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七話 クソ店主

 店に入ると、乾いた木の棚の匂いと、そこかしこに並ぶ雑多な品々が私を出迎えた。

 意外な事に客は私だけ。どうやらピークが過ぎたタイミングで入れたようだ。


 店の商品に目を向けると、かなり手広く商売をしているのか、魔道具から日用品、果ては衣類など中々に豊富な品揃えだ。


 しかも見た所、その一つ一つの品質はかなりの物。外の出店よりは流石に高く付くが、これならば安物買いのなんちゃら、という事は無さそうだ。

 しかし常連でもない私が、このごちゃごちゃとした店の中からモノを一つ一つ探していたらキリが無い。


「すみませーん」


 店の奥へと声を飛ばす。程なくして、ぱたぱたと急ぐ足音がこちらに向かってきた。


「いらっしゃいませ、ようこそバルド商会へ。何かお探しですか?」


 乱立する品や棚の間を縫うようにして現れたのは、店番の女の子だった。メガネと埃で少し汚れたエプロンが印象的な、ごく普通の子だ。手に持ったはたきを見るに、どうやら掃除中だったらしい。


「ええ、そうです。初めてなものですから、店員さんにお手伝いをお願いしようと」


 言いながら、懐から紙切れを取り出し、店員に渡す。必要なものが書かれたメモだ。


「拝見しますね。ええっと……」


 店員はメガネをくいっと整えてメモに目を通し始め、程なく私に笑顔を向けて話した。


「こちらのお品物でしたら、全て当店でご用意できます。少々お時間がかかると思いますので、それまでお掛けになっていて下さい」


 店員が掌を差し出した先には、革張りの腰掛けがあった。これもまた上等な物のようだ。


「ありがとうございます。あ、そうだ」

 時間がかかるのなら、ついでに換金も済ませてしまおう。


「はい、なんでしょうか?」


 立ち去りかけた店員が、おさげをたなびかせながら振り返る。


「買い取っていただきたいものがあるのですが、買取とかってやってます?」


 私の問いに店員は淀みなく答える。


「でしたら、奥に店主が居りますので、そちらへお願いします。あちらですね」


 またもや差し出された手の先には、これまたごちゃごちゃと物が並ぶカウンターと、その奥でこくりこくりと舟を漕ぐ恰幅のいい初老の男性の姿があった。


 店員に会釈しつつそちらへ向かって歩みを進める。響く足音にもまだ目を覚ます気配がない。とうとうカウンターの前まで来たが、一向に起きない。


「すみません」

「ふがっ……。ぷぐぬぅ……」


 こ、このクソ店主……!

 よく見るとカウンターに呼び鈴が置いてある。上から押して鳴らすタイプの物だ。


 怒りを込めて呼び鈴をぶっ叩くと、鼓膜を貫くような鋭い音が店内に響き渡る。同時に船漕ぎ店主が肩をびくっとすくませて目を覚ました。


「お、おぉ……ああびっくりした。おや、客かね」

「お休みのところすみません。買い取っていただきたい物があるのですが」


 微量の嫌味を含めて話す。完全に覚醒した店主は横柄な態度でこちらを値踏みするようにねっとりと眺め、やがて口を開いた。


「ふぅむ、買取ですな。拝見いたしましょう」


 さっきの店員と違って、店主の方はどこか鼻に付く態度だ。大方店の評判に胡座をかいているのだろう。ビスクに並ぶもの無しという自信の表れとも取れる。


「ええ、これです」


 懐から、船でイズモに貰った工芸品を取り出し、カウンターに置く。


「カンナギの品ですな、どれ……」


 店主はそれを手に取り、モノクルを片眼にあてがい矯めつ眇めつ眺め始めた。


「石も上等、細工も凝った意匠を施しております。金貨二十枚程で買い取っていただきたいのですが」


 私の言葉を聞き流しながら鑑定をする店主は、やがて口の端を歪め、いかにも業突く張りと言った表情を一瞬覗かせた。


「ふうん、残念ですがこれに金二十枚の値は付きませんなあ。出せて五枚というところです」

「……ご冗談でしょう? 金に翠玉の宝飾品ですよ? 使われている物だけでもそれ以上の価値はあるはずです」


 コイツの魂胆はすぐに察した。私をビスクに来たばかりのよそ者と見抜き、品物を安く買い叩こうというのだろう。余所者や旅人からふんだくる商人なんて、今まで腐るほど見てきた。


「……値打ちの根拠は?」

「言ってお分かりですかな?」


 かちん。


「確かに使われている物は上等ですが、それだけです。年代も古いし買い手も限られてくる。自分で言うのもナンですが、この辺りで一番の目利きはこの私です。嫌なら他を当たっていただいて結構ですが、それでもウチが一番高いでしょうなぁ」


 店主はそう傲慢に言い捨てた。その強い語調から、言い値からは絶対にまからないという強い意志を感じる。交渉するだけ無駄だろう。


「……分かりました。それで手を打ちましょう」


 そう言うと、店主は脂ぎった顔に底意地の悪そうな笑顔をにたりと浮かべた。


「ええ、ええ、毎度ありがとうございます。それでは早速……」


 と、店主が金を取りに席を立つと、代わりに後ろからさっきの店員が現れた。


「お客様、ご注文のお品物が揃いました」

「ああ、ちょうどいい所に。実はリストに書き忘れたものがありまして……」

「何でしょうか?」

「帽子です。見た所このお店は衣類も置いてあるようですので、私に似合う帽子を一つ見繕っていただけますか?」


 唐突に言い渡された風変わりな要求に一瞬戸惑いを見せた様子だが、すぐに笑顔で返した。


「分かりました、少々お待ちください」


 そう言うと私の格好を眼を皿のようにして眺め、かと思うとぱたぱたと急ぎ足で遠ざかっていった。

 入れ替わりに、店の奥からは店主が金貨を五枚指先に摘んでのそのそと歩いてくる。


「さて、こちらがお約束の金貨五枚です」


 カウンターに乱雑に置かれた皮袋は、じゃらりと重厚な音を立てた。中には無数の金貨が詰まっていることだろう。

 周囲に他の人間の気配がないことを確認し、店主に声をかける。


「一つ、良いことを教えて差し上げましょう」


 突拍子も無いセリフに、店主はうっすらと困惑の色を浮かべる。


「ハテ、何でしょうか」

「素性のわからないヤツを相手に、舐めた真似をしない方が良い……!」


 言い終わると同時に、私は右手を店主にかざす。


「な、何を……!」


 驚きの声を上げる店主に構わず、私は右手の五指から糸を放つ。

 黒い魔力を纏う糸は真っ直ぐに店主の額へ飛んでいき、そのまま額の中へ先端を溶け込ませた。

 すると見る間に店主の目は光を失い、顔からは表情が抜けていく。どうやらうまくいったみたいだ。


 私が操れるのは人形だけじゃない。誰でもというわけにはいかないけど、コイツくらいならちょろいもんよ。


「さて、話を戻しましょうか」


 右手を店主にかざしたまま言葉を続ける。


「これ、幾らで買い取って頂けるのですか? 出来れば金貨四十枚から買い取って頂きたいのですが……」

「あふぁ、かいとぃ……」


 店主は虚ろな表情を浮かべ、あやふやな返事を口走る。彼は今何の話をしているのかさえ曖昧だろう。少々嵩増しした金額にも気がついていないはずだ。


「え、ええ、金ぃん貨、四十枚ぇすね」


 呂律の回っていないか細い声でそう呟くと、皮袋から四十枚の金貨を取り出し、カウンターの上に差し出した。


「ま、またた、のおこ越し、を」


 金貨をしまう私を見て、店主は尚も虚ろな目をしつつ話し続ける。


「ええ、今後ともご贔屓にさせていただきます。もっとも……」


 私はおもむろに糸が伸びる指を掲げ――


「次に会うときは初めまして、ですが」


 ぱちん、と鳴らした。


 瞬間、店主の額につながっていた糸はかき消え、自身は文字通り糸の切れた人形のように、座っていた椅子にぐにゃりと倒れこむ。

 彼が意識を失ったのを確認すると、ちょうどよく店員が帽子を持って現れた。


「お待たせしました……あら、バルドさんまだ起きないんですか?」


 どうやら彼の居眠りは日常茶飯事らしい。


「ええ、ずいぶんお疲れのようです。買取が終わってすぐに寝てしまいました。そっとしておいてあげましょう。ところで、私の帽子は?」

「あ、ええ、こちらです」


 彼女は手に持った飾り気のない白い帽子を私に差し出した。少々ダボッとしたデザイン。キャスケット帽だ。


「黒髪には、やはり白の帽子が映えるかと思います。お気に召しましたでしょうか?」

「ええ、気に入りました。これも一緒に頂きます」

「ありがとうございます! それでは、あちらでご精算いたしますね」


 店員に促され、ピクリともしない店主を尻目に奥へ向かう。まあ半日もすれば起きるだろう。

 向かった先にはカウンターがもう一つあり、そちらは綺麗に片付いている。彼女が清算をするときに使っているのだろう。


 そのカウンターの奥では、ぱちぱちとそろばんを叩く彼女の姿がある。私の姿を確認した彼女は、カウンターの下からこんもりと膨らんだ大きなカバンを取り出した。


「よいしょっと。お待たせしました。それではこちら、合わせまして金貨二十枚です」


 意外と安く済んだ。気前のいい店主に感謝しよう。薄くほくそ笑み、皮袋から金貨を二十枚取り出して手渡す。


「はい、ちょうど頂きます。結構重たいですけど、持てますか?」

「ご心配なく」


 私の足元にはすでに二体の騎士の姿をした、カバンの半分ほどの大きさの人形が、カバンを担いで待機している。私の頼れる荷物持ち君達だ。


「わあ、可愛いですね! 人形術を使えるんですか?」

「ええ、ナリはちんまりしてますけど、中々頼りになるんですよ」

「いいなあ、私もちょっと覚えてみようかな……っと、いけない。他に御用はおありですか?」

「いえ、十分です。それでは私はこれで。暫くは騎士団の所にご厄介になる予定ですので、良かったら御指南致しますよ、人形術」


 それだけ言って私は真新しい帽子を被り、明るい笑顔を浮かべる彼女を背に、人形達を伴って店の出口へと歩みを進めた。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

ソワレさんはカチンと来たら割と色々やっちゃうタイプですね。

感想などありましたら、遠慮なくどうぞ。

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