九話 発進!
『結果』だけだ!!この世には『結果』だけが残る!!
ソワレとイズモのイチャイチャネチョネチョのシーンは消し飛び、『事後』という『結果』だけが残る!!
……すみません。
ソファーに座る私の前に、床に這い蹲って脳天を見せ付けるという不可解なポーズをする人物が一人。誰あろう、イズモちゃんだ。
「いや、もういいよイズモちゃん。やめてよそれ……」
乱れた服を整えながら、イズモちゃんに声をかける。しかし、相当なダメージだったのか全く聞いていない。
「あ、あうう……私はなんて恥ずかしい事を……!」
あの後事に及んでいると、瘴気を出し切ったのか途端に態度を変えてこんな風になってしまった。お陰でこっちは不完全燃焼だ。
「うう、雰囲気に流されてつい、あんな事を……ごめんなさい、ソワレ殿ぉ」
およおよと狼狽えながら必死に謝罪する。恋魔の瘴気の影響を受けた人が、正気に戻った時にとる代表的な行動の一つだ。それにしても、どうしてこんなにちょっかいを出したくなるんだろう、イズモちゃんって。
「へー、それって私の事なんて別になんとも思ってなくて、別に好きでもなんでもないって事?」
そう冗談めかして言うとがばっと体を起こし、即時に距離を詰めて私の手を掴んできた。
「そ、そんな事はないぞ! ソワレ殿! あんな事を出来たのは、ソワレ殿が相手だったからだ! 他の人だったら、きっとあんな事は出来なかっただろう」
物凄い早口。必死なのが嫌でも伝わってくる。
「あんな事って? 正直色々ヤり過ぎてあんまり分かんないんだよね。そこんとこ詳しく」
「え、う……」
勢いがピタリと止まった。上気した顔はさらに熱く、赤く燃え上がる。
「そ、その……口とか、舌を吸ったり……」
「吸ったり? まだあるの?」
「う、ううう。その、下を、うう……正直、何もかもが初めてだったけど、全然嫌じゃ無かった。私が、こんなにふしだらな女だったとは……」
赤く染めた顔が、今度はしゅんと沈んで色味が落ちる。ころころと表情を変える様は、まるで思春期の多感な子供の様だ。
「うう、ソワレ殿。さっきまでの私は、いつもの私じゃないんだ……そのはずなんだ。だから、その、き、嫌いになったりしないでくれると、有難い……」
私と手を重ねながら、更にしょぼんと沈み込むイズモちゃん。
「もう、そんな事で嫌いになる訳無いじゃん」
その手をぐいっと引き、私の体へと招き、倒れさせる。
「いつものイズモちゃんも、さっきのイズモちゃんもすごく可愛かったよ」
「ふぁ……」
「だからさ、いつもと違うイズモちゃんを、私にだけ見せてくれたら嬉しいな」
青く冷めた顔が、再び熱く、紅く染まる。置かれた手がもぞもぞと動き、さっきまでの固く繋がった形に戻ろうと指を絡め始めた。
「そ、ソワレ殿……」
小さく私の名前を呼ぶと、しずしずと体を持ち上げて再び私の横に腰かける。
「その、さっきの口吸いを、もう一度だけ……」
「……ん」
先端まで赤く染まった顎を指先で持ち上げ、唇を差し出させる。緊張にふるふると震えながらも目を瞑り、その時を待っている様だ。
「いや、やっぱりこうだね」
「ふぇ……ひゃっ」
イズモちゃんの体を引き寄せて体を倒し、あたかも押し倒されたかの様な体勢を作る。
「さっき私にされた事、お返しするみたいにやってみてよ」
「ソワレ殿……その、ふ、ふつつつ、不束者ですが……」
紅く色づいた、しっとりと微かに湿るそれを口元に寄る。そして——
「……お掃除、終わりましたけど」
「ひきゃぁっ!?」
背もたれの裏から、不意に投げかけられた声にイズモちゃんが吹き飛ぶように立ち上がった。
「あ、ああ。シャリテ殿。その、この度はとんだ手間をかけさせてしまったな。も、もうこの通り、すっかり良くなったぞ! うん!」
体を起こして背もたれから顔を出すと、どこから取り出したのか、三角巾を頭に巻いてほうきとちりとりを両手に装備したシャリテの姿。その目は今までにない力強い光に溢れている。
その後ろに広がる部屋は、さっきまでの荒れ様が嘘の様に整っていた。
「おー! すごい、全部片付いてる。ありがとう、シャリテ」
「……ふんっ」
お礼を言い終わるか言い終わらないかの内に、頭の布を剥ぎ取って両手の掃除道具を脇に放り投げてしまった。
「あの、シャリテ?」
「まだお掃除は終わってないです。台所もあるみたいですけど、色々とひどいことになってますから、そこも片付けちゃいます。どうぞごゆっくり」
「あ……そ、そう?」
「ええ。所で、イズモさんは良いんですか? ゆっくりしてて」
じとっとした瞳がくるりと動き、立ち尽くすイズモちゃんを射抜いた。
「イズモさん、ここにお仕事の用事があるって言ってましたよね?」
「……」
一瞬の沈黙。その一瞬の間に、イズモちゃんの表情は目まぐるしく変化した。困惑からの思索の表情。そして何かを思い出したかの様な閃きがそこに加わった。そして——
「あ、あああっ!」
この世の終わりの様な顔をして、大きく垂れる袖の中を大慌てで探り始める。
やがて取り出した、一つの水晶。それを手近なテーブルに叩きつける様に起き、指先で突き始めた。
見ていると、乱打ではなく一定のリズムというか、規則に則ってつついている様に見える。
ひとしきりその動作を終えると、水晶もまた同じような法則でかたかた、とんとんと独りでに揺れる。
やがて用事が済んだのか、ぐりんとこちらへ振り向いた。
「そ、ソワレ殿! この街で一番大きな酒場はどこにあるんだ!?」
慌てた顔で何を聞いてくるかと思えば、酒場? 一体何が——
「先にここで諜報任務に出ていた団員が、待ち合わせ先をそこに指定しているんだ! 定刻をだいぶ過ぎている! は、早く行かないと怒られてしまう……」
怒られてしまうって……確か団長さんだったよね? イズモちゃんって。
まあいいか。それにしてもここで一番大きな酒場というと、間違いなくあそこだろう。せっかく馬車を手に入れたことだし、慣らし運転に丁度いいか。
「んじゃ、行こっか。ちょっと待っててね」
ドアを開けて小屋の外に出て、御者台に向けてぱちんと指を鳴らす。私が決めた起動の合図だ。
それを正常に認識したのか、瞬時に紫色の煙が弾ける。煙が晴れると、人形の御者とそれが操る人形の馬が現れた。
それぞれに私の糸を繋げると、その目に青い光が灯る。どうやら不具合はないようだ。
小屋の中に戻り、中の二人に声をかける。
「さ。馬車が動くから、みんなどこかに掴まっててね」
「あれ? でも、ここはお部屋の中ですよ? どうやって出るんで——はっ」
話す途中で、シャリテの顔がはっと何かに気付いた様に強張る。そしてそそくさと近くの机の下に屈んで身を守り始めた。
「よし。じゃあ行くよ。発進!」
「えっえっ、ソワレ殿、一体——」
ぱちんと指を鳴らすと、外で人形の馬がいなないた。ガタガタと小屋が揺れ、次の瞬間。
馬の突進が家の壁を突き破り、轟音と共に瓦礫を撒き散らしながら外へと飛び出した。
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