十二話 邪魔な才能
何気にクロコさんもお気に入りのキャラです。この作品のキャラはみんな大好きですけど。
「……え、何だこれ」
酔い止めを探して雑貨屋を三軒ハシゴして、大人のオモチャの押し売りを何度も振り切って帰って見れば、謎の光景が目の前に広がっていた。
「クックッ、シャリテさんもなかなか……」
「いえいえ、クロコさんこそ……」
酔っていたはずのシャリテは立ち直っており、なぜか互いに忖度し合う貴族みたいな事を言って笑い合っていた。
「……何してんの、アンタら」
声をかけると和やかな、そして怪しい雰囲気を崩さず私達に応えた。
「おお、二人ともお帰りッス」
「皆さんおかえりなさい!」
にこやかなシャリテの笑顔が私たちに向けられる。どうやら機嫌は治っているらしい。それにしても……。
「……アンタら、そんなに仲よかったっけ」
テーブルの皿に盛られた肉料理を摘んで談笑する様は、まるで旧知の友。あるいは親友のそれだ。
「いやあ、シャリテさんと思いの外盛り上がっちゃってッスね」
「シャリテと共有できる話題なんかあったっけ、アンタ」
「それはまあ、ハハハ」
笑って誤魔化された。何だコイツ。
「さて、それじゃそろそろお開きにするッスかね。約束も守らねえといけねえし」
「ん? 約束? 誰とのだ、クロコ」
「さっきの女の子ッスよ。こういうとこで働いてると、自然と情報が集まってくるから、仲良くしてると何かとお得ッス」
仲良く……さっきの話ぶりと店員さんの顔から考えると、まあそういう事だろう。実に淫魔らしい情報の集め方だ。
「へぇ。仲良く、ねぇ。それじゃ、私達はこれで。行こうシャリテ」
「はい! クロコさん、ありがとうございました!」
去り際まで仲よさそう。この十数分間で何があったのだろうか?
「じゃあ、私もクロコの任務に合流しなければならないから、ここでお別れだな」
「ん? ああ、そっか。じゃ、またね。イズモちゃん」
そういえば、イズモちゃんはここに仕事に来たんだっけ。何だか仕事っていう単語が似合わな過ぎて忘れてた。
「ああ。と言っても、当分はここの近くの宿屋に滞在するから、何かあったらいつでも言ってくれ」
そういうイズモちゃんに軽く会釈し、踵を返す。
「ん、また、そのうちね。行こ、シャリテ」
「あ、はい!」
とてとてと細かく刻まれる可愛らしい足跡を背中に感じ、私達は個室を後にした。
酔っ払い達の人だかりをすり抜けて外へ出ると、冷たい風が頬を撫でる。酔い止めを買いに行った時は気づかなかったけど、そこそこいい時間らしい。
桃色の瘴気によって歪められた色彩の夕陽を眺めていると、不意に私の袖をくいくいと後ろから何かが引っ張った。
振り向くと、シャリテが申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。
「その、さっきはすいませんでした。手、叩いたりして……」
おずおずと口を開いて何を言いだすかと思えば、些細な事の謝罪だった。別に気にしてないのに、ホント良い子だなあ。
「いいよ、別に。虫の居所が悪い時なんて誰にでもあるでしょ」
「でも……」
しゅんと沈み込む。どうやら謝罪だけでは気が済まないらしい。
「ふーん。じゃあ、私とちょっと付き合ってもらおうかな?」
「つ、付き合う!?」
「うおわ、ビックリした」
沈んだ顔が跳ね上がり、真っ赤に染まる。私に向けられている目は、心なしか潤んでいる気ように見えなくもない。まだお酒が残ってるのかな?
「な、ナニするんですか? 私、何でもします!」
「ふふっ。帰ってからのお楽しみ。さっさと帰ろ」
二人で小屋に帰り、ローブをその辺にかけながらソファに腰を下ろす。
「さ、おいでよ。今日も人形術の訓練、始めるよ」
空いたスペースを叩き、シャリテを隣に呼び寄せる。とてとてと歩いてくると、ぽすんと小さなお尻をソファに沈み込ませた。
「じゃ、こないだのおさらい。糸出してみて」
「は、はい!」
すっと手を出して、指輪をはめた指を突き出す。しかし、その格好にどこか違和感を覚える。これは——
「ねえ、その指輪、左手だったっけ?」
「んぇ? あっ!」
指輪がはまっていたのは、左手の薬指。利き手でもないし、そんなところにはめていたら使いづらいだろうに。
「あ、あはは……間違えちゃいました」
指輪を抜き、右手人差し指にはめ直す。それにしても指輪を間違えるって何だ? ……まあいいや。
突き出した指を見ると、すでに赤く光る糸がちょろりと垂れ下がっている。コツは掴んでいるらしい。
「よーし。じゃ、次のステップ」
目の前のテーブルに、懐から取り出したイズモちゃん人形を座らせる。
「次は、もっと糸を長く伸ばしてこの人形に繋いで、動かしてみよっか」
「わ、分かりました」
目を瞑り、指先に力を込めて糸を伸ばそうとするシャリテ。
「ふんん……っ!」
必死に力む声も虚しく、指先の糸は微かな光を発するだけで微動だにしない。
「んんん……! はぁ。ダメみたいです……」
小さな息と共にそう呟き、かくりとうなだれる。ううん、糸が出せたのなら、伸ばすのもそう難しい事じゃないんだけど……。
「んー……死霊術の素養が邪魔してんのかな?」
「邪魔?」
「ある分野に特化し過ぎてたりすると、他の魔術の習得に問題があるらしいんだよね。シャリテの場合、死霊術が邪魔してるのかも」
「そ、そんなぁ……使い方を覚えてもない魔術に邪魔されるなんて、あんまりです!」
まあ、シャリテからすればいい迷惑だろう。重たくて身動きのできなくなるような鎧を、常時着せられているようなものだ。しかし、手が無いわけではない。
「ふふん。シャリテ、私が師匠で良かったねぇ?」
「え?」
「こないだの魔女の契り、覚えてる?」
「ああ、あの、指をちくっとした時ですね」
「そうそれ。あれのもう一段階上に進めば、私の魔力が馴染んで人形術をもっと使えるようになるかもね。やる?」
無言でこくこくと頷くシャリテ。その手を取って、私の糸を指に絡める。
「ふぁ、何だかくすぐったいです」
「我慢して。まずは私の魔力とシャリテを繋いで……と。よし、準備終わり」
「次は、何をするんです?」
「ええとね、体液の摂取か、感覚の交感のどっちかだね」
「……そ、その。た、体液の摂取は分かるんですけど、感覚の交感って、具体的に何なんですか?」
「ええっと、私達二人が、同じ感覚を共有し合うんだよ。痛いとか、眠いとか、気持ちいいとか」
「同じ、感覚を……」
「うん。私はどっちでもいいよ? どっちにする?」
そう尋ねると、シャリテは手に絡む糸に目を落とし、沈黙した。どちらにするか決めあぐねているらしい。少し長めの沈黙の後、再び顔をこちらに向け、口を開く。
「わ、私と……そ、その、感覚の交感の、方で……」
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