十一話 淫魔ッス
PVがべらぼうに伸びてびっくりしております。皆さまありがとうございます。
「さって、だべってないで、報告に移りてえんスけど……」
「いやいやいやいや」
思わず話を遮ると、露骨に嫌そうな顔をされた。
「なんスか。今任務中ッス。俺だって遊んでる訳じゃねえんスよ」
「えっ、いや、女で、淫魔で、だって……ええ?」
「ソワレ殿。話があるのならこれの後にしてくれないか」
な、何だこれ。私が悪いのか?
「シ、シャリテぇ……」
「……ふんっ」
助けを求めるようにシャリテに視線を送ると、ぷいっと目を逸らされてしまう。ちくしょう、すげえ居心地が悪い!
細い目を薄く開き、三白眼をちらりと覗かせて私達二人を見て、ついっと流れるように視線をイズモちゃんに移す。
「んで、二人に話聞かせていいんスか? 一応機密扱いなんスけど」
「ああ、構わない。一応関係無い話ではないからな」
その問いに即座に頷き、即答するイズモちゃん。私に関係のない話……? なんだろう。
「うッス。んじゃー報告会初めまーッス」
いつもの調子で『〜ッス〜ッス』と話し出すこの変態。正直この綺麗な見た目でこの喋り方をされると、違和感が拭いきれなくてもよもよとした気分になる。
柔らかいステーキを食べている時に、一本の噛みきれない筋に遭遇した時の感覚、それに近い。
そんなことを考える私をよそに、懐から巻かれた紙の束を取り出した。
「いちおーソワレさん達にも分かるように掻い摘んで言うとッスね、最近になって魔術師の失踪が増えてんスよ」
ばさっと広げられた紙には、顔の上に丸が記された無数の人相書き。これが失踪した魔術師なのだろうか。というか、これはイズモちゃんの部屋にあった物だ。
「これ、イズモちゃんの部屋で見たやつだ。失踪者のリストだったんだ、これ」
そう呟くと、細く鋭い視線がイズモちゃんを射抜く。
「……団長、前から言ってんじゃねえスか、こういうのはちゃんとしまっといて下さいって! 何回目スか!」
怒られて、しゅんと肩をすくめる。その様をため息混じりに見ると、すぐに切り替えて報告を再開した。
「はぁ……んで、コイツらは共通して、腕の立つ魔術師なんスよ。例えばこいつ」
ぴっ、と丸の付いた顔を次々と指差し始めた。
「こいつは火炎魔術のプロだったッス。御前試合で優勝した事もあるくらいッスね。そんでこっちは、魔導院の終身名誉教授のジジイ」
その後も次々と名前を挙げていくクロコ。そのどれもが輝かしい名声を持つ、誰もが認めるであろう魔術師ばかりだ。
「んで、今回消えたクピディタースの淫魔も、例に漏れずスゲー奴ッス」
ぴらりと卓上の紙をめくる。すると、他と違って丸がされていない老婆の似顔絵が現れた。
「……ソムニア?」
「知ってんスか」
「うん。夢見の魔女、ソムニア。夢を操る夢魔の中でも飛び抜けてるバア様だよ」
ロゼ随一の夢魔、ソムニア。百発百中の夢占いの達人だ。彼女が消えたとなれば、相当な騒ぎになるだろう。じき、クピディタースにもその噂が広まってくるはず。
そう告げると、手元の資料をめくり始める。
「はーん、調査とも一致してる。他に知ってる事はあるッスか?」
「ええと、足が悪かったはず。少なくとも、どっかに遠出する事は無いと思う」
「知り合いは?」
「人付き合いなんて全く無いよ。私が小さい頃に一度、占いをしに来たのを見たっきり」
「ふーん……間違いなさそうッスね」
そういうと胸元から羽ペンを取り出し、ソムニアの似顔絵に丸をする。
「この婆さんは、失踪じゃなくて誘拐された可能性が高いッス」
誘拐。物騒な単語が口から飛び出し、同時にクロコの雰囲気も張り詰めた物に変わった。
「この丸がついてるヤツ、これ全部誘拐ッス。そんで、これやってんのは全部同じ連中だと俺らは睨んでるッス」
「連中……? そいつらって何、組織かなんかなの?」
尋ねると、肩をすくめて手をひらひらと振る。
「その辺はまだ調査中ッス。ただ、複数人なのは間違いねえッスね。そだ、こんなのに見覚えあるッスか?」
唐突にそう言うと、重ねた紙の中から一枚の写真を取り出した。シャリテに見せないように角度がつけられていて、それを覗き込む。
写っているのは黒く乾いた血の海に沈む、恐らく息絶えているであろう男。
その腕には、鋭利な物で刻まれたと思われる刻印があった。
荒々しく刻まれていてよく形が分からないけれど、翼を広げた鳥の様に見える。これのことを尋ねているのだろうけど、残念ながら知らない。
その旨を伝えると、クロコは何ともなしにいつもの調子で応え、写真をしまった。
「被害者の足取りは?」
イズモちゃんがそう尋ねると、即座に言葉を返す。
「俺の班のヤツがケツを追っかけてて、報告待ちッス。ある程度目星つけて、網張ってた甲斐があったッス」
そこまで言ったところでこんこんと扉が叩かれる。即座に紙をしまうと、クロコが声を上げて招き入れた。
ガチャリと扉が開くと、先程の店員さんが特大のプレートを配膳してきた。その上では無数の肉料理が湯気を立てている。
「お待たせしました。その、おまけも付けましたので、宜しければどうぞ」
その言葉と共にどかっとテーブルにそれを置くと、クロコに熱っぽい視線を送る。
それに応えるような視線が飛ぶと、ふりふりと満足げに尻尾を振って去っていった。
「へへへ、待ってました。まあ、ソワレさん達はこういう事件もあるんだって感じで。報告は以上なんで、俺はこれから飯ッス!」
「それ、全部食べるの?」
「もちッス。体力勝負ッスからね、いろいろと。そんで、これはなんスかね?」
おまけとして置いていかれた小皿の上のそれを摘み上げて、すんすんと匂いを嗅ぐ。途端に渋い顔になって小皿に戻した。
「これ、チョコッスか……俺、甘いもんダメなんス。シャリテさん、どうスか?」
「あ、ありがとうございます!」
小皿を受け取ると、黙々とチョコを頬張り始める。不機嫌そうな顔が、少し和らいだようだ。
「風味付けに酒入ってるみてえッスけど、まあだいじょぶッスよね?」
「え」
酒、シャリテ……嫌な予感がする。
「し、シャリテさん?」
恐る恐る様子を確かめようと手を伸ばすと、凄い勢いで手を払いのけられた。
「あいてっ!」
「なんれすかぁ! これはぁ、わたしろチョコれす! あげらへんろ!」
遅かったか……。
シャリテの目は座り焦点があっておらず、おまけに真っ赤な顔。完全に出来上がっている。
「……え、マジッスか。あれぐらいで?」
「この子凄い弱いんだよ……」
「あちゃー……」
少し強めのお酒だったのか、左右にふらふらと体を振り、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
「あーあ。ツブれちゃったッス。ソワレさん、俺ここで見てるんで、酔い止め買ってきてあげて下さいッス」
「あー……良いの?」
「ウチのが世話になってるお礼ッス」
ちらりと流した視線の先には、山積みの肉をチラチラと見ているイズモちゃんの姿。
「……苦労してんだね」
「お互いにッス」
やばい変態だと思っていたけど、なんだか少し、親近感が湧いた。お言葉に甘えて、酔い止めを買ってこよう。
「むっ、ソワレ殿! 一人は危険だぞ! 私も付いて行こう!」
……騒がしいおまけを連れて。
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