01・開幕
時は、20年にわたる全種族の争いが終戦を迎え、黒灰の魔女族が世界を統一した時代。生き残った他種族が静かに逆襲の機会を窺っている、そんな時代。
厚く重々しい黒雲が空を覆い、雨音に包まれた暗い荒野。ビガッ、ビガッと鋭い光が幾度も閃き、その刹那、空気を裂く轟音とともに稲妻が大木を真っ二つに切り、大地を抉った。その瞬間――。
「エルシリア様、お生まれになりました!」
第一王女、後のリコリス・オストランが誕生した。
「おめでとうございます!」
汗で髪をびっしょり濡らしたエルシリアと呼ばれた女性は、息を吐き、ベッドに身を預けた。その様子は安堵というより、「やっと終わった」という疲労感が強いようだった。彼女は生まれたばかりの赤子を愛情深く抱きしめることなく、何かを探すように頭から足先までじっくりと観察し始めた。
(予想通りだ。この子にKKプログラムが仕込まれている。エルシリアを選んだのは正解だったが、殺すにしても自分の子を兵に命じて殺させるのは不自然すぎる。このまま育てるのも危険だ)
周囲の不思議そうな視線に気づき、エルシリアは我に返った。子が生まれたというのに抱きしめもせず、険しい顔で眺める奇妙な行動に皆が戸惑っている。この「エルシリア」というオブジェクトに入っている以上、彼女として振る舞わねばならない。
(触れただけで分かるほどの魔力だ。呪われた子――この世界ではそう呼ばれていたか。惑星破壊プログラムと、このオブジェクトに設定された魔力。もし敵になれば、このエルシリアでは神の力を使わない限り勝てない)
転生時の頭痛で判断が鈍り、無言のままではさらに違和感を与える。気休めに「魔力量を測った?」と口にした。
隣に立つメイドが「お気づきになりましたか」と言いづらそうに答えた。
「そのことで問題が……エルシリア様の遺伝でしょう。魔力量は大人の魔女を軽く超え、専門家によれば現在の魔族の中で最強かもしれません。そのため、寿命も短いかと」
即座にどうすべきか答えられないのは、二つの立場が交錯していたからだ。一つは転生派の女神としての立場、もう一つはオストラン帝国の王としての立場。転生派として神界のためにこの子を殺さねばならないが、異世界の王という立場が自由な選択を許さない。疲労が溜まり思考もままならない中、言葉が出てこず、「星詠み師のドメ・ハーカナに占ってもらいましょう」と時間を稼ごうとした。しかし、先手を打たれていた。
「ドメはこう予言していました。『感情を芽生えさせないよう注意すれば災害は起きない。呪われた子は成長が早く、三年後には任務に投入でき、バルトロの研究報告書を見つけさせれば良い結果を残すだろう。故に今からダータ島への侵入方法を考えるべきだ』と」
「バルトロの研究報告書って……」
それは、オストラン帝国とエルフ族が血眼で探しているものだった。この時の私はまだ、その重要性を知らなかった。
「感情がなければ災害が起きないか」
すると、黒と白のメイド服を着た小柄な女性が、「ハーカナの言うことを信じるんですか?」とでも言いたげな表情を浮かべた。
「ルイズ、気持ちは分かるけど、今はそうするしかない」
「なら、私にこの子の部屋を用意させてください」
ルイズは昔から私のそばで仕えてきたが、こんな強く主張するのは珍しかった。私がこのオブジェクトに転生したことで、プログラムに変化が生じたのだろうか。いずれにせよ、ただのプログラムに任せきりにするのは不安で、「呪われた子は一週間で動けるようになるらしいし、戦力になるよう教育に適した部屋を、人目から離れた場所に用意して」と指示した。
「かしこまりました」と一言残し、彼女は去ろうとしたが、少し立ち止まった。拳を握るその後ろ姿は何かを我慢しているように見え、「私は何を言われても怒らないよ。言ってみなさい」と袖を引いてこちらを向かせた。
ルイズは言葉を探したが、やがて諦めたように拳を開く。
「エルシリア様……いえ、中の方。これから何が起きようと、私を信じてください。私はあなたの真の敵を知っています。時が来たら話します。今は私を信じてください」
ルイズはこの世界の住人のはずなのに、なぜ中身が入れ替わったことに気づいている? 彼女の話し方は全てを理解しているようで、敵ではなさそうだが、本当に信じていいのか迷う自分もいた。しかし、子を産み、転生の負荷で身心が限界を迎えている今、動くことも現状を把握することも難しい。しばらくは任せるしかない。
「分かってます」
その一言に、ルイズはホッとした表情を見せ、一礼して赤子と共に部屋を出た。
エルシリアは窓に映る自分の顔を見つめ、「分かってます……か」と呟いて立ち上がった。
「確か、あらゆる研究に力を入れているのはニスカヴァーラ城だったはず。向かうとしましょう」
◯ ◯ ◯ ◯
〈第一王女が産まれてから四日後〉
「よう、星詠み師」
「なんだい? お前が日の出に起きるなんて珍しいねぇ」
「俺だって起きるさ。旅商人なんだから」と男は大きくあくびをした。
「シガノポートは潮臭くて嫌だねぇ」
星詠み師と呼ばれた少女の隣に座り、リュックからパンを二つ取り出し、「食うか?」と差し出した。
「俺たちの乗る船はあそこ。どちらもダリナが設計したんだ。元が小さなボートとは思えないよな」
少女の指先に、オレンジ色の朝日に照らされた船を見て、「あの小さなボートがねぇ、まさに魔法だな」とカラカラ笑った。
「三年経ったし、今日が第一王女の初任務らしいぜ」
「そうか。今頃、アイツの所に薬が届いてると良いんだが」と男はパンをちぎって口に放り込んだ。
「待たなくていいのか? 紋章が浮き出るのを確認するまで」
「そんなの確認しなくてもいいさ」
カメレオンの根拠のない自信に、イルマは鼻で笑った。
「俺はあいつを信じてるのですよ――」
――ルイズを信じてるのですよ――
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