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人形使いの百合色奇譚 〜糸繰りの魔女と骸の令嬢〜  作者: ことち
三章 魔女と少女と淫魔の国
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十二話 邪魔な才能

何気にクロコさんもお気に入りのキャラです。この作品のキャラはみんな大好きですけど。

「……え、何だこれ」


 酔い止めを探して雑貨屋を三軒ハシゴして、大人のオモチャの押し売りを何度も振り切って帰って見れば、謎の光景が目の前に広がっていた。


「クックッ、シャリテさんもなかなか……」

「いえいえ、クロコさんこそ……」


 酔っていたはずのシャリテは立ち直っており、なぜか互いに忖度し合う貴族みたいな事を言って笑い合っていた。


「……何してんの、アンタら」


 声をかけると和やかな、そして怪しい雰囲気を崩さず私達に応えた。


「おお、二人ともお帰りッス」

「皆さんおかえりなさい!」


 にこやかなシャリテの笑顔が私たちに向けられる。どうやら機嫌は治っているらしい。それにしても……。


「……アンタら、そんなに仲よかったっけ」


 テーブルの皿に盛られた肉料理を摘んで談笑する様は、まるで旧知の友。あるいは親友のそれだ。


「いやあ、シャリテさんと思いの外盛り上がっちゃってッスね」

「シャリテと共有できる話題なんかあったっけ、アンタ」

「それはまあ、ハハハ」


 笑って誤魔化された。何だコイツ。


「さて、それじゃそろそろお開きにするッスかね。約束も守らねえといけねえし」

「ん? 約束? 誰とのだ、クロコ」

「さっきの女の子ッスよ。こういうとこで働いてると、自然と情報が集まってくるから、仲良くしてると何かとお得ッス」


 仲良く……さっきの話ぶりと店員さんの顔から考えると、まあそういう事だろう。実に淫魔らしい情報の集め方だ。


「へぇ。仲良く、ねぇ。それじゃ、私達はこれで。行こうシャリテ」

「はい! クロコさん、ありがとうございました!」


 去り際まで仲よさそう。この十数分間で何があったのだろうか?


「じゃあ、私もクロコの任務に合流しなければならないから、ここでお別れだな」

「ん? ああ、そっか。じゃ、またね。イズモちゃん」


 そういえば、イズモちゃんはここに仕事に来たんだっけ。何だか仕事っていう単語が似合わな過ぎて忘れてた。


「ああ。と言っても、当分はここの近くの宿屋に滞在するから、何かあったらいつでも言ってくれ」


 そういうイズモちゃんに軽く会釈し、踵を返す。


「ん、また、そのうちね。行こ、シャリテ」

「あ、はい!」


 とてとてと細かく刻まれる可愛らしい足跡を背中に感じ、私達は個室を後にした。

 酔っ払い達の人だかりをすり抜けて外へ出ると、冷たい風が頬を撫でる。酔い止めを買いに行った時は気づかなかったけど、そこそこいい時間らしい。


 桃色の瘴気によって歪められた色彩の夕陽を眺めていると、不意に私の袖をくいくいと後ろから何かが引っ張った。

 振り向くと、シャリテが申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。


「その、さっきはすいませんでした。手、叩いたりして……」


 おずおずと口を開いて何を言いだすかと思えば、些細な事の謝罪だった。別に気にしてないのに、ホント良い子だなあ。


「いいよ、別に。虫の居所が悪い時なんて誰にでもあるでしょ」

「でも……」


 しゅんと沈み込む。どうやら謝罪だけでは気が済まないらしい。


「ふーん。じゃあ、私とちょっと付き合ってもらおうかな?」

「つ、付き合う!?」

「うおわ、ビックリした」


 沈んだ顔が跳ね上がり、真っ赤に染まる。私に向けられている目は、心なしか潤んでいる気ように見えなくもない。まだお酒が残ってるのかな?


「な、ナニするんですか? 私、何でもします!」

「ふふっ。帰ってからのお楽しみ。さっさと帰ろ」


 二人で小屋に帰り、ローブをその辺にかけながらソファに腰を下ろす。


「さ、おいでよ。今日も人形術の訓練、始めるよ」


 空いたスペースを叩き、シャリテを隣に呼び寄せる。とてとてと歩いてくると、ぽすんと小さなお尻をソファに沈み込ませた。


「じゃ、こないだのおさらい。糸出してみて」

「は、はい!」


 すっと手を出して、指輪をはめた指を突き出す。しかし、その格好にどこか違和感を覚える。これは——


「ねえ、その指輪、左手だったっけ?」

「んぇ? あっ!」


 指輪がはまっていたのは、左手の薬指。利き手でもないし、そんなところにはめていたら使いづらいだろうに。


「あ、あはは……間違えちゃいました」


 指輪を抜き、右手人差し指にはめ直す。それにしても指輪を間違えるって何だ? ……まあいいや。

 突き出した指を見ると、すでに赤く光る糸がちょろりと垂れ下がっている。コツは掴んでいるらしい。


「よーし。じゃ、次のステップ」


 目の前のテーブルに、懐から取り出したイズモちゃん人形を座らせる。


「次は、もっと糸を長く伸ばしてこの人形に繋いで、動かしてみよっか」

「わ、分かりました」


 目を瞑り、指先に力を込めて糸を伸ばそうとするシャリテ。


「ふんん……っ!」


 必死に力む声も虚しく、指先の糸は微かな光を発するだけで微動だにしない。


「んんん……! はぁ。ダメみたいです……」


 小さな息と共にそう呟き、かくりとうなだれる。ううん、糸が出せたのなら、伸ばすのもそう難しい事じゃないんだけど……。


「んー……死霊術の素養が邪魔してんのかな?」

「邪魔?」

「ある分野に特化し過ぎてたりすると、他の魔術の習得に問題があるらしいんだよね。シャリテの場合、死霊術が邪魔してるのかも」

「そ、そんなぁ……使い方を覚えてもない魔術に邪魔されるなんて、あんまりです!」


 まあ、シャリテからすればいい迷惑だろう。重たくて身動きのできなくなるような鎧を、常時着せられているようなものだ。しかし、手が無いわけではない。


「ふふん。シャリテ、私が師匠で良かったねぇ?」

「え?」

「こないだの魔女の契り、覚えてる?」

「ああ、あの、指をちくっとした時ですね」

「そうそれ。あれのもう一段階上に進めば、私の魔力が馴染んで人形術をもっと使えるようになるかもね。やる?」


 無言でこくこくと頷くシャリテ。その手を取って、私の糸を指に絡める。


「ふぁ、何だかくすぐったいです」

「我慢して。まずは私の魔力とシャリテを繋いで……と。よし、準備終わり」

「次は、何をするんです?」

「ええとね、体液の摂取か、感覚の交感のどっちかだね」

「……そ、その。た、体液の摂取は分かるんですけど、感覚の交感って、具体的に何なんですか?」

「ええっと、私達二人が、同じ感覚を共有し合うんだよ。痛いとか、眠いとか、気持ちいいとか」

「同じ、感覚を……」

「うん。私はどっちでもいいよ? どっちにする?」


 そう尋ねると、シャリテは手に絡む糸に目を落とし、沈黙した。どちらにするか決めあぐねているらしい。少し長めの沈黙の後、再び顔をこちらに向け、口を開く。


「わ、私と……そ、その、感覚の交感の、方で……」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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