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八話 帰り道

 店の扉を開けると、街を染める茜色は更に濃くなっていた。もうじき日は沈み、夜になるだろう。


「さ、帰ろっと」


 詰所に向けて歩き出した私の頬を、まだ陽の暖かさが残る風が撫でる。同時に、背後からここ数時間のうちにすっかり聞きなれた、快活な声が聞こえてきた。


「ソワレどのー!」


 振り返ると、やや離れた所に見慣れた姿があった。振り返った私を見て、ぶんぶんと手を振りながらぱたぱたと、無邪気な子供のように駆けてくる。

 やがて私の近くまで駆けてきた彼女は、人懐っこく私に声をかける。


「ソワレ殿ぉ! もう買い物は済んだのか?」

「うん、ここの店主さんが結構いい人でねぇ、思ってたより安上がりだったよ」

「そうか、それは良かった! その帽子も買ったのか? すごく似合ってるぞ!」

「あ、ありがと。イズモの用事はもういいの?」


 次々と飛び出してくる率直、かつ遠慮のない言葉にどこかむず痒い感覚を覚え、つい話を切り替えてしまった。


「私は大丈夫。ちょっと野暮用を済ませただけだ。さ、ソワレ殿、一緒に帰ろう!」

「ん、そだね」


 軽く頷くと、彼女は嬉しそうに隣に並び、私と歩幅を合わせて歩き出した。

 ここから詰所まではそこそこ距離がある。このまま黙って歩くのもナンだし、おしゃべりでもしてみようか。依頼人の事を知っておくって意味でも有意義だろう。

 それにしてもどう話を切り出すべきか。そう思っていた矢先、先に口を開いたのは向こうだった。


「ソワレ殿」

「ん? 何?」

「ふと思ったのだが、私はソワレ『殿』と呼んでいるのに、ソワレ殿は私を呼び捨てにするのは些か不公平だと思うんだ」


 急に何を言いだすんだこの子は。


「ええ……じゃあ、イズモ、さん?」

「なんだか他人行儀だなあ。一緒にお茶を飲んだ仲なのだし、もう少し親しみがあってもいいのではないか?」


 そういうものなのか。確かにイズモは異国の生まれだし、そういう文化なのかも。文化の違いなら仕方ない……かな?


「うーん、じゃあ……」

 考え込む私を、期待を込めてキラキラと光り輝く瞳が撃ち抜く。なんだか物凄くやり辛い。


「……イズモ、ちゃん?」


 瞬間、ぱあっ、と花の様な笑顔が咲いた。どうやら気に入ったようだ。


「おお……! それ! それが良い!」

「そんなに?」

「うん。私が呼ばれる時は隊長! とかイズモ様! ばかりだったからな。故郷では呼び捨てだったし、ちゃん付けで呼ばれるのは、なんだか新鮮だ」

「ふふっ、じゃあ今度からはイズモちゃん、ね」

「うん! ありがとう、ソワレ殿!」

「あはは、イズモちゃんて結構子供っぽいトコあるよね」


 そう言うと、さっきまでの笑顔が嘘のように萎み、悲しげな表情に変わる。あまりの変わりように、罪悪感を覚えるほどだ。


「むう……これでも今年で二十歳になるのだがなぁ」

「え、四個下じゃん。もっと離れてるかと思った」


 更に表情が曇る。


「ううん、私はそんなに子供っぽいだろうか」

「だいじょぶだいじょぶ、ぱっと見は相当大人っぽいから」


 そう答えると、ふんす! と誇らしげに胸を張る。やっぱ子供っぽいな。

 それにしても二十歳で騎士団隊長……。飛龍(ワイバーン)の件といいもしかしてこの子、結構化け物なのでは。

 そう思い、改めて観察する。


 歩く度に見え隠れする太ももは、きっちりと引き締まっている。筋肉がつき過ぎているわけでもなく肉が多いわけでもない、必要十分といった感じの、機能美を感じさせる無駄のない肉体だ。


 そして身に纏っているその服……。色々と慌ただしくてじっくりと見られなかったが、やっぱり中々すごい格好だ。なんていうか……風通し良さそう。


「イズモちゃんてさあ……」

「むっ。なんだ? ソワレ殿」

「あ、いや、なんていうか……けっこー変わった服着てるよね」


 その言葉を聞いた途端、袖をひらひらとはためかせ、どこか嬉しそうに話し始めた。


「え、えへへ……ソワレ殿は妙な事を気にするなあ。着ている服について聞かれたのは初めてだ」

「いやあ、私の人形が着てる服って自作だからさ、他の人の服とか気になっちゃうんだよね」


 それで無くても彼女の服は気になるところだらけだと思うんだけど……。一歩間違えたら痴女だよ、これ。


「ふふん。この服は、私の故郷の服に手を加えた物なんだ」


 言いながら彼女は、自慢の服を誇示するかの様にくるりとその場で回る。


「カンナギにはミコという神に仕える女性がいるんだ。この服は、そのミコの伝統服に私なりに手を加えたものだ」

「例えば?」


 更に促すと、彼女の顔は少し赤みを増し、やや興奮気味に話を続ける。


「例えば、この袴だな!」


 そういうと、唐突に自分の穿き物の裾を掴み、ひらひらと振り始めた。裾には深いスリットが入っており、振るたびに白い太ももがちらちらと見え隠れする。男性には大変目に毒な光景だ。


 彼女は恐らく自分の体がどれほどの破壊力を有しているのか自覚していないのだろう。ある意味魔性の女かもしれない。団員があんな感じになるのもちょっと納得がいく。

 詰所で見た変態を思い浮かべている間にも、イズモちゃんの口は高速で回り続ける。


「この袴は足運びを妨げないように、横に切れ込みを入れてあるんだ。戦う時に動きやすいんだぞ!」


 更に彼女は話を続ける。どうやらおしゃべりに火をつけてしまったようだ。こうなったら満足するまで聞き手に徹する他ないだろう。


「あとあと、この上着も工夫してあるんだ!」


 よほどお手製の服に触れられたのが嬉しかったのか、聞くなり嬉しそうに体を開き、袖を揺らしたり体を捻ったりして服を私に見せつけてくる。その動きが胸に凶悪な振動を与え、色々とこぼれそうだ。


 服を観察すると、確かにあまり見ない形状だ。肩口から腕に行くにつれて袖の口が広がり、たっぷりとゆとりのある形になっている。


「この袖は、戦闘時に相手に腕の動きを悟らせないようにするものだ。熟練の戦士は筋肉の動きで行動の先を読むというし、そういう手合いにも実際会ったこともある。それに、中に色々と仕込めるんだ!」

「何を仕込んでるの?」

「う。それは……ひみつだ! 危ないからな!」


 どうやら危ないものを仕込んでいるようだ。


 確かに袖の中に物を仕込むというのはベタだけど、逆に面白いかもしれない。

 私はいつものように懐からくたびれた手帳を取り出し、アイデアを書き留める。今度人形の素体が手に入ったら、このアイデアを落とし込んでみよう。


 夢中で手帳を書き殴っていると、不意に視線を感じた。脇を見ると、赤い瞳が好奇心旺盛そうな目を爛々と輝かせ、穴を開けんばかりの視線を手帳に放っている。


「……ダメだよ。これは私の企業秘密ってやつなの。見せてやんない」

「むぅ……ソワレ殿のケチ」


 むくれちゃった。


「まあまあ、どうせ討伐の時に見れるんだからいいじゃない」

「ん? 討伐の時に? 何を?」

「へっ?」

「はぇっ?」


 私達の間を、乾いた風が抜ける。同時に、両者間にある理解の程度の隔たりを感じた。


「ええと……私ら人形術師(ドールマスター)は、人形を使い魔みたいにして戦ったりできるんだよ。知らない?」


 聞くと、赤い目が途端に目が泳ぎ始めた。どうやら答えに困ると目を泳がせるのは癖らしい。確かに人形術師なんて、魔術大国なんて言われるロゼでもあんまり見ないのだから仕方ないのだけれど。


 人形術はれっきとした魔術体系の一つだが、いかんせん習得に時間がかかり、かつ面倒くさい部類に入る。人形一つ一つを手作りし、魔力を込めなければいけない上に、いざ戦闘に使おうと思うと扱いが難しい。


 今では魔法で人形を操って劇をしたり荷物持ちのように使う、いわゆる人形遣いがほとんど。戦えない人形術師は人形術師ではないのだ。

 だったら、人形術に比べて習得が容易で強力かつ応用の効く、炎や冷気を扱える魔法を学んだ方が良い。その辺りが人形術師不遇の理由だろうか。


「あわわ……。すまない。実の所人形を用いて戦う魔術の事は、聞きかじりの知識しか持ち合わせていないんだ。船での人形劇は副業か何かだと、てっきり……」


 副業……まあ仕方ないか。実際副業だし。人形を操って戦うのなんか、はっきり言って物好きのやる事だと私でも思う。


「いや、いいのいいの、気にしなくて」

「ううん、すまない。勉強不足だった。しかし人形で、戦う……」


 しばらく俯いてうんうんと考え込んでいた様子の彼女は、意を決したように顔を上げ、口を開いた。


「ソワレ殿、私と手合わせをして頂けないだろうか」

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