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人形使いの百合色奇譚 〜糸繰りの魔女と骸の令嬢〜  作者: ことち
三章 魔女と少女と淫魔の国
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十一話 淫魔ッス

PVがべらぼうに伸びてびっくりしております。皆さまありがとうございます。

「さって、だべってないで、報告に移りてえんスけど……」

「いやいやいやいや」


 思わず話を遮ると、露骨に嫌そうな顔をされた。


「なんスか。今任務中ッス。俺だって遊んでる訳じゃねえんスよ」

「えっ、いや、女で、淫魔で、だって……ええ?」

「ソワレ殿。話があるのならこれの後にしてくれないか」


 な、何だこれ。私が悪いのか? 


「シ、シャリテぇ……」

「……ふんっ」


 助けを求めるようにシャリテに視線を送ると、ぷいっと目を逸らされてしまう。ちくしょう、すげえ居心地が悪い!


 細い目を薄く開き、三白眼をちらりと覗かせて私達二人を見て、ついっと流れるように視線をイズモちゃんに移す。


「んで、二人に話聞かせていいんスか? 一応機密扱いなんスけど」

「ああ、構わない。一応関係無い話ではないからな」


 その問いに即座に頷き、即答するイズモちゃん。私に関係のない話……? なんだろう。


「うッス。んじゃー報告会初めまーッス」


 いつもの調子で『〜ッス〜ッス』と話し出すこの変態。正直この綺麗な見た目でこの喋り方をされると、違和感が拭いきれなくてもよもよとした気分になる。


 柔らかいステーキを食べている時に、一本の噛みきれない筋に遭遇した時の感覚、それに近い。

 そんなことを考える私をよそに、懐から巻かれた紙の束を取り出した。


「いちおーソワレさん達にも分かるように掻い摘んで言うとッスね、最近になって魔術師の失踪が増えてんスよ」


 ばさっと広げられた紙には、顔の上に丸が記された無数の人相書き。これが失踪した魔術師なのだろうか。というか、これはイズモちゃんの部屋にあった物だ。


「これ、イズモちゃんの部屋で見たやつだ。失踪者のリストだったんだ、これ」


 そう呟くと、細く鋭い視線がイズモちゃんを射抜く。


「……団長、前から言ってんじゃねえスか、こういうのはちゃんとしまっといて下さいって! 何回目スか!」


 怒られて、しゅんと肩をすくめる。その様をため息混じりに見ると、すぐに切り替えて報告を再開した。


「はぁ……んで、コイツらは共通して、腕の立つ魔術師なんスよ。例えばこいつ」


 ぴっ、と丸の付いた顔を次々と指差し始めた。


「こいつは火炎魔術のプロだったッス。御前試合で優勝した事もあるくらいッスね。そんでこっちは、魔導院の終身名誉教授のジジイ」


 その後も次々と名前を挙げていくクロコ。そのどれもが輝かしい名声を持つ、誰もが認めるであろう魔術師ばかりだ。


「んで、今回消えたクピディタースの淫魔も、例に漏れずスゲー奴ッス」


 ぴらりと卓上の紙をめくる。すると、他と違って丸がされていない老婆の似顔絵が現れた。


「……ソムニア?」

「知ってんスか」

「うん。夢見の魔女、ソムニア。夢を操る夢魔の中でも飛び抜けてるバア様だよ」


 ロゼ随一の夢魔、ソムニア。百発百中の夢占いの達人だ。彼女が消えたとなれば、相当な騒ぎになるだろう。じき、クピディタースにもその噂が広まってくるはず。


 そう告げると、手元の資料をめくり始める。


「はーん、調査とも一致してる。他に知ってる事はあるッスか?」

「ええと、足が悪かったはず。少なくとも、どっかに遠出する事は無いと思う」

「知り合いは?」

「人付き合いなんて全く無いよ。私が小さい頃に一度、占いをしに来たのを見たっきり」

「ふーん……間違いなさそうッスね」


 そういうと胸元から羽ペンを取り出し、ソムニアの似顔絵に丸をする。


「この婆さんは、失踪じゃなくて誘拐された可能性が高いッス」


 誘拐。物騒な単語が口から飛び出し、同時にクロコの雰囲気も張り詰めた物に変わった。


「この丸がついてるヤツ、これ全部誘拐ッス。そんで、これやってんのは全部同じ連中だと俺らは睨んでるッス」


「連中……? そいつらって何、組織かなんかなの?」


 尋ねると、肩をすくめて手をひらひらと振る。


「その辺はまだ調査中ッス。ただ、複数人なのは間違いねえッスね。そだ、こんなのに見覚えあるッスか?」


 唐突にそう言うと、重ねた紙の中から一枚の写真を取り出した。シャリテに見せないように角度がつけられていて、それを覗き込む。


 写っているのは黒く乾いた血の海に沈む、恐らく息絶えているであろう男。

 その腕には、鋭利な物で刻まれたと思われる刻印があった。

 荒々しく刻まれていてよく形が分からないけれど、翼を広げた鳥の様に見える。これのことを尋ねているのだろうけど、残念ながら知らない。


 その旨を伝えると、クロコは何ともなしにいつもの調子で応え、写真をしまった。


「被害者の足取りは?」


 イズモちゃんがそう尋ねると、即座に言葉を返す。


「俺の班のヤツがケツを追っかけてて、報告待ちッス。ある程度目星つけて、網張ってた甲斐があったッス」


 そこまで言ったところでこんこんと扉が叩かれる。即座に紙をしまうと、クロコが声を上げて招き入れた。

 ガチャリと扉が開くと、先程の店員さんが特大のプレートを配膳してきた。その上では無数の肉料理が湯気を立てている。


「お待たせしました。その、おまけも付けましたので、宜しければどうぞ」


 その言葉と共にどかっとテーブルにそれを置くと、クロコに熱っぽい視線を送る。

 それに応えるような視線が飛ぶと、ふりふりと満足げに尻尾を振って去っていった。


「へへへ、待ってました。まあ、ソワレさん達はこういう事件もあるんだって感じで。報告は以上なんで、俺はこれから飯ッス!」

「それ、全部食べるの?」

「もちッス。体力勝負ッスからね、いろいろと。そんで、これはなんスかね?」


 おまけとして置いていかれた小皿の上のそれを摘み上げて、すんすんと匂いを嗅ぐ。途端に渋い顔になって小皿に戻した。


「これ、チョコッスか……俺、甘いもんダメなんス。シャリテさん、どうスか?」

「あ、ありがとうございます!」


 小皿を受け取ると、黙々とチョコを頬張り始める。不機嫌そうな顔が、少し和らいだようだ。


「風味付けに酒入ってるみてえッスけど、まあだいじょぶッスよね?」

「え」 


 酒、シャリテ……嫌な予感がする。


「し、シャリテさん?」


 恐る恐る様子を確かめようと手を伸ばすと、凄い勢いで手を払いのけられた。


「あいてっ!」

「なんれすかぁ! これはぁ、わたしろチョコれす! あげらへんろ!」


 遅かったか……。


 シャリテの目は座り焦点があっておらず、おまけに真っ赤な顔。完全に出来上がっている。


「……え、マジッスか。あれぐらいで?」

「この子凄い弱いんだよ……」

「あちゃー……」


 少し強めのお酒だったのか、左右にふらふらと体を振り、そのままテーブルに突っ伏してしまった。


「あーあ。ツブれちゃったッス。ソワレさん、俺ここで見てるんで、酔い止め買ってきてあげて下さいッス」

「あー……良いの?」

「ウチのが世話になってるお礼ッス」


 ちらりと流した視線の先には、山積みの肉をチラチラと見ているイズモちゃんの姿。


「……苦労してんだね」

「お互いにッス」


 やばい変態だと思っていたけど、なんだか少し、親近感が湧いた。お言葉に甘えて、酔い止めを買ってこよう。


「むっ、ソワレ殿! 一人は危険だぞ! 私も付いて行こう!」


 ……騒がしいおまけを連れて。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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