓の外から差し込む薄い光が、煤けた木の壁に影を落とし、潮風がカーテンをそっと揺らす。油の匂いは、造船所でよく嗅いだものだ。記憶を辿ると、心臓が小さく跳ねた。村から近い造船所といえば、シガノポートしかない。


「また変なところに……」


 船の中だ。そう確信した瞬間、部屋の殺風景さに目が留まった。テーブルと椅子がポツンと置かれているだけで、人の気配はない。錆びた鉄の脚が床に擦れる音が、静寂の中でやけに大きく響く。閉じ込められているにしては、鍵がない甘い状況だ。


 監禁が目的じゃないのか? 一瞬、胸の奥で安堵が温かく広がったが、次の瞬間、腰に刺していた杖がなくなっていることに気づき、凍えるような不安がその温もりを一気に飲み込んだ。指先が冷たくなり、呼吸が浅くなる。


「仕留める自信があるからこその対応か……?」


 出ようとした足がピタリと止まり、膝が震えた。カタンと椅子に腰を落とすと、木の冷たい感触が尻に伝わり、現実を突きつけてくる。「まったく、イルマもルイズも困ったもんだ」と呟きながら、頭を掻く。すると、ギィッとドアの蝶番が軋む音がして、湿った空気と共に一人の女が現れた。


「なーんだ、逃げないのか?」


 ブツブツと呟きながら部屋に入ってきたその女は、私を一瞥(いちべつ)すると、眉一つ動かさず面白くなさそうな顔で、向かいの椅子にドサリと腰を下ろした。


 椅子の脚が床を擦る耳障りな音が響き、私の神経を逆撫でする。彼女の顔を見た瞬間、驚きと諦めが胸を締め付けた。


 ゴリアックファミリーのライス、暗殺ギルドの名を轟かせる女だ。運の悪さに舌打ちしたくなるのをグッと堪えた。


「ゴリアックファミリーのライスが何で私を?」

「なんだ、私を知ってるのかな?おちびさん」

「別にどうだっていいでしょ。それより何の用なの?」


 ライスは「そんな怒んなくてもいいじゃないか」と唇を尖らせ、ため息を吐きながら私をジッと見つめた。その視線は鋭く、私の皮膚を這うようで落ち着かない。何を見ているのかわからない。顎を指で摘み、難しい顔で黙り込む彼女に、苛立ちが募る。


「私、時間がないの。早くここから出してくれない?」

「ハッ!お友達を助けに行くのかい?杖なしで?」


 その言葉に、心臓がドクンと跳ねた。


 ドメがイルマと一緒にいないことを悟った瞬間、眉がピクリと動き、喉が締まる。ライスは私の表情を読み取ったように、ニヤリと口端を吊り上げた。


「今、ドメとかいう星読みのチビはルイズの元にいる。さてさて、杖なしで闘えるのかねぇ」


 ライスは意地悪く笑う。確かに、杖なしでは自信がない。素手で魔法は出せるが、魔力の乱れが手の平を切り裂く痛みが脳裏をよぎり、掌に汗が滲んだ。それでも、やらなきゃいけない時がある。リコリス、なにやってるんだよ、と自分を叱咤(しった)する声が頭の中で響く。


「杖なしでも闘える、たかが腕一本くらいくれてやるさ」

「面白いこと言ってくれるねぇ~」


 ライスが白い歯を覗かせて笑うと、杖と箒がテーブルに置かれた。乾いた音が部屋に響き、私は息を呑む。彼女の瞳には私を試すような光が宿っていて、緊張で喉がカラカラになった。


「本当は殺せって命令だったけど、気分が変わった。この二つを嬢ちゃんにやる代わりに、ゴリアックファミリーの一員になれ。なあに、無茶なことは言わないよ」

「なんで?ゴリアックファミリーは優秀な魔族しか入れない暗殺ギルドじゃないの?私みたいな子供を仲間にしてどうするのさ」

「そこが気に入ってるのさ、その歳で疑うことを知っていて、さらに無詠唱魔術を使えて、杖なしでも魔法を出せる。ウチじゃお釣りが返ってくるくらい優秀だよ、お嬢ちゃん」

「無詠唱魔術が使えるなんていつ言った?」

「今」


 その瞬間、背筋が凍った。うなじのすぐ近く、紙一枚分の距離で魔法陣が展開する気配を感じ、全身の毛が逆立つ。シュッと空気を切るような音が耳をかすめ、心臓が喉に詰まった。だが、不思議と心は冷静だった。ライスが詠唱を終えるより早く、私は目を閉じ、イメージを固める。ガキィン! 鋼の壁が私の周囲を覆うように魔法で現れ、金属が擦れる甲高い音が響いた。


「な?」


 ライスの声に呆気にとられつつも、内心で苦笑した。もし私が思い違いをしていたら、どうなっていたんだろう。問答無用で殺されていただろうな、と冷や汗が背中を伝う。


「分かったよ、仲間になる。けど無茶な依頼はやめてよ」

「んなことしないさ。依頼もさせない」

「なら何さ」


 ライスは人差し指を立て、「ただ一つ、思い出したら私の所に来い。これだけ」と意味深に呟いた。まるで私が近日中の記憶を失うことを知っているかのような口ぶりに、ゾクリと鳥肌が立つ。


 実際、一部の記憶が欠けている自分にとって、彼女の言葉は気味悪くもあり、妙に納得できるものでもあった。


「ライスは、星読み師……じゃないよね?」

「さあ、どうでしょうね」


 またしても怪しげにニヤつくライスに、私は「分かった、仲間になるよ」と頷いた。杖に手を伸ばすと、パチン!と鋭い音と共に手が叩かれ、ビクッと肩が跳ねる。「仲間になるには刻印が必要だ」と彼女が言う。


()()()を出せ」


 ナイフで切り刻まれるんじゃないかと恐る恐る手を差し出すと、ライスが手首をガシッと掴み、フッと息を吹きかけた。驚いて手首を見ると、ゴリアックファミリーの家紋が浮かんでいる。痛みもなく現れたその紋様を爪で掻いてみたが、落ちる気配はなく、皮膚に溶け込むように一体化していた。ゾワリと寒気が走る。


「よし、行って良いぞ。ゴリアックファミリーのアジトはその家紋に触れれば分かるから、首を長ーくして待ってるよ。まぁ、その時には私は死んでるかもしれないがな」

「確かに、かなり待たせてるから何も言えないや」


 今の私を知らないライスは、「何を言ってるんだか」と首を傾げた。私は「今に分かるさ」とだけ言い、杖を脇に刺し、箒に跨った。箒の木が擦れるザラリとした感触が掌に伝わり、風が髪を揺らす。



 場面が変わり、青白い光を放つ六角柱の部屋。血管のように脈打つ筋が壁を這い、湿った空気が肺にまとわりつく。ルイズがその中央に立ち、床に倒れたドメを横目で見下ろす。拘束具がドメの手足を締め上げ、ギチギチと軋む音が静寂を切り裂く。


「お姉さん……だっ誰なの?」


 ドメの声は震え、瞳には恐怖が滲んでいた。ルイズから溢れる淀んだ魔力は、まるで黒い霧のように彼女を包み、刃物を喉に突きつけられているような感覚を植え付ける。ルイズはドメの問いに答えず、「誰……ねえ、多分言ったところでキミは信じないでしょ。まあ言うならば投資家」と冷たく笑い、六角柱から伸びる太いロープを手に取った。先端の針が鈍く光り、ドメの首に刺さると、彼女の小さな体がビクンと跳ねた。


「暴れたり抜いたりしたら、脳に障害が起きて最悪植物みたいになっちゃうから気をつけてね~」

「これから何するの?」

「質問ばっかりねぇ。キミは私になるの、そして私はキミになる。何故って顔ね。オストラン城の王は大戦が終わった時に交代する。今の娘であるエルシリアが王になった時、ある人物がこの世界に転生してくる。その護衛を頼むの、Hに出会うその時まで」


 その時、後ろから声が響いた。


「貴女は反エルシリア派のトップだから、王の隣にずっと居る役は避けたい。自分の影武者としてドメを選び、どうやったかは分からないけど、自分の事をドメ・ハーカナと周りに認識させた」


 ルイズは安堵で表情が緩み、声する方をすぐ振り返る。


「私は投資家よ?どちらに着くなんて非合理的なことはしない、利益のありそうな方に着く。ただそれだけの話よ。オブジェクト88リコリス・シーラ。そうか、ダータ(とう)の試練の遺跡で未来から来た訳ね」


 リコリスが杖を構えると、ルイズは「そんな私に杖を向けるなんて愚か者ね」と一歩踏み出した。リコリスは何度も魔法を放つが、シュッと火が消えるように魔法は消えていく。焦りと苛立ちで歯を食いしばる音が響く。


「どうしたの?魔法を打ってこないの?」

「ッチ!」


 リコリスは杖を捨て、腰のナイフを抜き、石畳を蹴って間合いを詰めた。


 ガツン!と床を叩く音が反響し、ルイズは一瞬驚いた顔を見せるが、すぐに冷静さを取り戻す。「コール、レコード042」と呟くと、見えない波がリコリスを包み、全身の力が抜けてゴロゴロと転がった。


 石畳の冷たさが体に染み、立ち上がろうとしても手足が言うことを聞かない。ルイズが近づく足音がカツッ、カツッと響き、恐怖で目が閉じた。前まで死にたいと思っていた。でも、死が近づくとこんなにも怖いのか。自分の弱さに怒りが湧いた。


「殺すには惜しいわね。もしその試練が終えたら私の所に来なさい」

「行くものか」


 ルイズはリコリスの頭に触れ、「私の名前は――」と囁いた。その瞬間、全身が震え、涙が滲んだ。彼女の手から伝わる冷たい感覚が、殺意とも違う不気味な何かだった。


「もしそれが本当なら、わたしをなんで必要とする?」


 声が震え、喉が締まる感覚に耐えながら、私はルイズを睨んだ。彼女の瞳は冷たく光り、まるで底の見えない湖のようだ。


「必要だから。ただそれだけの話」


 ルイズの口元が微かに歪み、軽い笑いが漏れる。その言葉が空気を切り裂き、私の胸に突き刺さった。理解できない。彼女の思考が霧のように掴めず、頭の中が混乱で渦巻く。指先が冷たくなり、言葉を探して口を開きかけた瞬間――


「コール」


 ルイズの背後から低く響く声が、湿った部屋に反響した。彼女の肩がピクリと跳ね、驚きが一瞬顔を掠める。素早く立ち上がり、手の平を突き出すが、その動きは空を切った。間に合わない。


「レコード100」


 刹那だった。バン!と乾いた衝撃音が響き、ルイズの体が視界から消えた。次の瞬間、ガシャン!と壁に叩きつけられる鈍い音が耳を打つ。石壁に細かなひびが走り、埃が舞い上がる。私は息を呑み、目を凝らした。彼女の体が崩れるように床に落ち、長い髪が乱れて顔を覆う。


「リコリスには……触れさせない。私が、許さない」


 ドメの声が震えながらも力強く響いた。彼女は顳顬(こめかみ)をギュッと押さえ、額に浮かんだ汗が頬を伝う。


 よろめきながらも私の前に立ち、両足を踏ん張るその姿は、まるで壊れそうな盾のようだ。彼女の瞳には決意と痛みが混じり合い、息が荒く吐き出されるたび、白い霧が薄暗い部屋に溶けた。


 私の胸が締め付けられ、喉が熱くなる。


「あらあら、ケーブルを抜いちゃったか~。でも未完成でその威力に神の技を習得するなんて、やっぱり私の研究は間違ってなかったのね」


 ルイズがゆらりと立ち上がる。長い髪を掻き上げる指先が震え、前髪の隙間から覗く彼女の顔は笑っていた。薄い唇が歪み、狂気と満足が混ざった表情が私を刺す。壁に残ったひびが微かに崩れ、カラカラと小さな石が落ちる音が響く。私は彼女のその笑みにゾクリと鳥肌が立ち、背筋が凍えた。


「リコリス、離れても私を見つけてね。ずっと待ってるから、この城で待ってるから」


 ルイズの声は柔らかく、まるで子守唄のようだったが、その裏に潜む執着が空気を重くする。私は首を振って叫んだ。


「何を言ってるの?二人で逃げようよ!」

「無理、私はそろそろルイズになる。知らない記憶に浸食されたら、きっとリコリスのこと忘れて、傷つけちゃうから」


 彼女の手がポケットに滑り込み、何かを掴む音がした。カチャリと金属が擦れる小さな音が響き、彼女が取り出したのは、私が馬車から出るときに渡した魔具だった。鈍い光を放つその小さな道具を手に持つ彼女はそれを私に投げる、私の頭がガンガンと鳴り、記憶の欠片が一気に溢れ出した。そうか、過去が消えたのは、この魔具による転移の負荷に耐えられなかったからだ。


 全てが繋がり、胸の奥で熱いものが込み上げる。これから何をすべきか、どこへ向かうべきかも分かった。


「忘れてごめんなさい、絶対!今度こそ絶対に助けに行くから!」


 声が掠れ、涙が頬を濡らす。ドメは小さく頷き、笑顔を見せた。


「うん、ずっと待ってるよ」



 その笑顔が最後に視界を埋め、次の瞬間、白い光が全てを飲み込んだ。耳鳴りが響き、頭がクラクラする。光が収まると、目の前には遺跡の天井が広がっていた。苔むした石の隙間から水が滴り、ポタポタと床に落ちる音が響く。


 ルイズ・アクロイドはドメ・ハーカナだった。彼女が私をこの島に落としたのは、過去を思い出してほしかったからなのかもしれない。胸が締め付けられ、息が苦しくなる。


「あ、起きた!」


 隣でポヨポヨと跳ねるスライムのアヌトリュースの声に、ハッと我に返った。丸い体が弾むたび、ぷるんぷるんと水っぽい音が響く。その目頭が赤く腫れ、涙で濡れているのを見て、胸がチクリと痛んだ。ずっと心配していたんだな。


「着いてきて!合格したら渡すように言われてるものがあるんだ!」


 アヌトリュースが跳ねながら先に進む。私は立ち上がり、湿った床を踏みしめて後を追った。



 時間が巻き戻り、リコリスが試練を受けていた頃。


「そんな武器で大丈夫なのか?」


 血が滲む木のベンチに腰を下ろすと、ザラリとした感触が尻に伝わる。腰に刺した二本のナイフがカチャリと鳴り、冷たい金属が皮膚に触れる。イルマが珍しく心配そうな目を向けてくる。いつも自信に満ちた顔が曇り、眉が不安げに揺れるのを見て、クスリと笑いが漏れた。


 彼女はそれに気づき、眉間に深い皺を寄せ、口をへの字に曲げる。


「ナイフ二本に杖一本、充分だと思うけど?」

「あのなぁ、バーサーカーっていうのは魔の王とまで言われてる魔物だぞ?大戦時に対オストラン王用として造られた魔族達の叡智の結晶と言えるんだ。それがたかがナイフと杖で勝てるはずがない」


 私たちはエルフの王テレスから課せられた試験のため、闘技場にいた。頭上には、子供が青いクレヨンで殴り書きしたような鮮やかな空が広がり、熱い風が砂塵を巻き上げる。


 観客席からの歓声がゴォオオと響き、選手待機場の薄暗い通路まで届く。通路にはベンチ一つと、壁に並ぶ武器だけ。錆びた剣や槍がカタカタと揺れ、埃っぽい空気が鼻を刺す。こんな世の中でも、暇人はいるものだ。


「ほら、せめて大剣だけでも持っていけ!」


 イルマが壁の武器を指差す。刃物が光を反射し、鋭い輝きが目に刺さる。持ち込めるのは魔具と薬品だけだ。そういえば、エルシリアの母は大戦で大杖を手に挑んだが、バーサーカーの、城壁のように硬い肌を貫けず、何日もかけて付けられた傷はたった一つだった。果たして剣が通用するのか? 私の胸に微かな疑念が芽生える。


「イルマ、私は重いのは持たない。あと魔法も知ってると思うが、テレスからもらった五つの増強剤を全て使って三回程度だ」

「無理だったらすぐ投げろ、良いな?お前は死なれたら困る。無理はするなよ?」


 彼の声に滲む心配が、私の心をチクリと刺す。でも、私は周りと格が違う。


「私は世界を破壊する為に創られたプログラム、ニュークリアス。人間ごときが造った人形に殺されてたまるか」


 最強だ、という確信が胸を熱くする。血と肉片が絡みついた柵がガシャンと上がり、私はイルマの肩をポンと叩いた。彼の眉間に川の字が刻まれたまま、私を見上げる。


「最高のショーを見せてあげる」


 闘技場は、大きなドラゴンが尻尾を伸ばして横になれるほどの広さだ。砂埃が舞い、熱気が肌を焼く。向こうの檻が軋みながら上がり、殺気混じりの魔力が風となって全身を叩いた。素人でも分かる。その強大な力に、観客席が沸き、挑戦者達は足を震わせたのだろう。だが、私は違う。


 一歩踏み出す。すると、いつの間にかバーサーカーが間合いを詰めていた。血生臭い体臭が鼻を刺し、息が詰まる。目の前にそびえる巨体、その下にぶら下がる人間と変わらない男性器に、作り手の無駄なこだわりを感じた。油気のないボサボサの長い髪が風に揺れ、強者の風格を漂わせる。人が知能を持った兵器を生み出せるまでに進化した事実に、興奮が胸を突き上げる。全身を飲み込む魔力に、口角が勝手に上がった。


 悪い癖だ、真面目に戦わなきゃいけないのに、今、最高に攻撃を受けてみたい!


「ウオォォォォォォォォオ!」


 雄たけびが空気を震わせ、巨大な拳が繰り出される。私の顔より大きいその拳が迫り、風圧が髪を乱す。どれだけ痛いのだろうかと想像し、ガードを忘れた瞬間、相手が何かを感じたのか後ろに跳んだ。ズシンと地面が揺れ、背中の大剣――岩を切り出したような巨大な刃――の柄を握り、警戒する。


「なーんだ、逃げちゃうの?」


 少し残念だ。期待していたのに。魔王と呼ばれるだけあって、ただ突っ込むだけの魔物じゃない。観客の歓声がピタリと止み、静寂が場を包んだ。皆、次の展開を期待の眼差しで見つめる。


「つまらないヤツ」


 私は腰の後ろに手を回し、二本のナイフを抜いた。


「始めますか、魔王狩りを」

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