四話 ユッルい騎士団
船を降りた私は、無数の店がひしめくビスクを北に抜け、ようやく念願の騎士団の詰所までたどり着いた。
目の前の石造りの建物は、十数人が常駐するには十分な大きさだ。門には風を孕んでぱたぱたとはためく旗が掲げられており、それには私に送られてきた手紙にあった刻印と同じデザインの刺繍が施されている。取り敢えずここで間違いはない様だ。
門の前には暇そうに突っ立っている、騎士であろう人が一人。とりあえずあの人に話しかけてみよう。
近づくと、向こうも私に気づいた様だ。お互いに会話ができる距離まで更に近づくと、先に騎士が口を開いた。
「騎士団の詰所へようこそッス。何か用ッスか?」
な……なんか、想像してたのと違う。騎士ってもうちょっとこう、堅苦しい感じだと思ってたんだけど、なんか……すごいチャラい。
それに、その見てくれも私の思い浮かべる騎士像とは程遠い。体の線の浮き出るタイトな服装に、顔の下半分を覆う黒いスカーフ。騎士というよりも盗賊か暗殺者のようだ。
髪型もなんだかだらしない。無造作に伸びた黒髪を、適当に後ろで結わえているだけだ。男にしては艶のある髪なのが輪をかけて腹が立つ。
「え、ええ、実はあなた達からお手紙を……」
「つうかおねーさんキレーッスね! 見ない顔ッスけど、初めて来た感じの人ッスか?」
騎士は、私の話をまるで無視して勝手に話を進め始めた。
「え、えぇ。この街は初めてです」
「やっぱり! おねーさんみたいに綺麗な黒髪は、この辺じゃ珍しいッス。もし良かったら俺、町案内しますよ! どッスか?」
……頭が痛くなってきた。さっきのあの子といい、こんな感じのしかいないのだろうか?
「あー。おねーさん今失礼な事考えてるっしょ! ヒドいなぁ、オレそういうの分かるんスよ?」
騎士は、開いているのか閉じているのか分からない目をこちらに向ける。顔が隠れていていまいち感情が読めないが、怒っているのだろうか。怒りたいのは雑な手紙と変な人らに振り回されてるこっちなんだけど。
「この手紙に見覚えはありますか?」
長々と話に付き合ってもいられないので、やや強引に懐から手紙を渡す。
「ん? なんスかこ……れは……」
手に取った手紙を見るや、彼の細い目はくわっ! と一気に開かれた。
「こ、この丁寧極まりない字……! 寸分の狂いなく中心で折られた手紙……! そして何よりも……!!」
何事か呟いたのち、騎士は手紙を顔面に押し当て始めた。手紙の向こう側からはくぐもった荒い鼻息が聞こえてくる。信じがたい事だが、嗅いでいるのだろうか。
「はぁぁぁッ……! 手紙から微かに漂うこの芳醇な香り……! ふゥゥッ、これだけでキマっちまいそうッス……!」
「ひぇ……」
き、気持ち悪い……!
なんなの、ここの連中は! ヘンなのしかいないの? もう仕事とかどうでも良くなってきた、早く帰りたい……!
私の心の叫びも虚しく、高みから戻ってきた騎士の口からは残酷な宣告が告げられた。
「くはァッ……! 間違いなくこれはうちの団長からの手紙ッス。通っていいッスよ」
手紙を元の様に丁寧に折りたたみ、こちらに返してきた。その表情は心なしか名残惜しそうだ。
「……あ、そうッスか……」
「どうしたんスか? ゲンナリしちゃって。あ、団長の部屋は突き当りを右に行った奥の扉ッス」
「どーも……」
通されてしまった。門をくぐり、詰所に入る。他の団員は皆出払っているのか、中はしんと静まり返っており、聞こえる物音といえば靴のかかとが石畳を鳴らす音くらいだ。
「ええと、突き当たりを、右、と……」
先ほどの騎士の案内通りに進むと、木製の扉が廊下の先に見える。かつかつと足音を響かせ続け、いよいよドアノブに手をかける段に来たところで、ふと一抹の不安が脳裏をよぎり、私の腕を押し留めた。
ここに来てから出会った騎士は全てヤバめの人物だったが、彼らを束ねる団長というのはどんな人物なのだろうか。彼らを束ねられるほどの厳格な人物か、はたまた彼らを遥かに凌駕する変態か。
まあ、ここまで来たらあれこれ考えてもどうしようもない。腹を括ろう。
曲げた指の第二関節で、木製の扉を軽く叩く。乾いた音が二回、静かな石造りの廊下に微かに響き渡ったが、それだけだ。中からはまるで反応がない。
――いや、中から微かに物音が聞こえる。扉に耳を押し当ててみると、椅子か何かが揺れているのだろうか、がたがたという音と、紙が擦れる音のようだ。
しばらくすると音は止み、中から「ど、どうぞー!」と、女性の声が聞こえてきた。
女か……。いよいよご対面だ。ええいままよと、何度決めたか分からない覚悟をさらに固め、ドアノブを捻って扉を押す。
「いやあすまない、ちょっと部屋が散らかってて……あー!」
私の目に飛び込んできたのは、さらさらと流れる美しい白い髪と、燃えるような赤い瞳。
「……んん?」
「ソワレどのぉ! また会えて嬉しいぞ! どうかしたのか? 早速何か困り事か?」
理解不能の出来事に思考が停止した私に構わず、先程船で会った少女は目にも留まらぬ速さで私の鼻先まで距離を詰め、私の手を取りぶんぶんと嬉しそうに振っている。一体なにが起きているというのか。
「え……えぇ? イ、イズモ……さん? 何でここに……?」
混乱する脳みそをなんとか動かして、どうにか言葉を紡ぎ出す。真っ先に出てきた言葉は今現在、脳内を占めている最大の疑問だった。それを聞いたイズモは、きょとんと小首を傾げた。
「ん? どうしてって……ここは団長室だぞ。騎士団の団長だからここに居るんだ」
「はぇぇ……?」
頭が痛くなってきた。彼女が団長? ドロワ・ルプスの? こ、こんな、こんな天然ちゃんが?
「そうか! さっきの自己紹介が足りなかったな! 失礼した! では、改めて名乗らせていただくぞ!」
そう言うと私から一歩距離を取り、凛々しい顔で声を発した。
「私はイズモ・シキミ。レジネッタが守護を司る三騎士団の一、ドロワ・ルプス団長、イズモ・シキミだ。改めて、よろしく!」
なんて事だ……。あんなそそっかしい子が騎士団なんて務まるのだろうかとか思ってたけど、あろう事か隊長だったなんて、全く予想だにしない事態だ。確かに彼女が隊長なら、あの色々と足りない手紙にも納得は出来――手紙?
そうだ、手紙。彼女が手紙を送ったのなら、最初に会った船で仕事の話が進んでないのは不自然だ。私ちゃんと名乗ったし。
「ええと、ちょっといいですか?」
「ん? どうしたんだソワレ殿?」
懐から手紙を出して手渡す。この動作も本日何度目だろうか。
「この手紙、分かりますか?」
イズモは受け取った手紙をしげしげと見つめる。これで知らないとか言われたらどうしよう。
「確かにこの手紙は、糸繰りの魔女、ソワレという魔女殿に私が先日送った物だ。でも、どうしてソワレ殿が……」
そこまで口にしたところで、彼女は沈黙した。次第に顔は青ざめ始め、目はだばだばと泳ぎ、額からはじわじわと汗が噴き出してきている。どうやら脳内で全て繋がったらしい。
「そ……ソワレどのって……ソワレどの?」
「……ハイ」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
このお話のモットーは、徹底したガールミーツガール。主要人物はほぼ女性になる予定です。
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