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リオン〈2〉

関は男性から、客達が書いたアンケート用紙を含む数枚の書類を受け取った。

車を借りる手続きを済ませ、車の方に歩いて行く関を男性は不安そうな顔をして見送った。

扉を開けると持っていた鞄を助手席に放り込んだ。そして中に入り運転席に深く腰かけた。

車の内装はシックで、室内空間はゆったりしていて心地いい。また、レンタカー特有の独特な臭いもない。関は体を背もたれに預けると目をつむった。

(さて、どうするか……)

暫くたって目を開けると体を起こし、助手席の鞄から九州のドライブブックを取り出した。せっかく九州に来たのだし、レンタカーもタダで借りたのだからどこか観光して行きたいものだ。

関はドライブブックをぺらぺらとめくった後、七ツ釜をカーナビに入力した。画面に七ツ釜へのいくつかのルートが表示される。その中から適当なルートを選んで決定を押した。

そこまでの動作に何もおかしなところはない。関はカーナビを操作し終えると、おもむろに立ち上がり今度は車の内側を叩いた。あちこちを少し強めに叩いてみたが、特別何かが起こることもない。関は暫く車を叩いていたが、座席に座り直し姿勢を整えるとルームミラーとサイドミラーの位置を調整した。その後シートベルトを締め、車を発進させた。

暫く天神の町を走ったが、男性が言っていた変な現象は何も起こらなかった。不快な音もしなければ、突然エンジンが停止することもなかった。

天神のマンション郡を抜けて橋を渡る。今日は中々日差しが強く暑い。関は日除けを下げ、窓を全開にして車内に吹き込んで来る爽やかな風を受けながらドライブを楽しんでいた。

国道を走っていたときだろうか。レンタカーにも慣れ、単調な道路であったため関は少々車を飛ばしていた。

「……随分と速度超過をしていますね」

不意にどこからか落ち着きはらった男の声がした。

関は視線だけを素早く辺りに巡らせる。もちろん彼以外車には誰も乗っていない。それに道案内をするカーナビの声でもない。

関は少し速度を緩めたあと、誰かに話しかけるように口を開いた。

「やっと喋ったな」

関の発言から少し経って、また男の声が車内に流れた。

「私の声が聞こえるのですか?」

「ああ」と関は簡潔に返す。

声は黙った。どうやら静かに驚いているようだった。

「……まさか私の声が聞こえる人間がいるとは。もう諦めかけていたのですが」

「まあ、俺が特殊なだけなんだけどな」

信号が赤に変わった。関がブレーキペダルを踏み車を止める。

「お前、出てこられるか?少し話がしたいんだが」

関の言葉に対する返事は返ってこなかった。

ふと後部座席に気配を感じ、関がルームミラーをみやると、後ろの座席に青年が腕を組んで座っているのが見えた。

彼の髪は青色で、日の光を浴びるとあたかも宝石のようにきらきらと緑や水色などの光をはなった。彼はレンタカー会社の制服を身に付け、左の頬には有名な自動車会社のエンブレムが、また首筋には車種が書かれていた。そして左腕にはナンバープレートが書かれた腕章をしていた。彼は真面目な顔をした利発そうな青年であった。

「よう、出てこられたんだな。大分自我がはっきりしているってことか。……それにしても、話すというのにわざわざ後ろの座席に行かなくてもいいんじゃないか?」

そう関が言えば、

「あなたの酷い運転が直らないかぎり、助手席に座りたくはありません」と素っ気なく言い返されてしまった。

「そこまで酷くはないと思うが。どの辺が気に入らない?」

青年は眉をひそめて窓の外を眺めながら

「速度調整とハンドルの使い方ですね」と言った。

「規制速度の意図的な超過、急ハンドル。心地のいい運転だとはとても言えませんね」

不快そうな顔でずけずけと言う青年に関は苦笑して、「それは悪かった」と答えた。

「まあハンドルさばきは改善するとして、規制速度の超過は見逃してくれないか。今時規制速度を忠実に守っている人間なんてまずいないし、逆に守ると交通の流れを乱して危ないときの方が多いんだ」

そう言うと青年は少し黙ったあと、顔をしかめてポツリと

「人間はこれくらいの規則も守れないのですね」と言った。

信号が青になった。関はゆっくりと車を発進させる。

「さて、お前……呼びにくいから名前が欲しいな。名前はあるのか?」

「いいえ」と青年が即答する。

「なら俺が呼びたいように呼ばせてもらう。……そうだな、リオンっていうのはどうだ?」

「別にどんな名前でも」とリオンが答える。

「よし、ならそれでいくことにしよう。ああ、自己紹介が遅れたが、俺は『車なんでも相談所』の関だ。よろしく頼む」

「車なんでも相談所?」とリオンが視線だけを関にむけて訝しげに尋ねる。

「ああ。車の様々なトラブルを対処するために俺が作った会社だ。今回はお前が所属しているレンタカー会社の社員から相談を受けて、お前の“修理”をしに来た」

リオンは相変わらず腕を組んで窓の外を眺めている。その冷めた顔からは関の話を聞いているのかどうか分からない。

関が再び口を開く。

「単刀直入に聞こう。何故お前はいきなりエンジンを止めるようなことをする?お前を借りたレンタカーの客達が困っているみたいだが」

「簡単なことです」

リオンが素早く答えた。車が山道に入り、彼の顔が木の影で暗くなった。

いつの間にか全開だったはずの運転席の窓は閉まり、車内は静まりかえっていた。

「まともに交通規則も守れない彼らは運転手失格だからです。運転手のいない車は動きませんよ」

冷えた声音で発せられたリオンの言葉は暫く静かな車内に響いた。

関は何も言わず、下げていた日除けを上に戻した。


「速度超過を感知しました。エンジンを停止します」

機械的に発せられた言葉とエンジンの停止した音に関はため息をついた。

先ほどからリオンは規制速度を少しでも違反するたびにエンジンを止めていた。そのため関はなかなか目的地にたどり着けないでいた。

「リオン、今のは見逃してくれ。わざとじゃないんだ」

関が何度エンジンをかけようとしても一向にかからない。それはそうだろう、この車自身が動くのを拒否しているのだから。

後ろからリオンの声がする。

「その言葉は聞き飽きました。反省したのならきちんと行動で示してください」

「分かった。次は気をつけよう。だからエンジンを動かしてくれ、頼む」

関が懇願するように言うとため息が聞こえ、その後エンジンがかかった。

関はほっとする反面、リオンの細かさにやれやれといったように首を振った。

今までいろいろな車を見てきたが、ここまで細かい性格をした車は見たことがない。恐らくこの車を借りたほとんどの観光客は規制速度を超過していただろうから、しょっちゅうエンジンが止まっていたことだろう。せっかく旅行に来たというのに、エンジンを幾度となく止められた彼らが不憫で仕方ない。

(それに……)

関は考える。この場所は交通量が少ない場所だからいいが、もし町中なんかでエンジンを止められたら、大変なことになってしまうだろう。

関は急カーブのために速度を落としながらリオンに尋ねた。

「リオン。何故お前はそこまで交通規則の遵守にこだわる?何か理由でもあるのか?」

リオンは運転席の背もたれを見つめながら口を開いた。

「規則は守るためにあるからです」

「まあ、確かにそうだが……。それにしてもお前はやけに厳しいからな。まるで警察みたいだぞ」

「……」

リオンは窓の外に見える森林を一瞥した後、顔を前に向けた。

「交通規則は人の命を守るためにあるのですよね?」

「ん?……ああ、まあそうだな」

いきなり質問されて関が要領の得ない返事をする。

「それなのに人は何故、規則を守らないのでしょう?規則を守ることくらい、我々を作った人間にはたやすいことでしょうに」

ルームミラーに映ったリオンは本当に理解に苦しんでいるようだった。

関が何も言わないでいると彼は少しうつむいて、

「規則さえ守れば助かる命もあるというのに」

と呟いた。


(c)2019-シュレディンガーのうさぎ

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