五話 不安
「ごめんなさぁいっ!」
室内に、騎士団長その人の悲鳴に近い謝罪が響き渡る。ぶんぶんと頭を下げては上げ、下げては上げを繰り返しており、放っておけばいつまでもやっていそうな勢いだ。
「ちょ……ちょっといいですよもう。落ち着いて下さい? 大丈夫ですよ。手紙の宛先が誰なのか把握してない上に、名乗っても全然気づいてくれなかったこととか、そもそも人の話をちゃんと聞いてくれなかった事とか別に気にしてないですから、ホントに」
「あ、あううう……」
なんかトドメを刺しちゃったっぽいけど、上下運動はようやく止まった。しかしその表情は未だ自分の失態に歪み、目尻からは涙が見え隠れしている。
「うう……本当にすまない。随分と手間をかけさせてしまった。ごめんなさい……」
「い、いえ……さ、気を取り直して本題に入りましょう?」
「うう、そう言ってもらえると助かる……。気分転換にお詫びを兼ねてお茶を淹れさせてくれ。私の故郷の物だ、美味しいぞ。戻るまでゆっくりしていてくれ」
そう言って彼女は部屋から出て行った。ばたん、と扉が閉まると同時に、私の肺から大量のため息が飛び出した。まさか依頼人のところに辿り着くまでこんなに疲れるとは思わなかった。
戻るまで少し時間がかかりそうだ。少し部屋の中を見学させてもらおう。
改めて部屋を見回すと、個人の部屋は別にあるのか、彼女の私物らしきものはほとんどない。あるものといえば机の上に放置されている湯呑みと、壁に立てかけてある……杖? だろうか。白い木を削っただけのシンプルな物で、少なくともレジネッタで作られたものではないだろう。
机の上に目をやると、魔法で描かれた似顔絵がずらりと並んだ紙があり、紙の上部には今月の失踪者と記されている。似顔絵の上にバツが書かれているものがちらほらと見受けられる。
「なんだろ、これ」
手にとって見てみようとすると不意にドアが開き、彼女はトレイに上に白い湯気を立ち上らせるカップを二つ乗せて戻ってきた。それはいずれも持ち手がなく、円筒状で分厚い独特な形をしている。
「待たせたな、ソワレ殿。さ、まずは一息入れてくれ」
「ええと、改めて自己紹介致します。私は……」
と、言いかけた私を手で制する。
「敬語は使わないでくれ。なんだかくすぐったいんだ。さっき船であった時くらいくだけた感じだと助かる。名前も呼び捨てにしてくれて構わない」
「あ、そう? じゃ遠慮なく。私も敬語ってあんまり得意じゃ無いんだよね」
「ふふっ、やっぱり。さ、お茶が冷めてしまうぞ。話は一息入れてからにしよう」
用意された硬い椅子に腰掛け、差し出されたカップの中身を覗き見る。私に馴染み深い紅茶ではなく、深い緑色だ。
「私のとっておきのお茶だ。冷めないうちに飲んでくれ」
勧められるままに一口啜る。紅茶とは違った趣の渋みと香りが、口にじわりと広がった。
「ん、おいし」
「ふふ、それは良かった。私の故郷はカンナギという島国なんだが、その茶葉はそこでしか採れないものなんだ。紅茶もいいけれど、やっぱりこっちの方がしっくり来る」
そこまで言ったところで、さて、と表情を変えた。先ほどまでの緩んだ笑顔とは対極にある、凛々しく冷徹な表情だ。この表情ならば騎士団長と言われても誰も疑問には思わないだろう。
「本題に入ろう。糸繰りの魔女、ソワレ・バントロワ殿」
その言葉を受けて、私も居住まいを正した。
「ソワレ殿は、この街の北にある遺跡の事はご存知かな」
「や、知らない。こっちに来たのは今回が初めてなんだ」
「そうか。それではその辺りも含めて話そう」
そう言うと、手元の資料をぱらぱらと手繰り、その後再び話し出した。
「数週間前に大きな地震があってな、その時に崩れた山肌から遺跡が出てきたんだ」
山から突如現れた遺跡か。ここの商いの化身のような連中が食いつきそうな話だ。
「この街の人たちは皆商魂たくましいからな。すぐに街のギルドによって遺跡の調査団が結成された。ここを新たな観光地にしよう、とな。その調査団がグールに襲われたんだ」
「グール……」
生ける屍、グール。死んだ生命体の魂と、定期的に濃度を増す闇の魔素が結びつき、魂を核に魔素が肉体を形成した存在。理性は無いに等しく、生前の行動を朧げになぞり、定期的に訪れる魔素の欠乏を癒すために生者を襲い喰らう、言ってみれば人の形をした害獣だ。
「もちろんその後ギルドは、冒険者達を募って討伐隊を結成した。多くの腕利きが名乗りを上げて討伐に向かったが、奴らにはまるで歯が立たない。それで、我々騎士団に委ねられたというわけだ」
「ふーん……」
グールは基本そこまで強い存在では無いはず。相当な数のグールが湧いてるのかな。それでも、ギルドの連中が組んでかかって歯が立たないというのが気にかかるけれど。
「で、グールの数は?」
「二体だ」
――はあ?
「二体?」
「うん」
「あぁ、ええ、随分少ないけど、討ち漏らしかなんかなの?」
私の問いに、彼女は話しづらそうに口を開いた。
「いいや、たったの二体だ。私の隊から何度か騎士を派遣したのだが、いずれもたった二体のグールを討伐できずに返り討ちにあっているんだ。情けない事にな」
手元の資料をぱらぱらとめくりながら、言葉を続ける。
「死者こそ出ていないが、隊の半分が治療院送りになってしまった。これ程強力な魔物をいつまでも放っておくわけにはいかない」
「……死者が出てない?」
奴らは本能のままに人を襲う。手加減などができる知能は持ち合わせていない。話の通りにそこまで強大な力を持っているのなら、何人か死んでいてもおかしくはないはず。
そもそもそんな奴らが一箇所に引きこもっている事自体がおかしい。話を聞く分だと、まるでそこを守っているような……。
「うーん……」
顔をしかめて思案にくれる私の頭に、快活な声が飛んできた。
「心配するなソワレ殿!」
顔を上げると、どやっ、という効果音が似合いそうな顔でこちらを見ている。
「一人では骨が折れるだろうからな。討伐には私も同行するぞ!」
不安だ……。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
チョロい生真面目女騎士って、大変素晴らしいと思うんですけど、どうでしょうか。
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