六話 騎士団長 イズモちゃん
「ええと……戦えるの?」
やべ、言っちゃった。けど、当の本人はなんだか嬉しそうな顔をしている。
「ふふん、私をあまり舐めてくれるな。これでも騎士団の団長だぞ!」
そう言うと、どやっ、と胸を反らせる。態度と胸は立派だが、お世辞にもとても強そうには見えない。背の低さも相まって背伸びしている子供のようだ。時折見せる剣呑な雰囲気は本物だが、今はとても騎士団の長には見えない。
「んん……分かった。討伐はいつ?」
「ソワレ殿の支度が済み次第で構わないが、なるべく早いほうがいいな」
「分かった。あと……」
「うん? どうしたんだ? ソワレ殿」
「報酬ってどうなってるの?」
「え」
目を丸くするイズモ。しかし私からしてみれば当然の質問だ。仕事の成果にはその対価が不可欠。前もって報酬の話を決めておかなかったせいで、何度泣きを見た事か。
「あ、ああ、報酬だな! もちろん用意してあるぞ!」
と、おもむろに机の引き出しから皮袋を取り出した。
「よいしょ」
机に置かれた皮袋は、じゃらりと官能的な音色を奏でる。彼女の白い指が袋の口を緩めると、中に詰まっているモノが露わになった。
「ほォォッ……!?」
思わず下品な声が漏れてしまう。それ程に圧倒的な量の金貨が詰まっていた。中でギチギチと窮屈そうにひしめき、万人を魅了するであろう金色の光をギラギラと放っている。
「正直なところ、外部の方に依頼をするのは初めてだからこういう相場がよく分からないんだ。適当に金貨三百枚程用意したんだが、ど、どうかな?」
金貨三百枚……! 私の先月の稼ぎぐらいあるぞ!
「ん、あ、えぇ……ちょ、丁度かな! 程々! うん!」
興奮のあまり食い気味に答えてしまった。
実のところ相場をだいぶオーバーしているけど、向こうが良いっていうんならお言葉に甘えよう。
「そうか! 良かったぁ! では半分は前金として渡そう。それで色々と支度すると良いぞ!」
しかも前金制……! 随分と私の事を買ってくれているようだ。彼女が人をあまり疑わないタチなだけかも知れないが。どうあれ、これは彼女の信頼に全力で応えなければならないだろう。
「ありがとう。そしたら、いっこお願いがあるんだけど」
イズモは「なんでも言ってくれ!」と笑顔で返してきた。ここまで人懐っこいと、逆に心配になってくる。色々と。
「私、この街来るの初めてだからお店とかよくわからないんだ。地図かなんかあると助かるんだけど」
「なんだ、そんな事か! それでは私が案内しよう!」
その言葉と同時に得意げに立ち上がり、自らの胸をどん、と拳で叩いた。その衝撃で胸がどゆんと小躍りする。
「良いの? 色々と忙しいみたいだけど」
「良いんだ。どうせ私も今から街まで用足しに行く用事があるし、そのついでだ」
イズモは人懐っこい笑みをこちらに向けて話す。
彼女と話していると、どうもお互いの距離感が狂う。出会って間もないのに、まるで昔からの親友のような気さえしてくる。
「ふふっ、それじゃあお言葉に甘えようかな。じゃ、早速行こっか。こういうのは早い方がいいもんね」
そう言いながら、机の上の皮袋をむんずと掴み取った。じゃらじゃらと鳴る皮袋の重さが手に馴染み、実に心地いい。
はしたないニヤけ顔を抑えながら二人並んで部屋を出て、元来た道を戻る。
外に出ると、さっきの変態とは別の騎士が門の前にいた。門番はイズモの姿を認めるや、すぐに声をかけてきた。
「あれ、イズモ様、お出かけですか。暗くなる前に帰って来るんですよ」
「ん! わかった!」
保護者か。そして次に私と目が合うと、その顔は見る見るうちに紅潮していく。
「イ、イズモ様……そのお方は……?」
「ああ、私がお呼びしたんだ。ねーソワレ殿」
「ねー」
無茶苦茶に端折った説明だ。なんかもう訂正する気力もないので、適当に相槌を打つ。すると途端に彼の表情は、まるで熱病にかかったかの様に赤く染まっていく。
「イ、イズモ様が他の女性とお出かけに……それもあんなに親しげに……! あぁ……!」
やべーやつばっかだなホントに。妄想が育っていく前に立ち去ろう。
「さ、行こ、イズモ。日が暮れちゃうよ」
「そうだな! ソワレ殿!」
くねくねと身悶えしている変なのを尻目に、私たちは黄昏に沈みつつある街へと急いだ。
傾きかけた陽にきらめく白い髪に誘われるままに後をついていくと、ビスクの中心らしき所へとたどり着いた。港程度とは比べ物にならない程の活気が、街行く人の喧騒とともに渦巻いている。
「おーい! イズモちゃーん!」
不意に、喧騒の中から彼女を呼ぶ声が飛んで来た。共に振り返ると、声の主はある商店の店主だった。彼の店先には、色とりどりの果物がぎっしりと並んでいる。
「やあ、おじさん。どうしたんだ?」
出店に歩み寄り、親しげに話しかけるイズモ。どうやら顔見知りみたいだ。
「いや何、イズモちゃんの好物を仕入れたもんだからさぁ、是非食べてもらいたくてな?」
そう話す店主の手には、紫に輝く丸々と実った立派な葡萄が一房乗せられている。
「わーい! 葡萄だ!」
「美味そうだろ? イズモちゃんには世話んなってっからな。日頃のお礼ってやつだ。食ってくれ」
言うが早いか、口に運ぶイズモ。黙々と食べ進めるその表情は、だらしなくほころんでいる。とても騎士団長に見えるとは口が裂けても言えない表情をしている。
「美味しい!」
「ははぁ、そいつぁ良かった」
彼女の手に渡った葡萄は、手品の如く見る間に姿を消していく。結局、一房食べきるまでに三分とかからなかった。
「はぐはぐ……。ふぅ。ご馳走様でした」
「オイオイ、一房で満足しちゃいけねえな。日頃のお礼って言ってんだろ? ほらよ!」
そう言うと、店主は葡萄の房がいっぱいに詰まったカゴを取り出した。爽やかな甘い香りが、こっちにまで漂ってくる。
「わーい! おじさんありがとう! ソワレ殿! 一緒に食べよう!」
「お、なんだネエちゃん、イズモちゃんのツレか? じゃ、おまけだ。ホレッ」
そう言うと、店主は私に向けて何かを投げる。
「おわっ! ちょちょちょ……」
辛うじて受け止めたそれは、リンゴが詰まった革袋だった。
「余りもんだから、気兼ねなく食ってくれ。そんじゃ、俺は店に戻るわ」
そう言い残し、店主はいそいそと店の中に戻っていった。
「……なんかいっぱい貰っちゃったね」
「はぐはぐ……ありがたいことだ。さ、先を急ごう」
言いながらぱくぱくと葡萄を頬張りつつ、再び歩き始めた。てくてくと歩きながら食べ物を頬張る様は、まるっきり子供のソレだ。
「むぐむぐ……ごくん。ソワレ殿も食べてくれ。甘くて美味しいぞ」
「ん、ありがと」
断るのもアレだし、一粒お呼ばれしよう。
差し出された房から一粒摘んで口に入れ、瑞々しく張り詰めた皮を歯で破ると、果汁の濃厚な甘みと皮の渋みが口の中で弾ける。これは夢中になって頬張るのも頷ける味だ。
「ところでさ、イズモ」
「うん? 何だ、ソワレ殿」
「あのおじさん、日頃のお礼って言ってたよね。よっぽどの恩がないとここまでしてくれないと思うんだけど、一体何したの?」
ふと、湧いた疑問を投げかける。あまり覚えにないのか、もごもごと頰を動かしながら、首を傾げて考え込んでしまった。
「ううん、あんまり何かをした覚えはないのだが……強いて言うと、アレだろうか」
「アレ?」
「あのおじさんの取引先の農園に、飛龍が巣食ってしまったことがあってな、ちょうど通りかかったから、ついでにやっつけたんだ」
「……飛龍を?」
「うん」
うんって……。軽く言うけど、アレ一匹で国が滅ぶくらいの魔物なんだけど。
「あら、イズモちゃんじゃない! ちょっと寄ってってよ!」
呆気にとられていると、またもや店の中からイズモちゃんを呼ぶ声がした。そちらを向くと、恰幅のいい大柄な女性が手を振りながらこちらを見ている。
「おばさん! どうしたんだ?」
「イズモちゃんお魚好きでしょう? いいの入ったから、騎士団のみんなで食べてちょうだい」
そう言うおばさんの手には、艶々と太った魚の尾がにぎられている。
「わあっ! こんな大きなお魚、貰っていいのか?」
「んもう、遠慮しないでよぉ! イズモちゃんが居なかったら、今頃お店なんか出せてないんだから!」
「……このおばちゃんには、ナニしたの?」
「ええと、漁場を荒らすクラーケンを、騎士団総出で追い払ったんだったかな」
く、クラーケン……別名深海の悪鬼。そんじょそこらの連中が集まってどうこうできるもんでも無いんだけど……。もしかして、あの変態達も強かったりするのだろうか。
その後も商店街を歩く私達には引っ切り無しに声がかかり、結局こんもりとお土産をぶら下げて歩くことになったのだった。
「はぁ……重い……」
果物に肉、魚……果ては可愛らしい服に至るまで。まるで王族への献上品だ。
「すまないなソワレ殿。色々と付き合わせてしまって……と、着いたぞ」
「はぇ?」
不意に足を止めた。彼女の視線の先を見ると、周りに軒を連ねる店よりも豪奢な構えの店がある。掲げられている看板には、『バルド商店』と刻まれている。
「ここがこの辺りで一番のお店だ。大概のものならここで揃うだろう。買い物が終わったら、詰所まで戻っていてくれ。余分な荷物は私が持とう」
そういって私から荷物を取り上げ、それを持って大きく跳躍し、屋根を伝って詰所の方角へと跳ねて行った。
急速に遠ざかっていく姿を見ていると、何だかどっと疲れが出てきた。
「はぁ……何かくたびれたな。さて、買い物買い物っと」
気だるい体に鞭打ち、ランタンの光が揺らめく店のドアをひねり、足早に店内へと入っていく。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
イズモちゃんは大変に強いです。
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