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人形使いの百合色奇譚 〜糸繰りの魔女と骸の令嬢〜  作者: ことち
三章 魔女と少女と淫魔の国
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六話 淫魔の瘴気

間違えてボツを投稿してしまったので再投稿です。

あまあまですよ。あまあま。

「勝った……」

 ふと、安堵と共に口をついて言葉が出た。

 彼女の亡骸は、びくびくと痙攣している。流石に脳を貫いてやれば、再生もへったくれも——

 

 痙攣を絶えず繰り返すその身体を見ているうち、ある違和感が湧いて出た。

 

 ——痙攣が、強くなっている?

 瞬間、血の海に沈む身体が一際大きく痙攣し、同時に体表を弾ける紫電が包み込む。

 

 目の前の尋常ならざる事態に呆気にとられていると、力なく倒れていた腕が動き出し、脳天に突き刺さった刀身を掴んだ。

 そのままずるりとそれを引き抜くと、体をむくりと起こして血まみれの顔でこちらを見据える。

 

「おーいててて……あったま痛え。二日酔いみてえだ」

 ……あろうことか、再び息を吹き返した。あの状態から回生するなど、普通の生物ではあり得ない。彼女は一体——?

 

「……バカな。致命傷どころか、あの時完全に事切れていたはずだ」


 思わずそう口走ると、けろりとした表情で言葉を返してくる。その額では、まるで時を巻き戻すかの様にぐちゃぐちゃと音を立てて傷が塞がっていく。


「ああ。私は間違いなく一度死ンだ。そりゃもうぽっくりとな」


 何の感慨もなさそうに、血をダラダラと血を垂らしながらそう告げる。

 死から立ち直る人間など寝物語にもならない与太話だが、目の前でとどめを刺した人間が蘇ってしまっては認めざるを得ない。


「ああ、まあ色々あるンだよ。それにしても……」


 額に手を当て、空を見上げるヘイゼルと名乗ったこの女。さっきまでの好戦的な気配はなりを潜め、飄々とした態度を取っている。


「私の依頼主が全滅しちまってるとはなぁ。ンまあ前金払ってくれただけマシか」

 どうやら空を埋め尽くしていた賊は、ソワレ殿が始末をつけてくれたらしい。残るはこの女一人……!

 

「……ソワレ殿。戦う準備を」

「分かってる」


 私が言うまでもなく、五本の杖が赤い髪の女をぴたりと捉えている。それを見た彼女は、うんざりといった表情で手を挙げた。


「いや、言ったじゃンかよ。私は金で雇われただけなンだって。依頼主が居ないンじゃ、あンたらとやり合う意味も無い。正直帰ってもう寝たいンだよ」

「……確かに」


 その言葉を受け、後ろでうんうんと頷くソワレ殿。


「ソワレ殿? 確かにじゃないんだぞ?」


 傭兵であるとは言え、この女は賊と徒党を組んで船を襲った事には違いない。確実にここで捕らえ、然るべき所へと送り届けるのが私達の責務だ。


「……そこを動くな。殺せないというのなら、立ち上がる毎に殺し直すまで。私の仲間の所まで、お前は何度死ぬのだろうな?」

「真面目なこった。でもよ、流石に不死身でもロゼの瘴気をまともに食らう訳にはいかねえンだ。薬なんか飲ンでねえし」


 瘴気……? 何だったか、さっきそんな様な事をソワレ殿が——


「——はっ!」


 ふと後ろを振り返ると、船は今にも瘴気の内部へと突入しようとしていた。


「おお? どうしたよそンなにあわくって。まさか、薬飲んでねえっての?」

「うぐ……」


 図星を突かれ、返す言葉もなくただ押し黙ってしまった。それを肯定と受け取った彼女は、哀れみとも嘲りともつかないなんとも微妙な表情を浮かべる。


「ああ、まあ……強く生きろよ。じゃあな!」

「あっ、待て!」


 一瞬の隙を突き、後方へと駆け出して欄干へと飛び乗った。


「今度会ったら、感想聞かせてくれよ」


 くるりとこちらに向き直ってそう言い残すと、ひらひらと手を振りながら落ちていった。

 慌てて落ちていった先を見るも、すでにその姿は見えない。ただ呆然と雲海を眺めていると、不意にソワレ殿の鋭い声が聞こえてくる。


「そんな事してる場合じゃない! 早く船室に戻って、薬を……!」

 

 ぼふっ。

 

 船首の辺りから、布団に飛び込んだ時の様な音がした。見ると、すでに舳先はまるごと桃色の霧に飲み込まれている。


 そのまま尋常でないスピードで船はその体を沈め続け、私たちが乗っている辺りまですっぽりと包み込まれてしまった。


「あーあ、間に合わなかった……イズモちゃん、大丈夫?」


 慌てて体を見回すも、特に変わった所はない。強いて言えば、少し周りが熱くなったくらいだ。激しい戦闘のせいで体が火照っているのだろう。


「……いいや、特に異変はない……と思う」

「ええ? いくらイズモちゃんだって、そんなのあり得ない。傷の手当てもしなきゃだし、ちょっと来て」

「あっ……」


 急ぐソワレ殿に引かれるまま、船室内部へと向かう。なんだか足が思うように動かない。それに、普段ではあり得ないような短距離の移動で、肩で息をするほどに息が上がってしまう。


 どうやら、瘴気とやらはじわじわと私の体を蝕みつつあるらしい。それにしても、体が熱い……。


「はぁっ。ちょっと、待ってくれソワレ殿。息が……」


 情けない事に、甲板から船室までの短距離を走っただけで膝が笑っている。息をどれだけ整えても徐々に力が抜けていき、やがて尻餅をついてしまった。これでは騎士団長の名が廃る……。


「ははっ、情けないな、私は……」


 思わず笑みがこぼれる。賊を取り逃がした上、このザマ……おまけに刀までおられる始末。クロコたちが見たらなんと思うだろうか。


「そんな事ないよ。これはしょうがないって。ほら、立って」


 俯く私の目の前に、するりと差し出される手。視線の先には、ソワレ殿が私を心配そうに見つめている。


「ッ——」


 目を合わせた瞬間、これまでより強く心臓が跳ね上がる。息が上がるなんてものではない。まるで締め付けられているようだ。それに——


 苦しみと同時に、心の奥底から例えようのない感情が湧き上がってくる。苦しいはずなのに、ずっとソワレ殿の顔を見ていたいような、不思議な気分だ。


「す、すまないソワレ殿。その、うまく立てないんだ。手を、繋いでくれるか……?」

「いいよ、ほら」


 素っ気なく差し出された掌を、ひらひらと振る。けれど、なんだか物足りない。


「その、こうではなくてだな。ええと……」


 まさか思春期の子供でもあるまいに、続きが言い出せない。もじもじとしていると、何かを察したように、改めて私の手を握る。


「じゃあ、こう?」

 

 そして握った手を動かし、互いの指同士を絡め始める。指の谷間がソワレ殿の指で埋まる度に、これまでに感じた事の無い幸福な気持ちが全身を包んでいく。

 

「そ、そう。これだソワレ殿。その、ありがとう」

「いいって。ほら、部屋に着いたよ」


 がちゃりと扉を開くと、とてとてと小さな足音を立ててシャリテ殿が走ってくる。


「だ、大丈夫ですか、皆……さ……」

「や、やあシャリテ殿。実は毒か何かにやられてな。支えてもらっているんだ」

「……ふぅん、そうですか」


 いつもよりシャリテ殿の目が鋭い気がするが、不思議と気にならなかった。この手の温もりだけが、今の私の全てだ。


 穴の開くような視線を感じつつ、二人並んでベッドに腰掛ける。ベッドが軋むと同時に、私の心も高鳴った。

 

「さ、手当てしないとね。脱がすよ」

「あっ、そんな、ちょっと待って……」

 

 有無を言わさず、ぱさりと服を脱がされて露わになる上半身。

 恥ずかしいはずなのに、何故だか満ち足りた気分だ。下腹から込み上げる、このむずがゆい様な気持ちは、一体……?

 

「——はい、終わり」

「はっ……」

 浸っている間に、いつのまにか包帯を巻かれていた。

 心配そうに私の体を見つめてくれるソワレ殿を見ていると、いつのまにか私の口は言葉を紡いだ。

 

「その、ソワレ殿。迷惑なのは重々承知だが、頼みがあるんだ」

「何?」

「手を、ソワレ殿の手をしばらく好きにさせてほしい。何故だか、どうしても物足りないんだ……」


 この厚かましい頼みに一瞬戸惑ったように瞳を震わせた後、ただ黙って首を縦に振ってくれた。


「た、度々すまないな。では……」


 固く繋がったソワレ殿の手を引き寄せ、私の頰に当てる。暖かくて、いい香りだ。


「ああ、ソワレ殿、ソワレ殿……」


 すりすりと頰をソワレ殿の手で擦る。これではまるで子猫のようだ。いや、いっそ子猫になってしまえば、もっと思い切り甘えられるのだろうか。


 しばらくこの行為を続けていると、次第にこれだけでは足りなくなってきた。更なるお願いをしようと、ついと目線を動かした。

 私と目が合うと、再び黙って首を振る。私の欲望の全てが許されたような、そんな気さえした。


「ありがとう。本当に……はむ、んちゅ……」


 頰から位置をずらし、口元まで寄せる。そして小鳥のように、つんつんとついばむ。


 ああ、幸せだ……ところで、シャリテ殿は何故あんなに怖い顔をしているのだろう。片手が空いているのだから、真似すればいいのに。

 

「ああ、はむっ。んふ、ちう……」

 

 他の人が見たら、なんと思うだろう。ソワレ殿の伴侶にでも見えてくれたら良いな。いや、いっそこのままずっと添い遂げて、本当の伴侶に……。


「イズモちゃん」


 愛しい呼びかけに振り向くと、目だけで下を指し示してきた。それを追うと、左手で自分の膝をぽんぽんと叩いている。

 

「おいで」

 

 その言葉を聞いた瞬間、体の全ての神経が総動員し、私の体をソワレ殿の膝へと導いた。

 

 ぽふっ。

 

 腹の所に顔を埋めるようにして体を横たえて、頰が膝に乗った。瞬間、濃密な香りが脳を貫く。

 気付けば、私は再び手をついばんでいた。唇に滑らかな肌が触れる度、脳髄を痺れるような多福感が駆け抜ける。

 

 もう他には何も要らない。目を閉じて、この幸せの海に意識を沈めた。

この度は皆様にご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございませんでした。

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